第92話
庭の石組みを、いっぺんきちんとしたい。
そう思い立ったのは、雪囲いの支えに手ごろな石が足りなかったからだ。畑の縁も、直売所の足元も、あり合わせの石を積んだだけで、冬の重みにはいささか心もとない。
どうせなら、腰を据えていい石を入れよう。麓で聞き込むと、隣町に評判の石材屋があるという。
「石のことなら、鞍馬さんとこだねえ。……ちょっと、変わった人だけど」
レジのおばちゃんが最後にひとこと付け足したのが、妙に引っかかった。
◇◇◇
軽トラで峠をひとつ越えた先。杉山を背負った斜面に、その石材屋はあった。
庭一面に、大小の岩が並んでいる。ごろりと転がった原石から、水を打ったように艶やかな据え石まで、種類も表情もばらばらだ。素人目にも、ただ積んであるのとは違うとわかる。一つひとつ、置き場所を選んで据えてある。
肩の上で、コロがむくりと身じろぎした。ずらりと並んだ石を、まんまるの目で物珍しそうに見回している。
「わあ……つちの、かたいの、いっぱいなの」
土の精は、石も土の親戚だと思っているらしい。ご機嫌に、俺の頭のてっぺんまでよじ登った。
車を降りて見回していると、奥からのっそりと人影が現れた。
背が高い。やたらと高い。鼻筋のすっと通った彫りの深い顔立ちで、腕を組んだまま、俺を上から下まで検分するように眺めている。
「……客か。ふむ」
低い、よく通る声だった。
「儂の石を、使いたいと?」
儂、ときた。時代劇でしか聞かない一人称だ。俺は一瞬、面食らった。
用件を伝えると、男——鞍馬さんは、ますます尊大に顎を上げた。
「庭の石組みに、雪囲いの石材、か。ふむ……見どころのある男だ。よかろう、話を聞いてやる」
なぜか、こっちが許しを得た側になっている。妙な人だ。それでも、嫌な感じはしない。芝居がかっているだけで、目だけは、ずっと真剣にこっちを向いていた。
石の相談を始めると、鞍馬さんの様子が一変した。
庭を歩きながら、これはどこの石だ、この用途にはこれだ、と次々に指していく。据え石を撫でる手つきも、重さを確かめる目つきも、さっきまでの芝居っ気が嘘のように、静かで確かだ。
「この山石は、水を吸って締まる。雪の重みには、こういう粘りのある石が要る。見た目の格好よさで石を選ぶ素人が多いが……石は、どこに置くかで生きも死にもするのだ」
いちいち言い方は大きいが、中身はまっとうだった。要は適材適所。ここでもか、と俺は内心おかしくなる。
「なるほど。……この人、本物だ」
思わず漏れた独り言に、鞍馬さんはふん、と鼻を鳴らした。まんざらでもない顔だった。
◇◇◇
石を選び終え、俺の山まで運ぶ段取りの話になった。どんな土地に据えるのかと聞かれ、俺は自分の山のことを話した。
中腹の古民家。段々畑。日当たりのいい斜面と、雪に沈んだ庭のこと。
話すうちに、鞍馬さんの手が止まった。腕を組み、こちらを——いや、俺の背後の、山のある方角を、じっと見ている。
その視線が、ふと俺の肩先をかすめた。コロのいるあたりだ。俺は反射的に肩を払いかけて、やめた。虫でもついていたのかと思ったが、鞍馬さんは何も言わず、また山のほうへ目を戻す。
そして、その目が、すっと細くなった。
「……ほう。それはまた、良い"気"の巡る山だな」
気、と言った。
「おぬし、いい場所に住んでおる。あの手の山は、そうそう転がってはおらんぞ」
俺は曖昧にうなずいた。良い気、と言われても、正直よくわからない。日当たりがよくて、水がうまいのは確かだけど。
「まあ、運がよかっただけですよ。安かったんで、勢いで買っただけで」
自分で言って、我ながら大した度胸だったなと思う。山ひとつを勢いで買った三十路手前の男。字面はやっぱり、だいぶおかしい。
鞍馬さんは、その返事に、なぜか少しだけ愉快そうに口の端を上げた。
「勢いで、な。ふ……まあ、よかろう」
含みのある言い方だったが、俺には掴めなかった。この人は、どうも一言多い。
軽トラに戻りながら、俺は峠の向こう、山のある方を振り返った。
良い気の巡る山、か。
「……変わったことを言う人だったな」
でも、悪い気はしない。自分の山を褒められて、腹の立つ人間はいない。
石が届くのが、少し楽しみになってきた。冬のうちに据えれば、雪解けの頃には、庭も見違えるだろう。俺は石の乾いた匂いを鼻の奥に残したまま、頭の上のコロを揺らさないよう、そろりと山道を登っていった。




