表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/206

第79話

 朝、目を覚ますと、部屋がほんのりと暖かかった。


 薪ストーブのことだ。夜のうちに熾火が残っていて、鋳鉄がまだ芯にぬくもりを抱えている。布団から出るのが億劫でしかたなかった去年の冬とは、そこからしてもう違う。


 窓の外は、うっすらと白い。霜だ。畑の土も、庭木の枝も、初冬の朝の細かな氷に縁取られて、しんと静まりかえっている。


 俺は薪をひとくべして、鉄瓶を天板に乗せた。しゅんしゅんと湯が沸くまでのあいだ、窓辺に立って庭を眺める。


 軒下には、割った薪が隙間なく積み上がっている。雪が来ても濡れないよう、モクと相談して屋根も張った。庭木には縄で雪囲いを施し、水道の管には凍結よけの布を巻いてある。ひととおり、冬の支度は整った。


「あるじ、おはようなの」


 肩のあたりで、寝ぼけた声がした。苔玉のコロが、俺の頭にちょこんと乗って、まんまるの目をこすっている。


「おはよう。お前、今日も俺の頭で寝てたのか」


「あったかいんだもの……」


 どうやら、湯たんぽがわりにされているらしい。ストーブがあるんだから、そっちで寝ればいいものを。律儀なのか、ただ甘えたいだけなのか。


◇◇◇


 台所に立って、朝飯の支度にかかる。


 鍋に、干しておいたきのこと、味噌をひと匙。ぐらりと煮立たせて、仕上げに刻んだネギを散らす。納屋には、この秋に仕込んだ蓄えがずらりと並んでいる。味噌樽、漬物、干し野菜、燻製、干し柿。ひと冬ぶんの安心が、あそこに詰まっている。


「あるじ、そのお味噌、いいにおいですわ」


 水がめの縁で、スイがぷかぷかと揺れている。半透明の体に朝の光がきらきら差して、涼しげというより、今朝はどこか暖かそうだ。


「お前が浄めてくれた水で仕込んだやつだからな。うまくできてるといいけど」


「わたくしの水ですもの。間違いありませんわ」


 澄まして言うところが、こいつらしい。


 ストーブの前では、エンが火の中でごろごろ転がっていた。赤いサラマンダーが、燃える薪のあいだで、これ以上ないというほど機嫌がいい。


「あるじー! 今日はなに焼くんだ!?」


「まだ朝だぞ。マシュマロは夜な」


「ちぇっ。約束だからな!」


 作業台の上では、モクが腕を組んで薪棚を検分していた。葉っぱの羽を小さく揺らして、渋い顔で唸っている。


「フン……この積み方なら、雪の重みでも崩れんな。まあ、及第点だ」


「相棒のおかげだよ。屋根の勾配、お前が直してくれたろ」


「……フン。当然のことをしたまでだ」


 照れているのを隠すのが、相変わらず下手なやつだ。


◇◇◇


 湯気の立つ味噌汁を椀によそって、俺は朝の食卓についた。


 炊きたての飯に、燻したベーコンを一切れ。漬けておいた白菜が、ぱりぱりと小気味いい音を立てる。暖かい部屋で、暖かい飯を食う。それだけのことが、こんなにも満ち足りている。


 ふと、箸を止めて、俺はこの半年を思い返した。


 軽トラの荷台に全財産を積んで、曲がりくねった山道を登ってきた春の日。写真では「趣のある古民家」で、実物は「立派なボロ家」だった。瓦は苔むし、雨戸は歪んで、貯金と退職金を全部つぎ込んだ結果がこれかと、我ながら呆れたものだ。


 それが、どうだ。


 修繕した古民家に、薪ストーブの暖。畑には冬野菜が育ち、納屋には蓄えが満ちて、家のあちこちに賑やかな相棒たちがいる。


「よく、ここまで来たなあ」


 しみじみと、声に出していた。


「買った時は正直、勢いだけの無謀な買い物だと思ってたけど」


 いい買い物だったよ、と、今なら胸を張れる。


 そういえば、と思い出す。直売所に並べた保存食が、このごろ出すそばから消えていく。料金箱のわきには、見慣れないコインや、丁寧に整えられた品が、まるで供え物みたいにうやうやしく置かれていることもある。


「田舎の手作りが、そんなに喜ばれるものかな」


 俺の漬物と燻製に、ずいぶん熱心な常連さんがいるらしい。ありがたい話である。


◇◇◇


 飯を食い終えて、俺は縁側に出た。


 初冬の空は高く、澄んでいる。吐く息が白い。庭の霜が、日を浴びて、少しずつ溶けはじめていた。


 膝には、いつのまにかコロが乗ってきている。スイが水がめから覗き、エンが火のそばで伸びをして、モクが作業台の上から見下ろしている。四匹そろって、今日も俺のまわりで、生き生きとしていた。


 この冬は、なんとか越せそうだ。暖房も、蓄えも、備えも整った。あとは、初めての雪を待つだけ。


 そこまで考えて、俺はふと、その先を思い描いていた。


 来年の、冬のことを。


「来年の冬は、もっといい冬にできるかもな」


 声に出すと、なんだか胸が弾んだ。今年これだけできたのなら、来年はもう少し欲張ってもいいだろう。


「露天風呂とか、あったら最高だよな……」


 雪を眺めながら、あったかい湯にゆっくり浸かる。想像しただけで、口の端がゆるんだ。


 都会にいた頃は、来年のことなんて、考える気力もなかった。明日をやり過ごすだけで精一杯で、未来なんて、不安の別名でしかなかったのだ。


 それが今は、来年の冬が、楽しみでしかたがない。


 膝のコロが、ぬくもりに目を細めている。俺はその小さな相棒を撫でて、まだ見ぬ初雪と、まだ見ぬ来年の冬に、しばらく心を遊ばせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ