第83話
朝のうちに雪はやんで、空はきんと晴れ渡った。
昨日の雪かきで、直売所までの小道はどうにか通せている。だが、雪はまた降る。降るとわかっているものに、降ってから慌てるのは下策だ。
俺は縁側に道具を並べ、使い古したノートを開いた。前の職場の癖で、やることを書き出さないと、どうにも落ち着かない。麓で買った保温材、近所のじいさんに教わった雪囲いの寸法、ホームセンターの説明書。材料は、もう一通り揃っている。
「要は、水と屋根と足元。この三つを押さえれば、冬は越せる」
声に出すと、頭の中がすっと整理された。課題を分解して、順番をつけて、一つずつ潰す。畑もDIYも、しょせんはこの繰り返しだ。
まずは、水から。
最初に取りかかるのは、水道管の凍結対策だった。台所の床下と、外壁を這う配管に手を這わせると、指の芯が痺れるほど冷たい。この冷たさが夜のうちに管の中の水を凍らせ、膨らませ、管を割る。凍結による破裂は、雪国で一番ありふれた事故らしい。
筒状の保温材を、配管の長さに合わせてカッターで切る。断面はスポンジみたいで、握るとふかふかと頼もしい。管に沿わせて割れ目をぱちんとはめ、継ぎ目をビニールテープでぐるぐる巻いていく。
蛇口の付け根は、特に念入りに。屋外の立水栓には、古い毛布を巻いて麻紐で縛った。見てくれは無骨だが、まあ、六十点ってところだろう。
「これで、朝いちに蛇口が凍って往生する、なんてことはないはずだ」
水が止まれば、洗い物も飯もできない。暮らしの土台だ。土台から潰していくのは、段取りの基本である。
◇◇◇
次は、窓の雪囲いだ。
積もった雪が窓を圧すと、ガラスが割れることがあるという。だから外に板を立てて、雪の重みを先に受け止めてやる。軒下から角材と板を運び出すと、作業台の上で、モクが腕を組んで待っていた。
葉っぱの羽を持つ、渋い顔のムササビ妖精。俺の引いた墨付けを、じっと見下ろしている。
「フン。その柱の間隔、少し広すぎるな」
「そうか? 説明書だと、こんなもんだったが」
「説明書は、里の雪しか知らん。この山の雪は、もっと重い。……間を詰めろ。筋交いも入れておけ」
言われたとおり柱を一本足し、斜めに筋交いを渡す。丸ノコで角材を挽くと、挽きたての熱を持った木くずが、木の匂いごと、雪あかりの中にふわりと舞った。
組み上がった雪囲いを、モクがこつこつと叩いて確かめる。
「フン、この組み方なら、雪の重みにも耐える」
「お墨付きが出たか。ありがたいね、相棒」
「墨付けの甘いのを、直してやっただけだ。……礼には及ばん」
渋い顔のまま、それでも仕事はきっちり見てくれる。こいつと組むと、俺の詰めの甘いところが、いつのまにか埋まっている。木のことなら、なんでも通じる頼もしい居候だ。
◇◇◇
最後は、屋根。
屋根の雪は、ためこめば家を潰す。かといって、うっかり登って足を滑らせれば、潰されるのは俺のほうだ。だから雪下ろしは、道具と段取りが、そのまま命になる。
プラスチックの雪下ろしスコップ、柄の長いスノーダンプ、滑り止めの長靴、それに命綱がわりのロープ。ひととおり土間の隅にまとめて、いつでも手が届くようにしておく。
積もりが五十センチを超えたら下ろす。一人でやるから、無理はしない。半分下ろしたら、いったん休む。近所のじいさんに、くどいほど念を押されたやり方だ。
「足元さえ気をつけりゃ、屋根は怖くない。……水と、屋根と、足元。よし、三つとも押さえたな」
ノートの項目を、上から順に線で消していく。片っ端からタスクが片づいていく、この感じ。前の職場では胃が痛くなるばかりだったのに、山でやると、なぜだか妙に気持ちがいい。
考えてみれば、俺の冬支度は、たぶん人より少し楽をしている。木組みはモクが見てくれるし、水場はいつのまにか凍りにくい。ありがたい居候たちに手伝ってもらって、山のど素人が、どうにか雪国の顔をしているわけだ。運がいい、としか言いようがない。
◇◇◇
日が傾くころには、備えはあらかた片づいた。
保温材を巻いた配管、窓を守る雪囲い、土間にまとまった雪下ろしの道具。縁側から見渡すと、家がひとまわり、冬支度の顔を固めている。
「よし、これで大雪が来ても大丈夫だ」
伸びをして、白い息を長く吐く。備えというのは、しておくと心が軽い。来るぞ来るぞと身構えていた冬が、急に、ただの静かな季節に見えてきた。
作業台では、モクがまだ雪囲いの継ぎ目を検分している。台所の水がめのあたりで、小さな光がひとつ、ぷかりと満足げに揺れた気がした。俺だけじゃなく、こいつらも、それぞれのやり方で冬に備えているらしい。
さあ、降るなら降ってこい。この山の冬は、たぶん、思っていたより悪くない。




