第63話
朝晩の風が、めっきり冷たくなった。
そのくせ畑は、今が盛りとばかりに実っている。ひとりで食う量など高が知れているのに、大根も人参もきのこも、採っても採ってもあとから顔を出す。
籠に山と積まれた秋の恵みを前に、俺は腕を組んで唸った。食いきれない分は直売所に出すとして、それでもまだ余る。捨てるなど、育ててくれた畑に申し訳が立たない。
「……よし、干すか」
物置からざるを引っ張り出して、縁側にずらりと並べた。大根は拍子木に、人参は薄切りに、きのこは石づきを落として手で裂く。軒下の日当たりへ広げてやれば、乾いた秋風がさっそく水気をさらっていく。
考えてみれば、よくできた仕組みだ。干せば日持ちして、そのうえ旨みまで濃くなる。冷蔵庫のなかった時代の知恵ってのは、たいしたものだと思う。
肩の上では、コロがのんびり足をぶらぶらさせていた。
「あるじ、このおだいこん、あまくなるよぉ」
得意げに言って、コロは並べた大根をぽふぽふと撫でる。こいつが世話を焼いた畑の野菜は、どういうわけか、いつもより甘いのだ。
◇◇◇
野菜を干し終える頃には、腹の虫がすっかり本気を出していた。せっかくの秋だ。今日は、山の恵みを存分に味わうと決めている。
まずは、きのこ汁。裂いたきのこを、これでもかと鍋に放り込む。だしを張った鍋がふつふつ煮立つと、きのこの森くさい香りが、湯気に乗って土間じゅうに広がった。味噌を溶けば、その香りがぐっと丸くなる。
ひと口すすると、とたんに、きのこの出汁が舌の上でじわりとほどけた。噛めばこりこりと歯ごたえがあって、後から滋味がじんわり追いかけてくる。
炊き込みご飯は、鬼皮をむいた栗と、今年の新米で。土鍋を火にかけると、やがて蓋の隙間から、甘い湯気がふうと噴きはじめる。かまどの火が、いつも通り憎らしいほど素直に燃えた。
「あるじ、火加減はオレに任せろって!」
尻尾の火をぱちぱち跳ねさせて、エンが胸を張る。かまどってのは本当に優秀だな、と毎度のことながら感心してしまう。
蒸らしを終えて蓋を開ければ、ほわりと立つ湯気の向こうに、黄金色の栗がごろごろ顔を出していた。しゃもじを入れると、つやつやの新米が、ほろりと栗を抱いて崩れる。頬張れば、米の甘みと栗のほくほくが、口の中でひとつに溶けた。
締めは、熾火に埋めておいた焼き芋だ。濡れ新聞とホイルにくるんで、じっくり時間をかけて焼いた一本。取り出して割ると、ほかほかの湯気とともに、切り口から蜜が、とろりと滲み出した。
ひとくち。ねっとりと甘い。砂糖なんて一切使っていないのに、まるで菓子だ。
気づけば、湯気の立つ食卓に、精霊たちがわらわら集まっていた。スイが汁物の鍋を涼しげにのぞきこみ、モクが炊き込みご飯の香りに鼻をひくつかせ、コロは湯気そのものに包まれて、うっとり目を細めている。
「秋の実りは、香りまで豊かですわねぇ」
「フン。……まあ、悪くない匂いだ」
賑やかな居候たちに囲まれて食う飯は、なぜだか、いつもより二割増しでうまい。
「秋って、こんなに食い物がうまい季節だったんだな」
しみじみ、声に出していた。都会にいた頃は、コンビニの棚が変わって、ようやく季節を知った気になっていた。旬のものを、採れたその日に火を入れて食う。それだけのことが、こんなにも贅沢だったとは。
◇◇◇
腹がくちくなって、縁側で茶をすすっていた昼下がり。軽トラのエンジン音が近づいてきて、庭先で止まった。降りてきたのは、森野さんだった。
「やあ、結城さん。精が出ますね」
様子を見に立ち寄っただけ、と森野さんは穏やかに笑う。この人は、こうしてときどき、ふらりと山まで顔を見せてくれる。
縁側にずらりと並んだ干し野菜に目を留めて、森野さんはふと目を細めた。
「……ずいぶん、しっかり備えていらっしゃる。いい心がけだ」
「採れすぎて、持て余しただけですよ」
俺が頭をかくと、森野さんは干した大根を一本つまんで、日にかざした。何かを確かめるような、静かな手つきだった。
「結城さん。冬を越すなら、いい人を紹介しましょう」
え、と俺は顔を上げる。
「鉄のものを打たせたら、右に出る者はいない。……少し、変わり者ですがね」
鉄のもの、と俺は繰り返した。頭に浮かんだのは、盛夏の夜に聞いた言葉だ。鉄を打つ、頑固な男。あのとき森野さんが、気が合いそうだと言っていた人に違いない。
「その人に頼めば、この家でも、冬を暖かく越せますか」
「ええ。あの男の打つものは、火をよく識っていますから」
火をよく識る、という言い回しが、少しおかしかった。まるで、鉄が生き物みたいな言い草だ。それでも、なんとなく分かる気もした。いい道具ってのは、たしかに、使う者の気持ちに応えてくれるものだから。
「ぜひ、お願いします」
俺が頭を下げると、森野さんは満足そうにうなずいた。干し野菜の並ぶ縁側を、もう一度ゆっくり見渡して、ひとりごとのように呟く。
「この山は、いい冬になりますよ。きっと」
その声が、やけに確信めいて聞こえたのは、たぶん気のせいだろう。軽トラを見送りながら、俺は胸の内が、少しあたたかくなるのを感じていた。
次に会うのは、鉄を打つ頑固者、か。どんな人だろうな、と俺は、傾きはじめた秋の日を見上げた。




