表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/204

第88話

 雪が小止みになったのは、朝方のことだった。


 三日ぶりに、空から白いものが落ちてこない。厚い雲の切れ間から薄い日差しが雪原に射して、庭一面がまぶしく光っている。


 屋根から滑り落ちた雪の山を崩していると、麓のほうから、聞き覚えのないエンジン音が近づいてきた。


 こんな雪道を、車で登ってくる物好きがいるのか。俺がスコップを止めて振り返ると、雪をばりばり踏みしめて、一台の軽トラが庭先に突っ込んできた。


 運転席から、ずんぐりと厚みのある体が、勢いよく飛び降りる。無精髭に、丸太みたいな腕。見間違えるはずもない。


「よう、生きてたか。雪に埋もれてへんかったか」


 鉄本さんだった。豪快にそう言って、がっはっはと笑う。その声が、静まりかえった雪山に、わんわんと反響した。


「鉄本さん……! 本当に来たんですか、この雪の中を」


「言ったろうが。冬になったら遊びに行くってな。約束は約束だ」


 当たり前だという顔で、鉄本さんは肩の雪をばさばさと払う。膝まで埋まるこの雪を、まるで平地の散歩みたいに踏み分けてきたらしい。荷台には、酒瓶の入った木箱が一つ、ごとんと積まれていた。


 都会の人間なら、こんな日はまず出歩かない。それを、約束一つで麓から登ってくる。ずいぶんと律儀で、そして健脚な人もいたものだ。


◇◇◇


 ともかく、立ち話で凍えさせるわけにもいかない。俺は鉄本さんを、暖めた居間へ通した。


 部屋の真ん中では、あの薪ストーブが、赤々と火を灯している。鉄本さんが打った、とっておきの一台だ。鋳鉄の胴がじんわりと熱を放って、部屋中をぬくもりで満たしていた。


 この冬、俺の暮らしを底から支えてくれているのが、こいつだった。朝はこれで湯を沸かし、夜はこの前で本を読む。すっかり、この家の心臓みたいな存在になっている。


 鉄本さんは戸口で足を止め、そのストーブを、じっと見つめた。


 つかつかと歩み寄って、扉の建て付けを確かめ、胴に手のひらをそっと当てる。炎の色を覗き込み、満足げに、ふうむ、と唸った。


「ちゃんと使い込んでるな。いい火だ」


 節くれだった指が、黒い鋳鉄の表面を、いとおしそうに撫でる。


「こいつも、幸せもんだよ。打った甲斐があったってもんだ」


 そのストーブの上で、赤いとかげ——エンが、ぱたぱたと尻尾を振っていた。


「なあなあ、この火、オレが育ててやってんだぜ! すげーだろ!」


 得意げに胸を張るエンに、鉄本さんはにやりと笑い返す。どうやらこの人にも、精霊の姿が見えているらしい。


「おう、たいした火の番だ。感心したぜ、ちびすけ」


「ちびすけじゃねーし!」


 むきになって尻尾を膨らませるエンを、鉄本さんは楽しそうに眺めている。火のまわりのやりとりだけは、この二人、妙に気が合うようだった。


◇◇◇


 俺は鉄鍋に湯を沸かし、生姜をたっぷりすった葛湯を、二つの湯呑みに注いだ。冷えた体には、まず甘くて温かいものがいい。


 鉄本さんは湯呑みを両手で包んで、うまそうにすすった。ほう、と白い息を吐いて、ぐるりと部屋を見回す。


 煤けた梁、繕った障子、隅に積んだ薪。どれも自慢できるようなものじゃない、俺の手仕事の跡ばかりだ。


 その一つ一つを、鉄本さんはゆっくりと眺めていった。そうして、しみじみと漏らす。


「いい山だな、ここは」


「え?」


「なんつうか、居心地がいい。長居したくなる」


 湯気の向こうで、鉄本さんの目が、細く和らいでいた。


 俺は照れくさくなって、頭を掻いた。掃除もそこそこの、ただの古い家だ。居心地がいいなんて、世辞にしても大げさな気がする。


 まあ、雪の中を歩いてきた人には、暖かい部屋ってだけで御馳走なんだろう。この一杯が、よほど体に沁みたに違いない。


 考えてみれば、この山に人が訪ねてくるのは、森野さんに続いて二人目だ。誰も住んでいなかったこの家に、いま、豪快な笑い声が響いている。


 独りになりたくて登ってきた山なのに、不思議なものだ。でも、悪くない。むしろ、こういう賑やかさも、なかなかいいものだと思う。


 鉄本さんは湯呑みを置くと、また火のそばへ戻っていった。エンと何やら、火の育て方で盛り上がっている。この分だと、しばらく腰を上げそうにない。


 まあ、いい。旨いもんを食わせろ、が約束だったのだ。


「せっかく来てくれたんだ。腕によりをかけて、もてなしますよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ