表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/241

第64話

 秋の日は、つるべ落としというやつだ。畑仕事を早めに切り上げて、俺は囲炉裏端に紙とペンを広げた。


 夕べ、家の隙間からしんしんと入る冷気に、肝を冷やしたばかりだ。障子と土壁だけで、この山の冬を越せるとは、とても思えない。備えるなら、暖かい今のうちである。


 さて、とペンを握り直す。頭の中でぼんやり心配していても、寒さは一ミリも遠のかない。こういうときは、まず書き出すに限る。


 思いつくままに、項目を並べていく。暖房。保存食。雪かきの道具。それから、水道の凍結対策。書き出してみると、やることは案外、山ほどある。


 ペン先で、ひとつひとつを丸で囲む。冷えていた指先が、手を動かすうちに、だんだん温まってきた。頭で悩むより、手を動かすほうが、昔から俺には性に合っている。


 並べ終えて、俺はふと笑ってしまった。


「……なんだ、これ。プロジェクトの要件定義と、まるっきり同じじゃないか」


 前の職場で、飽きるほど書かされた図が、頭の隅からよみがえる。タスクを洗い出して、優先順位をつけて、依存関係を線で結ぶ。あの頃はうんざりしていた作業が、今はどういうわけか、少しだけ楽しい。


 嫌いだったのは、仕事の中身じゃなくて、あの働き方のほうだったのかもしれない。まあ、今さら気づいても遅い話だが。


 紙の上で、各項目に矢印を引いていく。


 まず暖房。これがなければ、そもそも冬を越せない。文字どおり、命に関わる最優先事項だ。しかもストーブは、自分で一から作れる代物じゃない。どこかから手に入れる算段が、まず要る。


「暖房が、最優先の"クリティカルパス"、と」


 独りごちて、暖房の丸を、二重にぐるりと囲んだ。ここが一番、時間の読めない工程だ。だったら、真っ先に手をつけるのが筋である。


 次に保存食。これは今この秋に仕込まないと、旬をまるごと逃す。味噌に、漬物に、干物。時間のかかるものから順に段取れば、無理なく間に合う。畑の実りとも、ちょうど足並みがそろう。


 雪かきの道具は、雪が降るまでに揃えばいい。優先度は、少し後ろでかまわない。水道の凍結対策は、初霜より前。地味だが、うっかり後回しにすると、朝いちばんに泣きを見るやつだ。


 こうして矢印で結んでみると、頭の中の霧が、すっと晴れていく。何から手をつけるべきか、迷いが消える。段取りの決まった仕事は、もう半分終わったようなものだ。


◇◇◇


 気づけば、紙の上に、小さな影がいくつか落ちていた。


 肩の上のコロが、まんまるの目で紙をのぞきこんでいる。囲炉裏の火の中からは、エンが首だけ伸ばして、背伸びをしていた。


「あるじ、なにかいてるの?」


「冬支度の段取りだよ。寒くなる前に、やることを並べてるんだ」


「ふゆ! オレ、火のことなら任せろだぜ!」


 エンが胸を張って、尻尾の火をぱちぱち跳ねさせる。火の精霊にとっては、冬はむしろ出番の季節らしい。頼もしい相棒だ。


 作業台のほうでは、モクが腕を組んで、こちらをちらりと見ていた。


「フン。……その暖房とやら、木で作れるものなら、手を貸してやらんこともない」


「あいにく、今回は鉄の道具みたいでな。餅は餅屋だ」


 言いながら、暖房の項目を、指でもう一度なぞる。鉄の道具、か。そういえば、と頭にひとつ、顔が浮かんだ。


◇◇◇


 思い出したのは、先だって干し野菜を届けに寄ってくれた、森野さんの言葉だ。


 木のことなら何でも知っていて、山の気配にやたら通じている、あの製材所の主。冬支度の話をしたら、あの人は穏やかに、いい人を紹介しましょう、と言ってくれたのだった。鉄のものを打たせたら右に出る者はいない、少し変わり者だがね、と。


 その人が手ずから書いてくれた紹介状が、今、俺の手元にある。宛先は、県をまたいだ山あいの、鉄本さんという鍛冶屋の工房だ。


 鉄を打つ頑固者、というくらいだから、さぞや気難しい職人だろう。森野さんといい、この鉄本さんといい、俺のまわりは、腕はいいが一癖ありそうな人ばかりだ。まあ、悪い人でないのは、なんとなく分かるんだけどな。


 紹介状を手に、俺はしばらく考えた。電話一本で済ませる相手でもなさそうだ。こういうものは、直に訪ねて、顔を見て頼むのが、いちばんの筋だろう。


 県をまたぐとなると、それなりの遠出になる。軽トラで朝早くに発てば、日のあるうちには着くはずだ。地図を広げて、俺は道のりを指でたどった。


 この山に越してきてから、こんなに遠くへ出かけるのは、思えば初めてだ。街を捨ててからずっと、俺はこの中腹に、根を張るように暮らしてきた。


「久しぶりの遠出だ。……ちょっと、わくわくするな」


 口に出してみて、自分でも少し意外だった。人に会いに行くのが億劫でしかなかった、あの頃の俺が聞いたら、耳を疑うに違いない。


 紙の上の「暖房」の丸を、俺はとんとんと叩いた。クリティカルパスの、最初の一歩。それが、まさか楽しみになるとはな。


 冬は、もうそこまで来ている。それでも、備えの段取りは、もう頭の中で組み上がった。あとは、動くだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ