『失恋』
——それからも僕と萩原さんは友人を呼んで勉強会を続け、友人の都合が悪い時は二人で勉強会を行った。
僕は彼女のことを少しずつ、勉強会を通して知っていき、いつしか僕は萩原さんに、好意を寄せるようになっていた。
そして、一学期も終わりを迎える7月初旬、萩原さんとは勉強会で頻繁に会っていたけど、それ以外では会うことは一度もなかった。僕は意を決して、次に萩原さんと勉強会をする時に彼女へ告白して、デートに誘うことにした。
*
「友近くん、来週の勉強会だけど、あたし用事があるんだ。待ち合わせは、いつも通りで良いんだけど、2時間ぐらいで終わりにしていいかな?」
萩原さんは僕の人生初の告白イベントを知る由もなく、僕の前で両手を合わせて、少し頭を下げる。僕は告白することを意識してしまい、目を泳がせて萩原さんの顔をまともに見ることが出来なかった。
「大丈夫?」
萩原さんは僕を心配して、頭を屈めて僕と視線を合わせる。屈めた時にこぼれた横髪を耳にかける仕草をした瞬間、僕の心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなった。僕は目を泳がせたまま「うん」という言葉しか出せなかった。
「ありがと、ごめんね」
そう僕に告げると、そのまま踵を返して自席に戻っていった。
*
——それから1週間が経ち、萩原さんの家での勉強会の日となった。
この1週間、僕の頭の中は告白のことで、いっぱいになっていた。何をしていたかもあまり覚えてなく緊張で眠れもしない日々が続いた。
今日もひどく眠かったが大事な日に遅刻したり、台無しにする訳にはいかず、急いで着替えるとダイニングテーブルの隅のカゴにあった、昨日母親が買ったであろう菓子パンを急いで食べた。
そして、洗濯をしている母親に軽く「行ってきます」と声をかけた。返事はなかったけど僕はそのまま家を出た。
萩原さんの家までは自転車で15分程、大分川を跨ぐ車通りの多い国道を通って家が建ち並ぶ住宅街の中にある。
僕は萩原さんの家の前で自転車を停めると表札の隣にあるインターフォンを震える手で押した。「ピンポーン」と大きな音が鳴り、僕は一瞬ビクッと肩を竦めた。
「と、友近です!」
僕は緊張で声が詰まりそうなの拭い去るように、思いっきり声を張ってしまった。
「え、どうしたの?」
萩原さんはインターフォン越しに怪訝そうな声を出したが、すぐに「どうぞ」と玄関の鍵を開けてくれた。
「お邪魔します」
僕はゆっくり家の中に入ると玄関で萩原さんは笑みを浮かべ迎えてくれた。
「さっきのなにぃ?びっくりしちゃったよ、急に大きな声出しちゃうからさ」
萩原さんは、いつものように後ろの高い位置で髪をまとめたポニーテール、今日はチャームポイントのリボンはつけておらず赤い髪ゴムで束ねているだけだった。
トップスは長袖の白い無地のTシャツ、ボトムスは紺のショートパンツだが、白く細い生足が視線に入ると、一瞬じっくり見たい邪な気持ちが湧いた。さすがに萩原さんへバレると今日の告白が台無しになるので、僕は目を逸らして見ないようにした。
「まあ、いっか、上がって上がって」
萩原さんは僕に背を向けて、玄関の傍にある階段を上がろうとしていたので、僕は慌てて靴を脱ぎ彼女の後に続いた。
勉強会はいつものように進んでいったが、僕は告白のことで頭がいっぱいで、全く身が入らず何を話したかすらもわからなくなっていた。
——そして勉強会を始めて2時間が経つ頃。
「あ、もうこんな時間だ!あたしこれから用事があって今日の勉強会はこの辺で終わりにしよ」
時計を見るともう正午近い時間で、いよいよ告白の時が近づいてきていた。
「うん、いいよ、用事があるなら仕方ないしね、終わりにしよう」
僕は冷静を装っていたが、心拍数は跳ね上がり、その鼓動が全身へ響くほど高鳴ってきていた。
「は、萩原さん、あ、あのさ……」
「どうしたの?」
萩原さんは片付けの手を止め、僕が言葉に詰まり、声も震えていることへ首を傾げる。
僕は顔や掌にべっとりと汗をかいているのが分かるほど緊張していた。——それでも伝えることは伝えなければならない。
「そろそろ夏休みに入るから、さ。今まで勉強会でしか、は、萩原さんと会ってなかったし……萩原さんのこと、も……もっと知りたいし良かったら……」
僕は言葉が詰まりそうなのを必死で堪えながら絞り出す。
「僕と、その、付き合ってくれませんか!」
僕は言い放った途端、顔が火照って熱くなっていくの感じて俯いた。しばらく、お互い沈黙が続いていたが、どれくらい経ったかはわからなかった。
「はぁ…………」萩原さんがなぜか大きな溜息をつく。
「友近くんさぁ、何言ってんの?そんな目であたしのこと見てたの?ちょっとキモいんだけど」
萩原さんは普段の明るい声色ではなく、明らかに僕の告白に対して、ひどく蔑む冷ややか声色となり、僕の火照った体は一気に寒気と変化した。
僕はゆっくりと顔を上げ萩原さんの表情を伺うと、彼女の瞳は冷徹に据わったままで、口角は固く下がっている。
一目でわかるほど、彼女は僕に対しておこっていた。
「あたしはねー、キミみたいな友達も少ない、彼女もいない人間は嫌いなの。だけどキミは頭が良いから、勉強が得意じゃないあたしにもメリットがあると思って仕方なく声掛けてやったのにさ、ちょっと仲良くなっただけであたしと付き合えると思い込むとか、ほんとキモイ以外何もないんだけど!」
「あたしは彼氏に会うのも我慢して、キミの機嫌を取りながら勉強会をわざわざ開いて、彼と同じ高校に通うには成績をあげるしかなかったから、仕方なく付き合ってあげていたのに告白してくるなんてどうかしてるわ!すごくムカつく、もういいから早く帰って!」
彼女はその憤怒を参考書やノートにぶつけ乱雑に片付けを再開した。
僕は、萩原さんの激しい罵倒に頭が真っ白になり、俯いた状態で固まったままとなっていた。
「ねぇ、帰ってって言ったよね?早くしてよ!」
萩原さんは僕が固まったまま、帰ろうとしないので、さらに怒声を浴びせた。
そこで僕は初めて気づき「はい」と小さく呟き、急いで自分の荷物をまとめて、萩原さんの家を出て行った。
——僕は帰りすがら溜息を何度もつきながら今日起きたことを整理していた。
元々萩原さんには彼氏がいて、その彼氏が通う高校に行くため僕を利用して成績をあげるつもりだったようだ。当たり前だけど勉強会は続けないと意味がないから僕の機嫌を取るために、愛想を振りまいていたということだ。
そんな事とは露知らず、僕の勝手な思い込みから彼女に告白した事で勉強会を続けることができなくなっしまい、僕へ怒声を浴びせたのだろう。
僕は萩原さんに対して怒りよりも、今までの萩原さんの笑顔や優しさは、全て嘘だったことが信じられなかった。あんなに楽しかった時間は萩原さんと交流するまで全くなかったから、これが嘘であって欲しいと願ってしまった。僕は失意の底に沈んだまま、人への恐怖と不信感に陥れられた。
——家に帰宅した後、直ぐさま自分の部屋へ行きベットに仰向けとなった。僕の『失恋』は涙として目尻から溢れ出した。悔しさ、辛さ、情けなさ、様々な感情が僕の頭の中をグルグルと巡り、こんな想いをするくらいなら始めから勉強会なんて断れば良かったと激しい後悔に苛まれた。
そもそも僕みたいな人間にあんな可愛い女の子が声をかけてくるはずがない。そこに何か違う目的があることぐらい少し落ち着けば分かったはずなのに、彼女の勢いに呑まれてしまった、自分自身のことが不甲斐なくて仕方なかった。
——「もう僕には勉強しかないな」
僕は涙を拭い、「こんな想いをするのはまっぴらごめんだ。本当は恋などしてはいけなかったんだ」と自分に言い聞かせた。
「昼ご飯はどうするの?」
階下から母親の声が微かに聞こえたが今は何か食べる気にもならなかったので、「ご飯は食べてきた」と部屋の扉を開け母親に聞こえるように大声で伝えた。そして再びベッドへ入りそのまま眠りについた。
本当は母親に相談しようかとも考えたが、それをしたところで時間が戻るわけでもないし、片親で苦労をかけてることも考えると憚れた。
*
——あれ以来、萩原さんとの交流は一切なくなった。
連絡先は交換したから知ってるけど、向こうは僕の連絡先など既に削除してあるだろうし拒否してるかもしれない。
とにかく、僕は萩原さんに対する怒りなのか、悔しさなのか分からないまま、それを勉学にぶつけ成績をあげていった。
そして中学3年の模試では県で3位という好成績を残して、県で一番の進学校に合格した。
萩原さんはというと、結局年上の彼氏と中学3年の時に、相手の浮気で腹を立てて別れたそうだ。人づての噂だから本当かどうかは分からない。もはや彼女がどこの高校へ進学したとかも、僕にとっては関係ないことだ。
僕の中学校生活は『初恋の苦い思い出』を残してしまったが、萩原さんとの交流は決して無駄になった訳ではなかった。
あの初めて2人で勉強会をした時に言えなかった、僕自身の夢を真剣に考えて、今は見つけることが出来た。それは萩原さんから気付かされたお陰だろう。
——もうすぐ4月になる。僕は夢の実現に向けてこれから始まる高校生活へと思いを馳せた。




