『初恋』
「ねぇ良かったらさ、友近くん勉強会とか興味ない?」
——僕は中学二年の時、初めて恋をした。
小学生の時、仲の良かった女の子はもちろんいた。
二人でよく遊んでいたけど、僕の中で友達以上になることはなかった。
でも、中学生になると女の子はみんな一様に女性らしくなってくる。
白く柔らかそうな肌、胸元のふくらみ、しなやかで綺麗に見える脚は僕らとは異なる艶やかさを帯びていく。
それらは僕の中で、どこか遠くの存在になっていく感じがして、同級生の女の子とは積極的に会話もしなくなり、友達すら出来なくなっていた。
そして2年に進級した頃には、すっかりクラスの中でも目立つことがない存在となった僕。
そんな僕に、同じクラスのある女の子が声をかけてきたことから——この初恋は始まる。
その子は、栗色の綺麗な髪をポニーテールに束ね、リボンで結んでいるのが特徴的だった。
誰とでも仲良くなれそうな可愛らしい笑顔は、まるで大きく花開く向日葵のようだった。
——彼女の名前は、「萩原薫子」。
※
——4月も半ばを過ぎ、授業終わりに、僕は復習するためのノートをまとめていた。すると萩原さんが僕の机の横に立って声をかけてきた。
「ねぇ、友近くん。友近くんは勉強得意なの?」
「ん、あー、得意って程じゃないけど後で復習するのにまとめてる」
笑顔で訊いてくる萩原さんだったが、僕は一応手を止め眉をひそめながら答えた。
「へぇーそうなんだ、すごいね!絶対勉強得意な感じじゃん!」
萩原さんはそんな僕を気にする様子もなく目を輝かせていた。そして僕の机に両手をつき、顔をぐっと近づけてくる。思わず仰け反る僕を見て、萩原さんは顔を戻すと神妙な面持ちで言葉を続けた。
「あたしはさ、勉強得意じゃないんだけど行きたい高校があるんだ。そこにどうしても行きたくて、今から頑張って成績を上げたいと思ってるんだよね」
萩原さんは垂れた横髪を耳にかけながら、視線を僅かに逸らしながら話す。
「ねぇ良かったらさ、友近くん勉強会とか興味ない?友近くんに勉強の仕方とか教えてもらいたいなって思ってるけど、どうかな?」
「…………」
もう一度萩原さんは笑みを浮かべながら「どうかな?」と繰り返した。
「べ、別に構わないけど……」
僕はドギマギして、断ることが出来なかった。
「やったー!ありがと!じゃあさ近いうちにやろうよ!場所は近くのコンパルホール(公共複合施設)とかがいいかな~、さすがに2人きりだと友近くんも困るだろうしーお互い友達誘って勉強会をやろう!」
「うん……わかった」
僕の小声の返事を聞いて、萩原さんは両手を胸の前で合わせて満面の笑顔になる。
「じゃあ、連絡先交換しよっか、はい!」
「え?あ、うん……」
僕はドキドキしながら、少し震える手で萩原さんと連絡先を交換した。そして彼女はニコニコしながら自席に戻って行った。
——萩原さんとは1年の時から同じクラスだったけど、全く関わることもなかった。それなのに、なぜ急に勉強会をやろうと、僕を誘ってきたのか理解が出来なかった。
正直、勉強会なんてやらなくても、一人でやった方が絶対に捗るだろうと僕は思っていたから。
ただ、萩原さんから誘われたことに居心地の悪さは感じなかった。
一応僕は学年の中でも上位の方だったから、そういうことなんだろうととりあえず自分を納得させた。
——数日経った放課後、萩原さんを含め僕の友人1人、萩原さんの友人2人の5人は学校帰りにコンパルホールへ向かい勉強会を行った。
勉強会では皆黙々と勉強をして、途中萩原さんに教えて欲しいと幾つか教えてあげたくらいで大した会話はなかった。
18時過ぎ僕らは勉強会を終え、その場で解散となった。
僕は萩原さんと帰り道が同じ方向だったので2人で帰った。
「…………」
「今日はありがと。勉強にもなったし楽しかったよ。これからも続けて行きたいんだけど、どうかな?」
しばらくお互い無言だったが、萩原さんは少し僕に近寄ってきて、上目遣いの笑みを浮かべる。
「あ……うん、僕もまあそれなりに勉強にもなったし、続けるのは大丈夫」
僕は咄嗟に萩原さんから半歩横にずれた。
顔が熱くなっているのを知られるのが恥ずかしくて、前を向いたまま視線を交わすことができなかった。
——萩原さんは笑顔で『よかった』とそっと呟いた。
*
——「2人でやらない?」
ゴールデンウィークも明け、中間テストが近づく頃、僕らは勉強会を続けていた。そこに萩原さんが授業終わりに突如持ちかけてきた。
「ま、まあ別にいいと思う……」
さすがに2人っきりはと戸惑ったが、僕は萩原さんの事を気になり始めていたので断る理由もなかった。
「じゃあ、あたし友近くんの家に行ってみたい!」
「え!」
僕は慌てた。でも断る理由も見つけられなかったので、「わかった」と返事をして、休日に萩原さんが僕の家へ来ることになった。
そして前日の夜、僕は自分の部屋を必死に片付けをした。凄く汚れている訳ではなかったが、いつも以上に念入りに行った。
「年末の大掃除じゃないんだから、音うるさいよ。近所迷惑になっちゃうでしょ」
母親から苦々しい顔を向けられていたが、「友達が来るんだから片付けしておくのは当たり前だろ」と反論し黙々と片付けた。
とにかく僕は萩原さんが来ると思うと気が気ではなかった。
翌日昼前に萩原さんが呼び鈴を鳴らし僕と母親が玄関前で迎えると、僕の母親は少し驚いた顔で「友達って女の子だったの、てっきり男の子だと思ってたわ」と僕に言い、前日夜必死に片付けをしていたことに「なるほどね」と納得したようだった。
「こんにちは、友近くんと同じクラスの萩原と言います。今日は友近くんと勉強会の約束しててお邪魔しました。」
萩原さんは僕の母親へ丁寧に頭を下げて、靴を脱いで僕の家に上がった。
「あ、これ私の母からです。大したものではありませんが受け取ってください。」
萩原さんは南蛮菓子ざびえる(大分銘菓)と書かれた紙袋を僕の母親に手渡した。母親はわざわざいいのにといいつつも受け取りリビングへと去っていった。
僕は「いらっしゃい」と声をかけるのが精一杯で緊張は頂点に達していた。
休日なのだから当然のことだが、私服の萩原さんは髪をいつものように後ろの高い位置で纏めリボンをつけたポニーテール、春らしい薄い桜色のようなピンクのワンピースにベージュのボレロを合わせていた。
さらにシャンプーなのかいい香りが漂い、自分の家でありながら、どこか違う場所へ来たような感覚を覚えた。
2階へ上がり僕の部屋へ、萩原さんを招き入れる。
「へぇーここが友近くんの部屋なんだ、すごく綺麗にしてるんだね。」
「それともあたしが来るから一生懸命片付けちゃった?」
萩原さんはニヤニヤと悪戯っぽく目を細めながら、僕に視線を送る。
「い、いつもと同じだよ。そりゃあ少しは片付けたけど必死にはやってない」
顔に出ていたと思うが、萩原さんは気に留める様子もなく「そっか、さすがだね」とうそぶくと、準備していた卓袱台の横に置いてある座布団へ揃えた両足を横に流して座った。彼女の所作にいちいちドキドキしている自分に不甲斐なさを感じつつ、僕も彼女の対面に腰を下ろした。
2人だけの勉強会は勉強のことだけでなく、お互いの趣味や夢のことを語り合ったりした。
途中、母親が昼ご飯をわざわざ持ってきたり、萩原さんから貰ったお菓子をお茶と一緒に持ってきたりと、ちょくちょく干渉して来た。
僕はニヤつく母親に嫌味な顔を見せつつも、2人だけの勉強会は順調に進み、いつの間にか日が落ちかける夕方になっていた。
「んー、そろそろ帰ろうかな。今日もありがと、友近くん!」
萩原さんは帰る支度をして、僕は玄関先まで見送ってお互い「またね」と声を掛け合って2人っきりの勉強会は終了した。
*
夜ベッドに入りながら、僕は今日の勉強会のことを考えていた。——お互い将来の夢について語った時だ。
萩原さんは将来ITに関連する仕事をしたいと言っていた。
彼女のイメージからは全く想像がつかない僕は「なんでIT関連なの?」訊いてみた。
「IT関連って言うのは、専門分野も多くて需要も高いんだよ。もちろんそれに特化しなければならないから勉強も大変だし苦労もすると思う。それでも自分で新しいものを生み出すことは、きっと世の中をよくすることが出来るんじゃないかなって思うんだ。とは言っても、まだ何になるかは決めてないけどねぇ」
「ところでさ、友近くんの夢はなんなの?」
「え?僕?」
僕は言葉に詰まってしまった。理由は単純で何も決めていないからだ。
今勉強をやっているのだって、将来何をしたいかとかではなく、単にいい大学にいって、いい就職先にいって結婚すれば幸せになれると思っているからだ。
そんな何もない僕が彼女の夢を訊く権利はあったのだろうか。よくわからない。
「いや、まだ何も考えていないんだ。ごめん答えられなく、とりあえず今は勉強かな」
「そっか、まだあたしたち中学生だし色々夢とかこれから考えていけばいいから大丈夫だよ。あたしももしかしたら大人になる頃には夢が変わってるかもしれないし。」
萩原さんはいつも通りの笑顔で僕を優しく励ましてくれた。
僕はそんな萩原さんの優しさに触れ、向けられる可愛らしい笑顔に思慕を深めつつ眠りについた。
物語の根本を変えることはしませんが、時間をかけて改稿していきますので、見守ってください!
ちなみに作中に出ている『コンパルホール』は大分市の公共複合施設のことで図書館が併設されています。私も学生時代よく行きました。
追加で『南蛮菓子ざびえる』は大分銘菓の1つです。




