第93話
石を見せてくれと頼んだだけのはずが、気づけば俺は、縁側でお茶をよばれていた。
石材屋の広い庭には、大小さまざまな石が、まるで品評会のように並んでいる。鞍馬さんはそのひとつひとつを指さしては、どこの山の生まれで、どういう成り立ちの石なのかを、朗々と語ってくれた。
最初は、正直、少し気圧された。背が高くて、鼻筋が通っていて、物言いがいちいち芝居がかっている。「儂の石を使いたいだと?」なんて鷹揚に構えられた日には、こっちは恐縮するしかない。
ところが、話してみると、これがどうにも面白い。
「よいか。この石はな、みてくれは無骨だが、水を吸うて色が深うなる。庭に据えれば、雨の日ほど味が出る。……派手さを求める、おぬしのような若造には、わからん良さよ」
「はあ、なるほど……」
そう言いながら、鞍馬さんは俺の湯呑みが空になると、当たり前みたいにお茶を注ぎ足してくれる。口ぶりは尊大なのに、やることは妙にこまやかで、俺は内心で首をかしげた。
石の話は、いつのまにか山の話になっていた。
どうして山にはいろんな石があるのか。水脈がどこをどう走って、どんな石を育てるのか。気の遠くなるような時間をかけて、山がどうやって今の形になったのか。請われるまま、鞍馬さんはいくらでも語ってくれる。
「山というのはな、生きておる。石も、水も、木も、みな山の腹の中で繋がっておるのだ。……ふん、こんな話、聞いてもつまらんか?」
「いえ、面白いです。全然、飽きないですよ」
俺が身を乗り出すと、鞍馬さんは「そうか」と、ほんの少しだけ得意げに鼻を鳴らした。
なるほど、石にも山にも、こんなに奥があるのか。
ただ庭石を選びに来ただけのはずが、気づけば、山ひとつぶんの物語を聞かせてもらっている。この人、ただの石屋じゃないな、と俺は思った。
◇◇◇
尊大な物言いの奥に、驚くほど面倒見のいい人柄が透けて見えるのは、話しているうちに、だんだんわかってきた。
俺が雪囲いの石で迷っていると、「それならこの石を、こう組め」と、頼んでもいないのに、庭先の砂に図まで描いてくれる。値の張る石をすすめるでもない。俺の懐と、俺の山の具合をちゃんと考えたうえで、いちばん理にかなったやり方を、順序立てて教えてくれるのだ。
元SEの俺には、この段取りのよさが、いちいち沁みる。要点を押さえて、無駄なく、相手に合わせて話す。仕事のできる先輩、という感じだ。
「口は大きいけど……いい人だなあ」
思わず、心の中でそうこぼしていた。付き合いやすい、なんて口に出したら、また「無礼者め」と睨まれそうだけれど。
◇◇◇
冬の日は短い。庭の石に、早くも夕方の色が差してきた。
そろそろ暇を、と腰を浮かせかけたとき、俺は世間話のつもりで、自分の山のことを口にした。古民家のこと、畑のこと、それから――湧き水のこと。
毎日の煮炊きにも、風呂にも、その湧き水を使っている。冷たくて、澄んでいて、茶を淹れると驚くほど甘い。そんな、たわいもない自慢話のつもりだった。
ところが。
その一言に、鞍馬さんの目つきが、すっと変わった。
「……待て。おぬし、いま、湧き水と言うたか」
「はい。山の中腹に、いい水が湧く場所があって――」
言い終わらないうちに、鞍馬さんはずいと身を乗り出してきた。さっきまでの鷹揚な構えは、どこへやら。まるで、掘り出し物の原石でも見つけた目つきだ。
「おぬしの山の湧き水……あれは、ただの水ではないぞ」
低く、しかし確信のこもった声だった。
「あれは、上物だ。それも、飛び切りのな。……おぬし、まさか、あの水を、そこらの水と同じように使うておるのではあるまいな?」
「え。……普通に、飯炊いたり、風呂に張ったりしてますけど」
正直にそう答えると、鞍馬さんは天を仰いで、深々とため息をついた。
「もったいない……! なんという、もったいない使い方を……!」
まるで、俺が国宝でも鍋敷きにしていたかのような嘆きようである。
湧き水は、湧き水だろう。うまい水ではあるけれど、そんなに大層なものなのか。俺は湯呑みの中の、澄んだお茶をのぞきこんだ。
言われてみれば、この水で淹れた茶は、たしかにいつも、妙に甘い。スイが浄めてくれているおかげだと思っていたけれど――まあ、水がいいに越したことはない。
うまい水を、うまいと言われただけだ。悪い気は、しない。
「今度、その水……見せてくれますか。鞍馬さんに」
俺がそう言うと、鞍馬さんは腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らした。
「よかろう。この儂が、直々に見立ててやる。……せいぜい、ありがたく思うことだ」
言葉は相変わらず大きい。でも、その目の奥が楽しそうに光っているのを、俺はもう見逃さなかった。




