第77話
軒先に、渋柿がずらりと並んだ。
皮を剥いて、紐で結わえて、竿にひとつずつ吊るしていく。朝からその作業を続けているうちに、気づけば縁側の上が、オレンジ色の暖簾みたいになっていた。
晩秋の低い日射しが、その一列を斜めから照らす。剥きたての柿は、光を通すとほんのり飴色に透けて、まるで小さな提灯が並んでいるようだった。
「うわ、きれいだな、これ」
思わず声が出た。ただの渋柿が、吊るして干すだけでこんな景色になるとは思わなかった。
渋柿というのは、そのままかじると口の中がきゅっとすぼまるくらい渋い。それが皮を剥いて寒風にさらすうちに、渋みがそっくり甘さに変わるらしい。理屈は聞いていたが、実際にやるのは初めてだ。渋が甘さに化けるなんて、なんだか手品みたいで面白い。
肩の上で、コロがまんまるの目でその一列を見上げていた。
「あるじ、これ、ぜんぶ甘くなるの?」
「なるらしいぞ。渋いのが、干してるうちに甘くなるんだと」
「ふしぎだねぇ……」
のんびりした声で、コロが感心している。正直に言えば、俺もまだ半信半疑だ。
◇◇◇
柿を吊るし終えると、次は干し芋にとりかかった。
蒸かしたサツマイモを厚めに切り、これも竹ざるに広げて干す。秋に掘った芋が、納屋にまだ山と眠っている。甘いものがあると、冬の楽しみが増えるからな。
数日おきに、吊るした柿を手で揉むといいと、どこかで読んだ。中の果肉をほぐしてやると、甘みが全体に回って、口当たりもやわらかくなるのだそうだ。
先に吊るした柿が、少し乾いて表面につやを帯びてきたので、俺はさっそく揉んでみることにした。ひとつ手に取り、指の腹でそっと押す。乾いた皮の下で、中身はまだしっとりと柔らかい。潰さないように、優しく、優しく。
「コロ、お前もやってみるか」
「やるの!」
肩から下りたコロが、小さな体で柿にぺたりと張りついた。もふもふの手で、一生懸命に押している。力なんてほとんど入っていないだろうに、やたらと真剣だ。
「おいしくなあれ、なの……おいしくなあれ」
柿に顔を寄せて、コロがそう唱えている。畑の野菜にも、味噌の樽にも、こいつはいつもこうやって声をかける。おまじないのようなものらしい。
揉んでいると、指先にかすかな甘い匂いが移ってきた。まだ渋の残る青くささの奥に、ほんのり蜜のような気配がある。ちゃんと甘くなってきているのだ。
できあがったら、いくつか直売所にも出してみるか。日持ちするし、甘いものは誰でも好きだろう。とはいえ、こんな田舎の干し柿を、わざわざありがたがる人がいるものかどうか。まあ、余らせるよりはいい。
◇◇◇
ひと揉み終えて、俺はふと手を止めた。
柿に張りついたままのコロを、あらためて眺める。なんというか、こいつ、山に来た頃より、少しだけ元気になった気がする。
見えるようになった当初は、まだどこか大人しかった。それが近ごろは、肩でも頭でも、ころころと機嫌よさそうにはしゃいでいる。心なしか動きも軽やかで、いかにも元気そうだ。
コロだけではない。かまどのそばのエンも、水盆のスイも、作業台のモクも、この頃はみんな、妙に生き生きしている。
「そういえば、お前ら、最近ちょっと元気だよな?」
なにげなく訊いてみた。コロが柿から顔を上げて、まんまるの目でこちらを見る。
「あるじがいっぱい、たのしくくらすと、ぼくたちも元気になるの」
「……え、そうなのか」
思いがけない答えに、俺は少し面食らった。
俺が楽しく暮らすと、こいつらが元気になる。畑を広げたり、ストーブを据えたり、保存食を仕込んだり——この山での暮らしが充実していくのと、精霊たちが元気になっていくのが、どうやら繋がっているらしい。
言われてみれば、こいつらは俺が新しいことを始めるたびに、決まってうれしそうにはしゃいでいた。棚をひとつ増やせばモクが検分に来て、火を焚けばエンが飛び込んでくる。あれは、ただ物珍しがっていたわけではなかったのか。
「じゃあ、なにか。俺が楽しく暮らせば暮らすほど、お前らも元気になるってことか」
「そうなの!」
コロが、もふもふの体をぷるんと弾ませて胸を張った。
俺は思わず、ふきだしてしまった。なんだそれ。俺が楽しいと、こいつらが元気になる。こいつらが元気だと、畑も火も水も具合がよくなって、暮らしがもっと楽しくなる。ぐるりと、いいほうに回り続ける輪みたいだ。
「なんか、いい仕組みだな、それ」
しみじみ言うと、コロが得意げに「なのっ」と鳴いた。意味が分かっているのかいないのか、とにかくうれしそうである。
頑張るほど心も体もすり減っていく暮らしを、俺は前に知っている。それに比べれば、これはずいぶん気前のいい仕組みだ。楽しんだぶんだけ、みんなで元気になれるなんて。
軒先の柿が、傾いた夕日を受けて、いっそう飴色に透けた。ひとつ手に取ってみると、朝より少しだけ柔らかく、指先に甘い匂いが濃く残る。
食べ頃になるのは、まだ先だ。寒さが深まって、いよいよ冬が来る頃。
その頃には、この柿はきっと、とろけるほど甘くなっている。肩に戻ったコロの重みを感じながら、俺はもう一度、飴色の一列を見上げた。冬の楽しみが、また少し増えた。




