第56話
探し物が、やけに早く見つかる日が続いていた。
なくしたはずの鑿が、いつのまにか作業台のいちばん手に取りやすい位置に転がっている。俺が転がした覚えのない場所に、だ。
最初は、自分で置いたのを忘れているだけだと思っていた。歳のせいかな、なんて苦笑いで済ませていた。
だが、精霊が見えるようになってから、どうやらそれだけではないらしいと、うすうす感づき始めた。
その日も、俺は縁側で繕い物の針を落とした。畳の目に沈んで、こういうのはたいてい小一時間は出てこない。
ため息をついて腰を上げかけた、そのときだ。板の間の隅で、ほのかな光が、ぽっと灯った。
豆粒ほどの、頼りない明かり。それが、落とした針のちょうど真上で、ふわふわと揺れている。
「……あそこか」
寄っていって畳の目を探ると、光の真下に、なるほど針が落ちていた。指でつまみ上げると、明かりはお役御免とばかりに、すうっと薄れて消えていく。
姿は、見えない。声も、しない。ただ、そこに小さな「誰か」がいた気配だけが、ほのかに残った。
◇◇◇
気にして目を凝らしてみると、その手の気配は、家じゅうにあった。
台所の隅で、こぼした塩がいつのまにか払われている。棚の上の埃が、俺の掃除の届かない奥のほうまで、うっすらと拭われている。
夜、消し忘れた蝋燭の火が、ひとりでに細く小さくなっていたこともあった。
試しに、しばらくじっと座って気配をうかがってみた。すると、開けっぱなしの障子のふちを、小さな光がすいと横切っていく。棚に立てかけた板が、俺の見ていない隙にほんの少し、据わりのいい角度へ直っている。
どれも、目で追おうとすると、もう終わっている。一拍遅れて、そこにいた気配だけが、余韻みたいにふわりと残る。
コロたちのような、はっきりした姿はない。ただ、ものがそっと動き、隅がほのかに光り、暮らしの隙間が、誰かの手で静かに整えられていく。
作業台のモクに、俺は尋ねてみた。木の精霊は、鉋屑の上で腕を組んだまま、渋い顔をこちらへ向けた。
「なあ。家のあちこちにいる小さいのは、お前らの仲間なのか」
「フン。いまさら気づいたのか」
モクは、さも当然という顔で鼻を鳴らす。
「喋りゃしねえがな。あいつらは、ずっとここにいる。この家が好きなのさ。……まあ、悪くない住み心地なんだろうよ」
悪態めいた口ぶりのくせに、その声には、どこか誇らしげな響きがあった。
この家には、長いこと誰も住んでいなかったと聞く。柱は乾いて痩せ、かまどは冷えきって、床は抜けかけていた。そんな家に、俺は一人で越してきたつもりでいた。
だが、どうやら、そうではなかったらしい。誰もいないと思っていた薄暗い家の隅で、この小さな連中は、ずっと静かに息をひそめていたのだ。誰かがまた、ここで暮らし始めるのを待つように。
◇◇◇
俺は縁側に腰を下ろして、あらためて家を見回した。軒の外では、昼の蝉が気だるげに鳴いている。
柱の陰、水がめの底、梁の上。目を凝らせば、そこかしこで、小さな光がそわそわと瞬いていた。ひとつ、ふたつではない。数えるのも馬鹿らしくなるほど、たくさんだ。
「四匹だけじゃなかったのか……」
思わず、声が漏れた。
どうりで、探し物がよく見つかると思った。どうりで、家がいつも、俺の手入れ以上にきちんと片づいていると思った。
「大所帯だなあ、うちは」
苦笑しながら、俺はどこか、じんわりと温かい気持ちになっていた。
この古い家も、山も、朽ちるにまかせて放っておかれた場所だったはずだ。それが今は、目に見えない住人たちで、こんなにも賑わっている。
風が梢を鳴らし、床下で何かがことりと動いた。山全体が、大きなひとつの家みたいに、ゆっくりと息をしている気がした。その真ん中に、俺はただ座らせてもらっている。
独りになりたくて、山ひとつまるごと借りるようなつもりで越してきた。それが、蓋を開けてみればこの騒がしさだ。
「借りたつもりの山に、こんなに賑やかに住人がいたとはな」
まったく、俺はとんだ間借り人だ。家主のつもりでいたら、いちばんの新参者だったらしい。
まあ、悪くない。むしろ、こんなに気の置けない同居人は、街にいた頃には一人もいなかった。
いつのまにか膝によじ登ってきたコロを撫でながら、俺はもう一度、賑やかな我が家を、ぐるりと見渡した。




