早瀬とゴールデンウィーク
——今日はゴールデンウィーク3日目。この前早瀬と約束した買い物へ行くことになっている。
GW前の夜、早瀬からLINEが入り(基本毎日)、待ち合わせは9時45分でわかりやすい大分駅府内中央口(北口)となった。
——まだ8時前だし余裕はある。
僕はクローゼットを開けて今日着る服を準備する。
変に意識する必要もないのだが、気持ちはそうもいかず何を着るか悩んでしまった。
結局在り来りな黒のシャツとジーンズを選択して着替える。そして部屋にある鏡を見るとなんの特徴もない自分の姿に改めて早瀬は何が良いのかよくわからなかった。
——とりあえず僕も少し服を揃えた方がいいかもしれないな。
そして暫く部屋の中でボーっとしていたら、いつの間にか9時になっていた。まだ朝ご飯も食べていなかったので部屋を出て台所に顔を出した。
「晧太郎、おはよう。今日は予定あるんだよね?」
「あーうん、ご飯食べたら出かけるよ」
「あんまり遅くならないようにね」
台所に行くと母親が声をかけてきたが、僕は先に洗面所へ向かった。
少し寝ぐせになっている髪を苦戦しながら直した後、歯を磨いていたら「ピンポーン」と自宅の呼び鈴が鳴らされる。
※ちなみに僕は朝起きたら歯を磨いて、食べたらまた磨く派だ。
母親が「はいはい」と言いながら玄関に向かい、扉を開ける音が聞こえてる。
「あ、あら、そうなの?」
「今、準備してるわよ、ちょっと待ってね」
「晧太郎~!お友達が来たわよ!」
母親が大きな声を出して僕を呼んだ。
「ぶっ、ひょっとふぁっふぇふぇ」
僕は歯を磨きながら凡そ予想がつく玄関先の人物に焦り、慌てて口をゆすいだ。そして手をふき急いで玄関に向かうと早瀬が立っていた。
「おはよう、友近くん」
「お、おはよう、どうしたの?待ち合わせは大分駅じゃ……」
今日の早瀬は髪をハーフアップにして白のノースリーブのシャツに春らしい水色の薄手のカーディガン、ボトムスには深みのある紺のロングスカートを身につけていた。
もしかしたら今日二人だけと言う事が僕を変に意識させているのか、先日の楽器店でも私服は見ていたはずなのだが、早瀬はいつも以上に綺麗に見えて僕は戸惑ってしまった。
「早く目が覚めてしまって、先に大分駅へ行こうとしたのだけれど、友近くんをびっくりさせようと思って来ちゃったわ」
いつもと変わらない絹のように煌めく横髪を耳にかけ僕に優しく微笑む。
「早瀬さん、うちこれから朝ご飯なんだけど、早瀬さんは食べてきた?」と母親が尋ねる。
「いえ、まだなんですが大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
早瀬は母親に対してゆっくり丁寧に頭を下げた。
「うーんでも待たせることにはなるから、とりあえず少しだけ上がってもらおうかしら。ほら、どうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
母親が自宅に招き入れる仕草をすると早瀬は靴を脱ぎ僕の家に上がった。
——早瀬は母親に僕と同じクラス、同じ部活であること、そして幼馴染で同じ幼稚園に通っていたことを話していた。
同じ幼稚園だったことは僕の中で初耳だったが思い出せなかった。母親も思い出そうと首を捻るが思い出すことは出来なかったようだった。
とりあえず僕は早瀬が家にいること、待たせていることに焦り朝ご飯を急いで食べた。もちろん歯も磨いた。
*
「じゃあ、行ってきます」
「お邪魔しました」
僕らは大分駅まで自転車で向かった。大分駅までは僕の家から約20分程度、その間早瀬と先日の楽器店であった戸田と敷戸のやり取りをどうするか話した。
「この前LINEで伝えたけど、戸田くんと敷戸さんのこと、こうくんはどう思う?」
ハーフアップにした髪は、走らせる自転車の風で後ろに靡き、早瀬のうなじをチラチラと覗かせている。
「そうだな、まずは理由を知らないと解決策は考えられないかな」
「そのためには戸田と敷戸に経緯を聞き出すしかないと思う」
「そうね。私もそう思うわ」
「こうくんは何か方法でも?」
「方法はまだこれから考えるけど、聞き出す時は早瀬にも協力してもらいたい」
「もちろん、こうくんの頼みだもの構わないわ」
「じゃあ敷戸への聞き出しはお願いする」
「方法を考えたらまた早瀬に相談するよ。」
*
——大分駅は県内最大のターミナル駅で、九州でも乗車人数で博多駅、小倉駅、鹿児島中央駅、大分駅と4番目に多い駅でもある。
駅ビルもありホテル、天然温泉などが併設され、ショッピングなどが楽しめる賑わいの場所になっている。
僕らは駅近くの駐輪場に自転車を置いて、府内中央口から中に入った。目的の場所はアミュプラザ大分にあるようなのでエスカレーターで上がる。
そして僕らは施設内のフロアマップをみてどこに何があるかを確認した。
「さすがにお店がたくさんあるわね」
施設内は多くの店があるため、どのように見て行くのかかなり迷う。こうなると何を買うかよりもどこに行くかを先に決めた方がよさそうに感じた。
「時間はあるわけだし、早瀬が行ってみたいところを先に回ってみてもいいんじゃないかな」
「そうね。じゃあここに行きましょう」
早瀬はフロアマップ内にある1つの店を指差してこちらを向く。
——そして僕らは店を1軒ずつ回り続け、早瀬は良さそうなのを見つけると試着して僕に「どう?」と訊いてくる。
——1軒目は麦わら帽子が似合いそうな、ノースリーブの花柄のワンピース。清楚な早瀬には一番似合いそうに思えた。
——2軒目はデニムのショートパンツに白の大きめの半袖シャツに裾を出して前で結んでいる。露出度が高く、早瀬の健康的で白く綺麗な脚を僕はまともに見られなかった。
——3軒目は水色のロングスカートにオーバーサイズのTシャツ。シャツにはなぜか「Whatever」とプリントされている。
これ外国人が見たらドン引きされそうな気がするな。
——4軒目は黒のタイトスカートに胸元が開けた白のシャツ。何だがキャリアウーマン風だな。どこから出てきたのか黒縁の眼鏡もかけている。
——5軒目は純白のフリルたっぷりのエプロン、頭にはレースとヘッドドレスが上品さを醸し出しているクラシカルなメイド服だ。(いや、どんな店だよ。まあ似合ってはいるが……)
その中から早瀬は幾つかを購入した。(メイド服は買っていない)僕は制服しか見ていないため、早瀬が試着して見せてくる普段と違う姿に顔が紅潮してドキドキしっぱなしだった。
※
「そろそろお腹すいてきたな」
早瀬はまだ回るつもりで息巻いていたが、その前に僕の空腹が耐えかねた。
「そうね、いつ間にかお昼を過ぎてしまってるわね」
「すまん、早瀬。僕は空腹で倒れそうだ」
僕は胃のあたりを手で抑える仕草をして訴える。
「わかったわ、私も少しお腹すいてきたかも」
「こうくん、何か希望でも?」
「そんなに高いものは僕らには無理だから、ファミレスとかでいいんじゃないかな?」
ここは男らしくオシャレな店に連れて行きたいところだが高校生のお小遣いなんてたかが知れてる。それに僕も早瀬を見ていると少しぐらい服を揃えたい気持ちが出てきたので予算も考え妥当なところを提案した。
「じゃあ、ここにしましょ」
僕らは近くのフロアマップを見て、その1つの飲食店を早瀬が指差した。
——店内はGWということもありかなり混みあっていた。僕は店内の順番待ちリストに「トモチカ、大人2名、どこでも」と書いた。何となく普段は気にもしない自分の苗字と人数も早瀬と2人だと少しドキッとしてしまった。
「トモチカ様~」
「はい」
昼も遅い時間と言うこともあって、すぐに呼ばれた。
——しかし、なぜ僕より先に早瀬が応えるんだ。
僕らはちょうど空いている4名席へ通された。お陰で早瀬が買った紙袋を置くことが出来た。
事前に何を食べるかはメニューを見て決めていたので注文用のタブレットを使い、僕はハンバーグランチ、早瀬は和定食を頼んだ。
「これで今年の夏は心配いらないわね。いつもより少し多く買ってしまったけど、こうくんには色々な私を見てもらいたいし……付き合ってくれてありがと」
早瀬は水の入ったグラスを手に取り一口含んだ。
「僕も少し服を買いたいんだがこの後いいかな?」
「当たり前じゃない!私に任せて!」
——早瀬、僕の服は自分で選びたいぞ。
暫く待つと注文した料理が運ばれてくる。僕は普段使い慣れていないフォークとナイフに苦戦している中、早瀬は姿勢を正し、ゆっくりとご飯を口に運び食べていた。
その品のある所作と咀嚼のたびに動く口元。それを目にした瞬間、急に顔が熱くなり、慌てて目を逸らしてしまった。
——ふと早瀬が食べている手を止め一点をじっと見つめている。
「どうかした?」
「……私、キュウリの漬物が苦手なの……正しくはキュウリが苦手でその……」
和定食定番の名わき役、漬物。僕はキュウリの漬物も平気なのだが、早瀬は苦手なんだな。そういえば同じことを言ってた友人はいた気がする。
「もったいないから、僕が食べようか?」
僕は洋食で箸がないのでフォークで刺そうとする。
「それはダメ!こうくん行儀が悪いわ」
早瀬は左手を僕の前に突き出して僕を制止させる。
「だったらどうすれば……」
「うーん、じゃあ私が食べさせてあげるわ」
そう言って早瀬はキュウリの漬物を箸でそっと掴み、ゆっくりと僕の口元に持っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待て!それはまずい!」
僕は慌てて、両手を上げて仰け反った。
「え?どうして?こうくん食べてくれるって言ってくれたわ」
「いやさすがにそれは……なんというか友達でやることではないだろう」
「そんなことないわ、友達でもアーンぐらいはやると思うの。変なこと言ってるかしら私」
十分言ってる気がするが、平然とこんなことをする時は早瀬のスイッチが入っている状態だ。恐らく僕がいくら断っても手を引くつもりはないだろう。真剣な顔つきだ。
「しょうがない……」
僕は諦め早瀬の顔をみないよう目を瞑り口を開ける。
「………………」
「………………」
口を開けながら待っているのに一向にキュウリの漬物が運ばれてこない。
待ちきれず少しだけ目を開くと、先程の表情とは裏腹に早瀬の顔は真っ赤になっており、その手は微かに震え、視線も泳いで定まっていない。
「うー…………」
「(パクッ)」
「あ」
このまま待っていても僕の口へと運ばれることはないと感じ、仕方ないので意を決し早瀬が箸で掴んだままのキュウリの漬物に立ち向かうように食い付いた。
「うん、おぃひい、ボリボリ」
「こうくん…………ありがと」
——早瀬は顔を真っ赤にしたままフリーズしていた。
※
午後は早瀬に時間をもらったので、今度は僕の服を見に行くこととした。いくつかの店を周り僕は夏用にシャツとハーフパンツなどを購入した。
途中、早瀬は「これがいいかも」と僕に萌黄色のリネンシャツを手に取り僕へ差し出してきた。今までオシャレを気にしたことがなかった僕は言われるがまま試着してそのまま買ってしまった。(また早瀬と出かけることがあれば着て見せないと悪いだろうな)
——2人で過ごした大分駅でのショッピング付き添いはあっという間に夕方となり日が傾きかけていた。
「大分駅の屋上に展望台があるそうよ」
早瀬はフロアマップを見てRFに赤白展望台と書かれた場所を指差した。
「せっかくだし、行ってみようか」
「うん、こうくん、行きましょ」
僕らはエレベーターを使い屋上階へと足を運んだ。外は既に太陽が日没を迎える前で、空は茜色に染まっていた。
「あれが赤白展望台みたいだわ」
両サイドに赤く塗られた半円を描く階段がそれぞれあり、上った先の展望台は白く塗られていた。屋上にあるわけだから決して大きくはないが展望台からタイミング良く地平線に太陽が沈んでいくところを見ることが出来た。
「綺麗だね」
「うん、素敵だわ……今日はこうくんとお出かけが出来て本当に楽しかった。もう一生の思い出になりそう」
赤く照らされる早瀬の横顔から覗く、少し潤んだ瑠璃色の瞳は夕日を乱反射させてキラキラと星のように輝いていた。
——そして太陽が地平線に吸い込まれ、茜色の空も徐々に群青色に変わろうとしていた時。
「あれ?友近……くん?」
僕らが展望台を下りた先で僕の半歩前に目を丸くして立ち止まる女性が僕の名前を呼んだ。
「え?萩原……さん?」
僕の脳裏に、再び中学時代の苦々しい失恋が蘇ってくる。
「久しぶりだね!元気してた?」
「うん……萩原さんこそ元気……だった?」
言葉に詰まる僕に対して萩原さんはまるであの時何もなかったかのような明るい口調で話す。
「あたしはいっつもこんな感じだよ!それよりも隣にいるのは彼女さん?」
「あ、初めまして友近くんと同じクラスの早瀬櫻と言います」
早瀬は少し引き攣った笑顔で見知らぬその人へ丁寧に挨拶をした。
「え…………」萩原さんが微かに呟く。
「あ、いや早瀬は友達で、そう、今日は付き添いで来ているだけなんだ」
なぜか逆に今度は萩原さんが言葉に詰まった状態となり、僕はまた何か言われるかもしれない恐怖で、焦りながら早瀬が彼女でないことを弁明する。
「…………」
萩原さんはなぜか黙っている。僕は何かおかしなことを言ったのか、暑くもないのに額に汗が滲み出てきていた。
「あ、早瀬さん、初めまして。中学校の時、友近くんと同じクラスだった萩原薫子と言います」
萩原さんは何だか急に我に返ったかのように少し焦りながら早瀬に頭を下げ挨拶した。
「…………」
結局お互い話す言葉も見つからず沈黙が暫く続く。遠くには周りの子供たちが、まだはしゃぐ声だけが聞こえてくる。
「あ、あー友近くん久しぶりに会えて元気そうだったから良かったよ。ごめんね、デート中に。あ、デートじゃないんだっけ?はは、じゃあ、あたしも友達待たせてるから先にいくね」
萩原さんはなぜか動揺を隠せないまま、離れた所で友達が「かおりん」と呼んでいるのが聞こえた。
小走りで少しだけ顔を僕と早瀬に向けながら手を振るとそのまま友達のもとへと行ってしまった。
——僕の気のせいかもしれないけど、萩原さんが向けてくれたその笑顔に、何か違和感を感じていた。




