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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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87/210

第87話

 雪はもう三日、降っていない。それでも庭の雪は、まだ膝の上まで残っている。


 晴れた朝の日差しを受けて、一面が眩しいほど白い。歩けばきゅっきゅっと鳴る、締まった上等の雪だ。


 この雪も、じきに解けてしまうのか。そう思うと、なんだか名残惜しくなった。


 ……いや、待てよ。せっかくこれだけ積もってるんだ。


 子どもの頃、雪国の親戚の家で見た、あの丸い雪の家。あれを、作れるんじゃないか。


 思い立ったら、体が動く。スコップを担いで、俺は庭の真ん中に陣取った。


 まずは土台だ。雪を掻き集めて、山を作る。ただ盛るだけじゃ崩れるから、スコップの背でぺたぺたと叩いて固めていく。


 ぎゅっ、ぎゅっ、と雪が締まる感触が、手のひらに返ってくる。要は締めて、大きなかまぼこ型の塊を作ればいい。焦らず、盛っては叩き、盛っては叩く。


 肩のあたりが、もぞもぞした。見ると、苔玉みたいなコロが、まんまるの目で雪の山を見上げている。


「あるじ、これ、なあに? おやま、つくるの?」


「かまくら、って言うんだ。雪で作る、小さな家だよ」


 教えてやると、コロは「おうち……」と嬉しそうに、雪の上をころころ転がっていった。


◇◇◇


 小一時間かけて、俺の背より少し低いくらいの雪山ができた。ここからが本番だ。


 正面に、腹ばいで入れるくらいの穴を開けて、中の雪をひたすら掻き出していく。外の眩しさが嘘みたいに、中はほの暗く、青みがかっていた。


 掘るほどに、空間が広がっていく。壁を内側から叩いて締めて、天井が落ちてこないよう、丁寧にドーム型へ整えた。


 掘り終えたら、床に茣蓙を敷く。冷たい雪の上に一枚あるだけで、ぐっと居心地がよくなった。


 仕上げに、七輪を持ち込む。炭を熾して、切り餅を網に並べた。


 エンが、待ってましたとばかりに七輪の縁に飛び乗ってくる。


「あるじ、餅か!? いいねぇ、オレに任せろって!」


「ああ、頼むよ。焦がすなよ」


 火の精霊が張りきると、炭火の熾りが、すっと素直になる。餅は網の上でふっくらと白く膨らみ、やがて表面に、きつね色の焦げ目が散った。


 ぷう、と餅が膨れて、香ばしい匂いが狭いかまくらに満ちる。醤油を垂らせば、じゅっと音を立てて、たまらない香りが立ちのぼった。


 もう一方の網の端では、小鍋で甘酒を温めている。ふつふつと湯気が立って、甘い米の匂いが、餅の香ばしさと混ざり合った。


 その湯気の縁で、スイがぷかぷかと機嫌よく揺れている。


「あるじ、この甘いの、いい匂いですわねぇ」


 湯呑みに甘酒を注いで、焼けた餅にかぶりつく。外はカリッ、中はとろりで、醤油の香ばしさが口いっぱいに広がった。


 甘酒をひとくちすすれば、体の芯から、じんわり温まっていく。


 ……ふと、我に返る。


 三十路手前の男が、一人で、雪山で、かまくらを作って、餅を焼いている。


「……字面は、かなりヤバいな、これも」


 夏の流しそうめんのときも思ったが、俺の季節の過ごし方は、どうも字にすると事案の香りがする。


 でも、楽しいんだから、いいんだよ。誰も見てないし。


 ――もっとも、その「誰も見てない」は、少しばかり事実と違っていた。


 狭いかまくらの中は、思いのほか賑やかだったのだ。エンは七輪の番を気取って炭のそばに陣取り、コロは茣蓙の上でまんまるに転がり、スイは甘酒の湯気にうっとりしている。


 モクまで、いつのまにか天井を点検するように腕を組んでいた。


「フン、この掘り方……素人にしちゃ、悪くない天井だ」


 入り口の丸い穴からは、名もない小さな光がいくつも、物珍しそうに出たり入ったりしている。初めてのかまくらが、よほど面白いらしい。


◇◇◇


 餅を食べ終えて、俺は茣蓙の上に腰を落ち着けた。


 外では、また雪がちらつき始めたらしい。丸い入り口の向こうで、白い粒がゆっくり舞っている。


 不思議なくらい、静かだった。雪の壁が、外の音を残らず吸い込んでしまう。風も、鳥の声も届かない。


 ただ、七輪の炭がぱちりと爆ぜる音だけが、すぐそばで小さく響く。


 それでいて、中はほんのりと温かい。七輪の熱が雪の壁に囲われて、外へ逃げずにこもっているのだ。手をかざせば、じんわりと伝わってくる。


 雪の壁に、そっと手のひらを当ててみた。冷たい。当たり前だ、雪なんだから。それなのに、この部屋はこんなに温かい。


「……雪って、冷たいのに、こうすると温かいんだよな。不思議だ」


 冷たいものが、俺を寒さから守ってくれている。そう思うと、なんだか可笑しくて、あたたかい気持ちになった。


 湯呑みに残った甘酒を、ゆっくりと飲み干す。


 じきに解ける雪も、こうして一日、贅沢な家になってくれた。それで十分だ。名残惜しさは、いつのまにか、どこかへ消えていた。


 エンが炭のそばで、満足そうに尻尾の火を揺らしている。コロは、いつのまにか俺の膝で、すうすうと寝息を立てていた。


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