『あと1人』
放課後、僕ら三人は鞄を持って部室に向かう。
「今日の部活楽しみだな」
「ん?どうした?戸田」僕が訊く。
「やっとさ、俺エイトビートを叩けるようになったんだよ」
自信満々で言うレベルではないと思うが、戸田は上達していることが嬉しいようだ。
「私も少しは弾けるようなったわよ」
普段は口を開かない早瀬が口角を上げて自信を見せる。
「僕はまだまだだな~」
実はベースのルート弾きは出来るようになったのだが、ずっと同じテンポで弾くことが結構難しい。後半になると腕が疲れてしまいテンポがズレてしまうのだ。
「ま、練習あるのみだな」
戸田よ、当たり前のことを堂々と言うな。
※
僕らが挨拶して部室に入ると皆春先輩は椅子に座りながら一人眉間にシワを寄せ考え事をしていた。
「お疲れさまです!皆春先輩どうしたんすか?」
戸田も僕と同じように気になったのか先に皆春先輩に尋ねる。
「あー戸田くんお疲れさま。実はさ、さっき生徒会が来て、うちの部員を増やさないとまた同好会に戻ることを告げられたんだよ」
皆春先輩は溜息をついて、頭の後ろで両手を組み天井を仰ぎ見る。
そうか今年やっと部になったのに部員が少ないと同好会に戻るんだな。でも待てよ、先輩達5人と僕ら3人で8人いるんだから大丈夫じゃないか?
「8人いるから大丈夫なんじゃないですか?」
今度は僕が尋ねる。
「いやいや、俺ら4人は3年だよ?夏休みが終わったら引退だ。そうなると今2年の鍵山が部長になるわけだけど、君ら3人を合わせても4人でしよ。部を維持するには5人いなきゃダメなんだよ。」
なるほど二学期に入る頃には4人になるのか。となると僕ら3人は3年の先輩から教えて貰えるのは一学期だけなんだな。
「それでさ、俺らがいる間にもう一人入部希望者を募りたいんだが、君らの学年で誰か軽音楽部に来てくれる人いないかな?」
僕らはお互い目を合わせて、うーんと唸る。
暫く全員が黙ったいると早瀬が顔を上げ掌をグーでポンと叩いた。
「先輩、一人楽器を弾ける人がいます」
ん?待て早瀬、それはアイツだろ?
「へぇー、それは頼もしいな~なんて子なの?」
「はい、同じクラスの敷戸明日香って女の子です」
——あー厄介事にならなきゃいいな。
※
「…………」
露骨に顔を歪ませ黙り込む戸田。
この前敷戸と戸田が不仲である事を僕は聞いていたから戸田の態度が変わるのも理解出来るが、早瀬はこの事を知らないんだったな。
「明日香、アイツはいいよ。どうせ入部しないだろ」
戸田の声は強ばっている。
「あら?どうして?楽器できる人が入部してくれるのが軽音楽部にとって一番いいじゃない?」至極当然だ。
「それにしても、戸田くんは敷戸さんのこと明日香って呼んでたけど知り合いなの?」
「あー、早瀬。戸田と敷戸は幼馴染なんだ」僕が代弁する。
「そうなの?それは初耳だわ」
「とにかくアイツに言っても絶対入んないから声かける必要はねぇ」
戸田は吐き捨てるように早瀬の提案を拒否した。
「戸田くん、なぜそんなことを言うの?幼馴染なら尚更良いんじゃないの?確かに敷戸さんはバンドを組んで活動しているらしいけど、それでも声を掛けてみたいと分からないじゃない?私間違った事言ってるかしら?」
早瀬は戸田の態度が気に食わないらしい。徐ろに正論で反駁する。
「いや……間違ってはねぇけどよ。はぁ……」
早瀬に言い返せるだけの言葉を持ち合わせていない戸田は顔を背け憤懣を滲ませている。
「なら……」
「とりあえず今は練習しよう。放課後だからって時間は有限なんだし入部してくれる人を探すのは今すぐじゃなくていいだろ?」
早瀬が戸田に追い討ちをかけそうだったので、早瀬の言葉に割り込んで僕はその場を制止させた。
「そうね……友近くんの言う通りだわ。まだ時間もあるわけだし、今は練習しましょう」
早瀬は気持ちの切り替えが上手いな、先程戸田を責め立てていた時は冷徹な表情だったが、既にいつもの温和な表情に変わっている。さすがだ。
そして僕と一緒にいる時とは異なるあの冷たい表情を見て僕は早瀬を怒らせないよう心に決めた。
戸田はというと僕らとは目も合わせず無言のまま、練習を始めようとドラムセットに向かいながら重い足音を響かせていた。
※
——案の定戸田のドラムは乱れていた。憤懣が音に出ていて下手なのが輪をかけて煩わしいだけになっていた。
「戸田くん、もう少しそこは軽く叩かないと、タムに穴空いちゃう……」
「あー、トップシンバルもあまり強く叩くとスティック折れちゃうよ~」
「いやいやバスドラも踏むタイミングが早すぎ」
三佐先輩が戸田の演奏を優しく正そうとするがあまり効果が出ていない。
どちらかと言うと三佐先輩は諸先輩の中でも少し優しすぎる気がする。ガツンと言ってあげれば良いのだがドラムやってる人は優しいって聞くし仕方ないのかもしれない。
早瀬の方はどうかなと僕は首を捻って見やると今日自信の笑み浮かべていただけある。いつの間にか難しいとされるFメジャーも弾けるようになっていた。さすがだな、やっぱりピアノをやってただけあって飲み込みが早い。
(僕も頑張らないとな)
(バキッ)
「あっ!」
戸田が声を上げたので、一旦練習を止めて僕と早瀬も声の主に顔を向ける。
「あ~だから言ったのに……」
どうやら戸田の怒りでドラムスティックが耐えかねて折れてしまったようだ。
「……先輩、すみません」
戸田は申し訳なさそうな顔で先輩に謝っている。
「いいよいいよ。スティックが折れるなんてドラマーからしたら日常茶飯事だからさ。それに替えはまだ沢山あるしね」
三佐先輩の話の真偽は分からないが、そもそもあんな硬そうな木の棒が日常茶飯事で折れるものなのか?ドラムスティックがいくらするのか僕には分からないが、それはもうドラム自体その人に向いていないんじゃないのかと思った。
「今後は気を付けます」
戸田はそう言って頭を下げたが「ま、気にしないで」と三佐先輩は優しく戸田の肩を叩いて励ました。
「そうだ。もし大事に扱いたいって思うなら自分用にドラムスティックを買ってみたらどうかな?」
「自分用に買っておけば大事にするでしょ」
「いや、もちろん部の物は大事に扱って貰いたいんだけど、自分用を持っているとなんていうか愛着も湧いてくるかもしれないよ」
そう言い、三佐先輩は自分のリュックからドラムスティックを取り出し見せてくれた。
確かに部で使用しているスティックよりも傷は多いが遥かに丈夫そうで少しの力では折れたりしなさそうな代物だった。
「へぇー、何かかっけーっすね」
戸田は顔を上げ、先輩のスティックをまじまじと見て目を輝かせている。
「それってどこで買ったんすか?」
「そりゃもちろん楽器店だよ」
「んー楽器店ってこの辺ありましたかね?」
「そうだね。品揃えの多さなら下郡にある島岡楽器かな」
「なるほど……」
「ラジャっす、ありがとうございます!今度3人で行ってみます!」
戸田は敬礼の真似をして三佐先輩に感謝の意を伝えた。
ん?今3人って言ったよな?
「友近と早瀬さん!」
「今度の休みに3人で島岡楽器に行こうぜ!!」
元気いっぱいに拳を掲げる戸田の姿は大きな子供のように見えた。
——そのくらい一人で行けばいいだろ、僕と早瀬を巻き込まないでくれ。




