第67話
鉄本さんの工房は、天井が高く、そのぶん奥までひんやりと薄暗かった。
正面で炉が赤々と燃えていて、そこだけが昼のように明るい。近づくと、顔の産毛がちりちり焦げそうなほどの熱が、どっと押し寄せてくる。鉄と炭と、油の焼ける匂いが、空気にみっしり詰まっていた。
「勝手に見てろ。触るのは構わねえが、火傷しても知らんぞ」
ぶっきらぼうにそう言って、鉄本さんは炉の前にどっかりと腰を据えた。愛想はかけらもないが、追い返されなかっただけ、上々の首尾だ。
俺はありがたく、工房の中を見せてもらうことにした。
壁一面に、ハンマーや鏨、大小さまざまな鋏が、寸分の狂いもなく掛け並べてある。使い込まれて飴色に光る柄。刃こぼれひとつない鋼。どれもこれも、持ち主にみっちり可愛がられてきた道具の顔をしていた。
「いい道具ばっかりだな、これ」
思わず声が漏れた。掘り出し物の古道具を磨き直すのが趣味の俺には、手入れの行き届いた仕事場ってやつは、それだけでもう、ちょっとしたご馳走なのだ。
作業台の端に、鑿が一本、転がり落ちかけていた。
俺は手を伸ばして、刃先を自分のほうへ向けないように持ち直す。指の腹でそっと切れ味を確かめ、布で軽く拭ってから、元の並びに戻した。刃物は刃を人に向けない、置き場所は決まった位置へ。理屈というより、体に染みついた癖のようなものだ。
散らばった木っ端を隅に寄せ、床に落ちた金鎚を拾い上げて、柄の向きを揃えておく。人様の仕事場だからと、いつもより余計に手が丁寧になった。
◇◇◇
ふと視線を感じて顔を上げると、鉄本さんがこちらをじっと見ていた。
さっきまでの、虫でも見るような目つきとは、少し違う。腕を組んで、ぼりぼりと無精髭を掻きながら、値踏みするように俺の手元を眺めている。
「……おい、あんた」
「はい?」
「素人にしちゃ、道具の使い方を分かってるじゃねえか」
ふん、と鼻を鳴らして、鉄本さんはようやく炉の前から立ち上がった。ずんぐりと厚みのある体が、思ったよりずっと機敏に動く。
「物を大事にする手つきだ。……嫌いじゃねえ」
褒められたのか、それは。俺は面食らって、頭を掻いた。
「いやあ、ただの貧乏性ですよ。もらいものの古道具ばっかり使ってるもんで、つい」
「そういうやつが、いちばん道具に好かれるんだ」
言いながら、鉄本さんの口の端が、ほんの少しだけゆるんでいた。
◇◇◇
それからの鉄本さんは、まるで人が変わったみたいだった。
炉の火の育て方、鉄の色で見る温度、叩いて締める鍛接の勘どころ。訊けば訊くほど、豪快な声でぽんぽんと惜しみなく教えてくれる。短気なようでいて、火の話になると、まるで子どもみたいに楽しそうだ。
気づけば、俺たちはすっかり意気投合していた。
ひとしきり喋ったあと、鉄本さんは工房の奥へずんずん歩いていって、布の掛かった大きな塊を、乱暴に引きずり出してきた。
「持ってけ」
「……え?」
「薪ストーブだ。俺が丹精こめて打った、とっておきの一台よ」
布をはらりと払うと、黒々とした鋳鉄の塊が、鈍い光を放って現れた。無駄のない曲線、寸分の狂いもなく合わさる扉の建て付け。素人目にも、これがただものでないのは、ひと目で知れた。
「いやいや、こんな上等なもの……。おいくらですか」
冬支度の暖房が最優先だと、TODOの一番上に書いてきたやつだ。願ったり叶ったりだが、値段を思うと少し怖い。
すると鉄本さんは、にやりと不敵に笑った。
「金はいい」
「え、でも」
「そのかわり——冬になったら、あんたの山に遊びに行く。旨いもん食わせろよ。それが代金だ」
どうだ、と言わんばかりに、鉄本さんが丸太みたいな腕を組む。
俺は少しのあいだぽかんとして、それから思わず、ふきだしてしまった。金より飯を選ぶとは、豪快な人もいたものだ。
「そんなのでいいなら、いくらでも。うちの畑の野菜、うまいですよ」
「ハッ、言ったな。楽しみにしてるぜ」
それにしても、と俺は据えられた鋳鉄の塊を、あらためて眺めた。これだけの品を、飯一回とひきかえに手放すなんて。手作りにしては、ずいぶんと立派なストーブだ。田舎の鍛冶屋さんってのは、太っ腹なものだなあ。
やがて秋も深まれば、この山にも本物の冬が来る。そのころ、この人が訪ねてくる。
鉄本さんの豪快な笑い声が、あの静かな山にわんわん響くところを想像したら、なんだか可笑しくて、そして、少しだけ楽しみになった。
「旨いもん、か。……腕によりをかけて、待ってますよ」




