『萩原薫子』
——今日は正直乗り気じゃなかった。
本当はゴールデンウィーク中にある、塾の特別講習を受講したかったのに、友達のさっちゃんがわざわざ電話までしてきて、大分駅のアミュプラザへ一緒に来て欲しいと言ってきたから仕方なく行くことにした。
まだ高校1年だから余裕はあるけど、進学校ではないあたしの通う高校は大学に行く人も少ない。
あたしが目標にしている東京のT大学は授業だけでは到底間に合わないのに……。
※
「かおりん、こっち」
「あ、さっちゃん」
午後の待ち合わせで大分駅の上野の森口に来たあたしを見つけて手を振って呼んでくれた。
「ごめんね、休みだったのに誘ちゃって」
「ううん、いいよー、あたしも暇だったしちょうどよかったよ!」
——本当は面倒だったが、笑顔で誤魔化す。
「いや、どうしても服見たくて、私じゃ中々選べないから、かおりんにも選んで欲しかったんだ」
「うんいいよ、任せて!」
——そんなことであたしを呼ばないで欲しい。
「ありがとー!かおりん大好き!」
——さっちゃん、大喜び。あたしは憂鬱だ。
※
あたしとさっちゃんは大分駅のアミュプラザの中に入った。
そして目的の店でさっちゃんは自分好みの服を物色する。
——でもさっちゃんはあたしが「これいいじゃない」と言っても「うーん」と何度も悩み続ける。
結局1つの服を選ぶのに小一時間もかけていた。
「じっくり選んで正解だった。早く家に帰って着てみたい!」
「ちゃんと選んだからね!さっちゃんなら必ず似合うよ」
「じゃあ今度一緒に出かける時はかおりんに見せてあげるね」
「うん、楽しみにしてる!」
——別にさっちゃんのことが嫌いとかじゃない。
——あたしは自分の思い通りにならない事が嫌だった。
※
中学生の時、2つ上の「達臣くん」と付き合っていた。
彼と初めて会った時、顔と性格もカッコ良くてすぐ好きになってしまった。あたしは彼に好かれたい一心でなりふり構わず彼へ近づき一番に想って貰えるよう努力した。
——それは自分の思い通りにするために。
そんな彼が進学校に進学すると聞かされると焦った。
あたしの成績は中の下、もっと下だったかもしれない。
そんなあたしは彼が行く進学校に行けるはずもなかった。
——自分の思い通りにしなきゃいけない。
4月、同じクラスに成績上位の男子がいた。
——彼を使って成績をあげよう。
——そして彼が通う高校に行こう。
話したこともない男子だったけど、あたしは上手く振る舞い、勉強会の約束をすることができた。彼を使って勉強会も出来て、お陰で中間テストの順位も上がった。
全て思い通りに行くと思っていたのに、突如それは崩れ落ちていく。
——夏休み前にその男子があたしに告白してきたのだ。
あたしは腹が立った。なんで付き合えると思っていたのか理解が出来ない。ちょっと仲良くなっただけで好きだと勘違いするなんて彼に対してよりもそこまで思い至らなかった自分自身、陰キャを選択したあたしに腹が立った。
そして、その憤懣を彼に罵声を浴びせることで発散した。
彼は落ち込んでいたけど、そんなことはどうでも良かった。あたしの方が思い通りにいかなくて辛いんだ。
結局、成績をあげる術を失ったあたしは自力でどうにかしようとしたけど、中学3年になっても彼の元へ行けるほどの成績ではなかった。
——そんな鬱屈した気持ちを抱えたまま、事件は起きた。
*
「ねぇ……」
「ねぇ、かおりん?」
「え、あ、ごめん」
「大丈夫?」
2人で近くにあるタピオカのお店で買ったミルクティーをベンチに座って飲みながら、あたしは少しぼーっとしていた。
さっちゃんは心配そうな顔であたしを見つめながら声を掛けてくれていた。
「もうこんな時間か~」
さっちゃんは時計をみて、顎に手を当て何かを思案していた。
「そうだ、せっかくだし屋上いってみようよ。」
「え?」
「この時間ならさ、夕日が沈んでいくのを見られるかもよ!」
あたしは1日を棒に振ってしまったと陰鬱な気分だったけど、夕日を見たら元気が出るかもしれない。
「うん、行ってみたい。映え写真撮れるかなぁ」
「絶対撮れるよ。ね、早くいこ」
——そうして、あたし達は屋上へと向かった。
屋上は一目夕日を見ようとする人達で少し混雑していた。
あたし達は混雑している展望台には上らず、展望台の下で地平線に沈んでいく夕日を眺めていた。
「うわぁ……めっちゃ綺麗」
(カシャ、カシャ)さっちゃんがスマホで写真を撮っている。
あたしは写真を撮らず、夕日をみて少し頑張ろうって気持ちになっていた。
するといつの間にかさっちゃんがいなくなっていたので、探そうと身体の向きを変えた時に見覚えのある人物が視界に入った。
「あれ?友近……くん?」
「え?萩原……さん?」
「久しぶりだね!元気してた?」
——あまり会いたくない人に会っちゃったな。本当に今日はついていない。しかも彼女とデートとは羨ましい。
「うん……萩原さんこそ元気……だった?」
「あたしはいっつもこんな感じだよ!それよりも隣にいるのは彼女さん?」
——そして、その友近くんの隣にいた女性が横に並んだ瞬間、あたしは沸々と怒りがわいてきた。
「あ、初めまして友近くんと同じクラスの早瀬櫻と言います」
*
中学3年の5月、最近会っていなかった達臣くんにデートの約束をしようと彼にLINEを入れた。いつもはすぐに連絡が入るのに今回は一向に返信がなかった。
そして、やっと返信が来たかと思ったら「ごめん、その日用事があるんだ」と一言だけ。その後は何の連絡もなかった。
あたしは仕方ないので一人で買い物をしようと、大分駅のアミュプラザへ向かっていたら途中、達臣くんを見かけた。
そして声をかけようと踏み出した瞬間、達臣くんの隣に一人の女性も並んで歩いているのに気付いた。
あたしはその場に立ち止まった。その女性はあたしよりも明らかに綺麗な人だった。
「あ……」
楽しそうに2人は歩いていた。——また自分の思い通りにいかない……。
あたしが必死に努力して手に入れた達臣くんをあの女は何の努力もしないで、いとも容易くあたしから奪っていたのだ。
「あ、あぁ……」
涙で視界が滲み歪んでいく。
膝から崩れ落ちそうになるくらい、もう立っているのも辛い。
あたしは足をもつれさせながら、逃げるようにその場を立ち去った。
*
——あの時の女がここにいた。
あたしの達臣くんを奪った『早瀬櫻』
そして今度は友近くんと一緒にいて達臣くんとのことは何事もなかったように幸せそうな表情をしている。
自分の美貌を使い、何の努力もしないで、いとも容易く男を手に入れる——『魔性の女』
——あたしはこの女を許すわけにはいかない。
「あ、早瀬さん、初めまして。中学校の時、友近くんと同じクラスだった萩原薫子と言います」
今は平然を装っておこう。
「かおりん、こっちこっち~」
離れたところから、さっちゃんがあたしを呼んでる。
「あ、あー友近くん久しぶりに会えて元気そうだったから良かったよ。ごめんね、デート中に。あ、デートじゃないんだっけ?はは、じゃあ、あたしも友達待たせてるから先にいくね」
あたしはその場を離れ、さっちゃんの元へ小走りで向かった。
——(早瀬櫻、自分だけが幸せになれると思うなよ、絶対に許さない)




