仲直り大作戦 Vol.3
敷戸と早瀬編です。
日曜日の夕方、こうくんからLINEが届いていたので、アプリを立ち上げるとそこには。
——戸田の気持ちは聞けた。敷戸のこと頼んだよ。
良かった。無事、聞けたみたい。
今度は私の番だと、こうくんから貰ったハンカチで作った『水色のお守り』を祈るように、両手で優しく握りしめた。
*
放課後、敷戸さんがいそいそと帰宅の準備をしている時、私は声を掛けた。敷戸さんはエレキベースが入っているソフトケースを背負っていて、これから練習なのかもしれない。
「あの、敷戸さん」
「ん?はやっちどうしたん?」
「なんかめっちゃ顔が真剣だけど?何、恋の相談?」
「い、いや、そんなんじゃなくて」
「?」
私の様子が余程おかしいのか、敷戸さんは首を傾げている。
私は他人の話を聞いたり、分かっていることを話したりするのは大丈夫なんだけど、自分から欲しがったり望んだりすることを口にするのは苦手だった。
しかも今回は「仲直り大作戦」だから、敷戸さん、戸田くんの2人にばれないよう、仲を取り持たなければならないというプレッシャーもあった。
「どうしたの、はやっち?」
「あの、その、敷戸さんはライブとか」
「ライブ?」
「うん、ライブはいつやるの?」
「あ、ライブをやる日?」
「そ、そう……」
「うーん、少し先なんだけど来週の土曜日17時30分にやるよ」
「そうなの……」
「ライブ観に来たいの?」
言葉に詰まっていると敷戸さんが先に、私が思っていることを言ってくれた。
「うん、そう」
私は少し俯きながら、静かに頷いた。
「本当に!?ちょー嬉しいな~、ちょっと待ってて」
敷戸さんは持っていたカバンを机の上に置いて、脇にあるポケットからチケットを1枚取り出して私に渡してくれた。
「はい、これ、今度のライブのチケットだよ」
「あ、ありがと」
すると敷戸さんは左の掌を差し出して何かを要求する。
「ごめんね、本当はあげたいんだけど、チケットってお金払って作って貰ってるんだ。だから、はやっちには申し訳ないけど1500円だけ払って貰えるかな?」
「大丈夫、ちゃんと払うわ」
私はカバンから財布を取り出して、敷戸さんに1500円を払った。
「うん、確かに受け取りました~」
「えっと、開場は15分前だから、それまでにはライブハウスへ来といてね」
「わかったわ」
「じゃ、私はこれから、そのライブに向けての練習があるから、先に帰るね」
敷戸さんは手を振り右肩にベースのケース、左肩に学校のカバンをそれぞれ背負って、教室を出ていった。
そういえば場所を聞き忘れたと思ったけど、チケットに『ライブハウス・ルノワール』と書かれていた。これなら、GoogleMAPを使えば場所はわかるので大丈夫そうだった。ただ名前はフランス語と英語が混ざっていて、変な感じがした。
*
土曜日、私は16時30分に自宅を出発した。一度も行ったことがない場所だったから、迷ってもいいように、なるべく早めに着いておきたかった。
そのお陰で17時前にはライブハウスがある、都町に到着した。大分駅から少し離れたその場所は居酒屋やバー、正体不明の店などが軒を連ねる歓楽街だった。
私はどこか視線を感じてしまって、目的の場所まで早歩きで向かった。
ライブハウスはビルの地下にあり、その階段脇にある立て看板には「今日のライブ予定」と幾つかのバンド名が並んでいる。敷戸さんが参加しているバンド『タピオカガールズ』の名前もそこにあった。
私は緊張しながら、その階段を降りていき、目の前にある重厚感のある入り口を押し開く。
店内は何の曲か、さっぱり分からなかったけどロックっぽい音楽が大音響で鳴り響いている。
窓口に行くと口や耳にピアスを付け、セミロングの髪を後ろで束ねている男性店員に、私は声を掛けチケットを見せた。
「ん、17時30分のやつね。後10分ぐらい待ったら、そこの扉から入って貰えばいいよ。それまでは右側にドリンクバーあるから好きなもんでも飲んでて」
「はい、ありがとうございます」
しばらく待ち合い用のベンチでウーロン茶を飲んでいると、さっきの男性店員が教えてくれた扉から来場客がステージ内に入って行くのが見えて私も立ち上がり、ついていった。
ライブ会場は教室より少し大きめの広さで、薄暗くスポットライトがステージを照らしている。ステージにはドラムセットと左右にアンプが配置されていて、剥き出しの天井は何だが廃墟を思わせる雰囲気だった。
私は前に出る勇気は全くないから、1番後ろに立って、静かにウーロン茶を飲んでいると敷戸さんとそのバンドのメンバーがステージに登場してきた。歓声が上がる中、ボーカルの女性が何かを話すとドラムのスティックを鳴らすリズムから最初の曲がスタートする。
私は敷戸さんが弾いている姿をじっと見ていた。フレットの上を流れるように行き交う左手、力強いダウンピッキングで重厚感のある低音だけど、聞き心地の良いメロディラインを奏でる敷戸さんは凄くカッコ良い。
私がやっていたピアノとは違う、皆が曲に合わせて1つになっている様子は、演奏会のような緊張感ではなくて、ただ好きなことをやっている楽しさに溢れていた。
——私はそんな敷戸さんのことを、羨ましいなって思った。
そして、『タピオカガールズ』が全ての曲目を終えると、一際大きな歓声が上がり、盛り上がったまま幕を閉じた。
私はライブハウスから外に出て、敷戸さんたちが出てくる予定の裏口で待っていた。15分ぐらいすると、私の目の前に人影が現れる。
——そこには敷戸さんではなく、見知らぬ男性2人が私の行く手を阻むかのように立っていた。
「お、超美人じゃん」その内の1人がニヤつきながら踏み込んでくる。
「ねぇ1人?いやどう見ても1人だよね」
「誰か待ってんの?」
「あ、いや、友達を……」
私は恐怖で竦み上がり、肩を縮めて視線を逸らすのが精いっぱいだった。
「いやいや友達より俺らの方が絶対楽しいって!」
耳元で急に張り上げられた声に、身体がびくっと跳ね、心臓が早鐘を打ち始める。
「俺らさぁ、これからカラオケ行くから、おねえさんもさ、一緒に行こうよ」
顔なんて見たくはないけど、声色から粘りっ気のある欲望が伝わってきて悪寒が走った。
「だから、友達を……」
私は拒もうと声を振り絞り、じりじりとその場から離れようとする。
「大丈夫だって、優しくすっからさ」
「いや!痛い、離して!」
その男性は私の腕をグッと掴む。その手を振り払おうと身を捩っても、男性の力に敵うはずもない。無理に引こうとしても私が痛いだけだった。
「おい、お前もさ、こっち来て抑えとけよ」
「大人しくしろよ」
もう1人が反対側に回り込んで来て、もう一方の私の肩を強く抑えつける。
「や、やめて……」
身動ぎ出来ない私は、一所懸命に抵抗しようとするけど、全く歯が立たない。
「こ、こうくん……たす」
「おいこら~!そこのナンパ野郎!か弱い女の子が嫌がってるだろ~!」
目の前に女性が立っていた。暗くてよく分からなかったけど私と同い年ぐらいに見えた。
「誰だよ。ん?女か、お、キミも可愛いじゃん」
「丁度いいな、これで2:2になるから一緒に楽しめるぞ」
私から離れ、舌なめずりしながら、今度はその女性に近寄ろうとする。
「うー、ボクを馬鹿にするな!」
その女性は素早い動きで回し蹴りをして、近寄ろうとする自分より背の高い、その男性の顔面数ミリのところで脚を寸止めさせる。
「フン、警察呼んどいたから、ボクもその子も諦めな!」
「ぐっ!」
遠くで警察官が来ているのが見えたのか、男性2人は唾を路上に吐き捨てながら逃げていった。
「ふぅ大丈夫?ボクは『廻栖野楓』、とりあえず、警察官に捕まると面倒だから、急いでこの場から離れよ」
そう言って彼女、廻栖野さんは私の手を握り、少し広めの道路に連れ出そうとした。
「あ……」
その時、遠目で敷戸さんたちがライブハウスから出てきて歩いていくのが見えた。
私は声を掛けなきゃと思ったけど、さっきの恐怖で身体は震え声も出すことが出来なかった。
そして、楽しそうに会話しながら歩く敷戸さんたちは、雑踏の中に消えていった。
——私は失敗してしまった。
*
私と廻栖野さんは近くの公園のベンチに並んで座り、私が落ち着くまで彼女は待ってくれた。
「もう大丈夫。助けてくれてありがとう」
私は廻栖野さんに向き直り、深く頭を下げた。
「それは全然いいんだけどさ、あんなとこ立ってたら危ないって。ただでさえ歓楽街でナンパ多いんだからさ」
「ごめんなさい」
「ところで、あなた名前は?」
「早瀬櫻。今日はタピオカガールズのライブを見に来たの」
「え、タピオカガールズの?ボクも今日見に来てたんだ」
「ボク、タピオカガールズのファンになっちゃって、実は今日で3回目」
廻栖野さんは目を輝かせて、私の顔を見つめると、片手で3本指を立てて見せた。
「ふふ、私もファンになっちゃいそうだったわ」
私は思わず笑ってしまって、先程まであった恐怖は彼女のおかげでなくなった。
「ならさ、今度タピオカガールズのライブを見に行くときはボクと一緒に行こうよ」
「そうね、今日みたいなことになるのはとても怖いし、廻栖野さんがいると心強いわ」
「まあ、こう見えてボク、空手は黒帯だからね」
——こうして私たちはLINEを交換した。
「今度、明るい時間に廻栖野さんと会えないかしら?」
「うん、いいよ」
「ありがとう、私から助けてもらったお礼をさせてほしいの」
いくら空手をやってるとはいえ、男性2人に立ち向かうのは、結構勇気がいると思う。
そうまでして私を助けてくれてのだから、お礼だけはしておきたかった。
廻栖野さんには遠慮されたけど、そこは私が譲らなかった。
「じゃあ、気を付けてね」
廻栖野さんとは歓楽街を出たところでお互い手を振って別れた。
帰りながら私は。
——作戦は失敗してしまったわけだから、こうくんに謝らないといけない。
——こうくんにだけは嫌われたくないな……本当にどうしよう。




