初めての楽器店
——ゴールデンウィーク前の日曜日、僕ら3人は自転車で下郡にある島岡楽器へ行くことにした。
当初、僕と早瀬はあまり乗り気でなかったが、「色々な楽器が置いているから戸田と早瀬さんも見てみたらどうなん?」と戸田が言うので早瀬はギター、僕はベースを見たくなり結果3人で行くことになった。(戸田の思惑通り)
そしてその夜、戸田がグループLINEを作ったので僕は早瀬を招待した。
僕と戸田がよろしくスタンプを送ると早瀬はグループLINEに誘われたことが不服だったのか、またあの厳つい顔の猫かもしれないキャラが怒っているスタンプを送ってきていた。
——
「今週の日曜なんだけど待ち合わせどうする?」戸田。
「現地でいいんじゃないか?」僕。
「私もそう思うわ。別にLINEじゃなくて良かったんじゃない?」早瀬。
「そっか、そうすっかな」戸田。
「私午後予定があるから午前中がいいわ」早瀬。
「じゃあ、9時半で」戸田。
「OK」僕。
「せっかくのグループLINEだからさ、部活動でお互い共有したりして活用していこうよ」僕。
「ラジャ(スタンプ)」戸田。
「ラジャ(厳つい猫?スタンプ)」早瀬。
——
——そして当日、待ち合わせの9時半になっても発起人は来なかった。仕方なく僕が連絡すると「今起きた、ごめん」と寝ぼけた声で謝られた。
「はぁとりあえず待っていても仕方ない、早瀬。戸田を迎えに行くか……」
「私はこのまま、こうくんとデートの方がいいわ」
——早瀬よ、友達なんだから私情をそこで挟まないでくれ。
戸田の家は中華料理屋を営んでいて店舗兼自宅らしい。この前店の名前を教えて貰っていたからGoogleMapで難なく探せた。そして僕と早瀬は下郡から海に向かう北西へと自転車を走らせ、新川にある『戸田飯店』にやってきた。
店舗の駐輪場に自転車を停めて、店舗脇にある自宅用玄関と思しきところのインターフォンを押す。
「あー、わりぃわりぃ」
玄関の扉が開き戸田は右手を頭の後ろに当てながら現れる。戸田のせいで遅れたのに反省の色が全く感じられない口ぶりだ。ここはクール美人の早瀬にも一言言ってもらおうと思ったのだが、戸田とは会話する気もない様子で無言のままだった。
「とりあえず10時半過ぎてるから急いで行こう」
LINEで早瀬は午後予定があると言ってからな。見る時間を含めてるとあまり余裕はなさそうだ。
「一応さ、Google先生で島岡楽器を調べて見たんだが、投稿写真見るとすげーな、楽器がズラリと並んでて壮観だったわ」
戸田がわざわざ店舗のことを調べてくれたようでギターやベースが壁に横一列で陳列されてある様子は確かに見応えがありそうに感じた。
※
僕らは11時前に島岡楽器へ到着した。
店内は暖かなオレンジ色の照明で彩られていて、ジャズであろう音楽が流れていた。壁際にはギターとベース、奥にはドラムセット、キーボードなどがそれぞれ楽器のパート毎に分かれて配置されている。
「すみません、ドラムスティックを見たいんですがどこにありますか?」
戸田が店員を見つけ早速声をかけている。
「ドラムはそこ、セットが見えるでしょ?あの辺にまとめてスティックも置いてあるよ」
恰幅の良い眼鏡をかけた店員はあまり楽器店に似合わなさそうに見えたが優しい声で教えてくれた。
「ほぅ……すげ、沢山ある」
棚にドラムスティックが大量に並べられていて、長さや先端の形状が違ったり、木目調のものから色がついてあるものまで様々だった。
「どれがいいか分からんな」
こんなに種類があるとは戸田もそうだが僕も思っていなかった。
「キミたちは初心者?」
そこに先程の恰幅の良い店員が現れて声をかけてくれた。
「そうっす初心者っす」
「だったら、これがいいかな。Pearlはドラムの老舗で信頼性もあって、このスティックなら硬さもあるから折れにくくてチップの形状も丸いから音も均一に出すことが出来るよ」
店員はわざわざ商品を手に取って教えてくれた。なるほどスティックは硬さ、形状で音が変わるのか。とは言え僕らは初心者なわけだしこの差を感じるのはもっと練習してからだな。
「じゃあ、これにするっす」
戸田も恐らくあまりわかっていない様子で、勧められたドラムスティックを受け取った。
僕はその場にいなかった早瀬を探すと顎に手を当て壁に掛かっている沢山のギターを見ていた。
「ギターみてるの?」
「そう、すごくたくさんあるわね。これなんか40万って書いてあるけど私には違いが全くわからないわ」
「確かにたくさんあって全くわかんないな」
ギターも形が様々で、金額も2万弱から40万もするものがあり、初心者の僕らには全く違いがわからなかった。
「私、これがいいわ。なんか女の子のように見えるもの」
早瀬が指さしたのはボディにくびれのある丸みを帯びた形状で確かに女性のような品の良さも感じられるギターだった。
「これはレスポールだね」
再び店員はこちらにやってきて名前を教えてくれた。
「レスポールは少し重いけど、丸みのある音が特徴的なギターだよ。有名なのはギブソンかな。」
店員はそう言ってギブソンのギターを指さした。
「う、さすがに高すぎるわ……」
「だったらこの辺かな」
たじろいだ早瀬を見て、店員は下のほうを指さして同じレスポールではあるが金額は明らかに安く、僕らのお小遣いをどうにか工面すれば買えそうな価格だった。
早瀬は暫く考えている様子だったが今すぐ買うつもりはなさそうだった。
「ご丁寧にありがとうございます。少し考えてみます」
早瀬は説明をしてくれた店員へ丁寧に頭を下げた。
——すると店内の自動ドアが開かれて、一人お客さんが入ってきたようだった。
「あ」
「え?」
そこに現れたのは『敷戸明日香』だった。
「やっほー、はやっちと友近くん」
「あら、敷戸さん、こんにちは」
「楽器店なんて珍しいねぇ、もしかしてデート?」
敷戸は僕ら二人に目を細め口角を上げてニヤニヤしている。
「敷戸さん……デートなんて、恥ずかしいわ」
早瀬は両手を頬に当て赤くなっている。赤くなる早瀬の横顔は可愛いな。
——普段は美人で恥ずかしがると可愛いとか最強かよ。
——そんなことより、ここで敷戸と出くわすとは思いもしなかった。敷戸はバンドをやっているわけだから当然楽器店に来れば遭遇率もあがるわけなんだが、まさか初回から遭遇することは予想していなかった。
「いやいや、デートではない。付き添いだ。」
早瀬には悪いがここはちゃんと説明させてもらう。
「付き添い?誰の?早瀬さん?」
敷戸は首を傾げて僕に尋ねてくる。僕はしまったと思い敷戸の質問に言葉が詰まる。
「戸田くんの付き添いよ。彼、この前ドラムスティックを折っちゃって自分のを買うからって私たちを巻き込んだのよ」
言い淀む僕の代わりに早瀬が本当の事情を答えてしまった。当然だが早瀬は戸田と敷戸の不仲をしらない。
「あ……アイツ軽音部入ったんだ」
敷戸の表情が少し翳り、何か考え事をしているようだった。
「おい、友近~、まだ…………か……あ」
すると僕らと敷戸のところに戸田がやってきて、時間が止まったかのように——4人全員がフリーズした。
「明日香、なんでそこにいんだよ」
戸田は血相を変えて、その場にいるはずがなかった敷戸に声を上げる。
「それはこっちのセリフ、私はいつも来てるんだから、敦こそなんでそこにいるのよ!」
同じく敷戸も戸田の怒声に反論する。
「ところで敷戸さんちょうど良かったわ、本当は学校で話そうと思ったんだけど……」
「とりあえず僕らの用事は終わったから帰ろう」
早瀬は空気を読めないのか。それは今話すことじゃないと早瀬の言葉に僕が被せて話す。
「軽音部入ったって聞いたけど、フン、どうせまた足引っ張ってはやっちと友近くんに迷惑かけてるんでしょ」
敷戸のスイッチが入ったのか、冷ややかな視線を戸田に送り鼻で嘲笑する。
「!」
「うるせぇな。お前に関係ねぇだろ。性悪女。」
戸田は馬鹿にされたことに腹を立て、顔色を変えて敷戸を罵る。
「はぁ?なにそれ、あんたこそデリカシーもないヘタレ野郎じゃない!」
罵られた敷戸も顔色を変え、戸田に鋭い視線で睨みながら応戦する。
「くっ、俺はヘタレなんかじゃない。真剣にやってるんだ!」
握りしめた拳を震えさせ、戸田は首を捻り斜め下へ視線を落とした。
「ふん、そんなこと言って俺には無理だったわってすぐに諦めるんでしょ」
「わたしはあの時、敦を応援していたのに、敦があんなこと言うから……」
敷戸は視線を落とし語気は徐々に弱まり、語尾に向かって弱々しく声が震えていた。
「もういい!気分悪いから帰る!」
「はやっち、友近くん……ごめんね」
敷戸は何かを買いに来たんだろうが、そのまま僕らに背を向け楽器店を出て行った。
「戸田……」
僕は俯いたまま無言の戸田に声をかけた。
「友近、早瀬さん、変なとこ見せっちまって悪かったな」
戸田は笑顔を見せていたが、その表情には翳りが見え間違いなく落ち込んでいる様子だった。




