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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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55/210

第55話

 日が傾いて、土間に西日が差し込むころ、俺は膳の支度にかかった。今日は精霊たちと囲む、初めての本格的な晩飯だ。


 といっても、こいつらは俺と同じように箸を使って食うわけではない。好物の「気」を食べるのだそうで、料理をそなえてやると、その湯気や匂い、冷たさといったものを、うまそうに吸い取っていくらしい。


 だから膳には、いつもより多めに小鉢を並べた。畑で採れた夏野菜を、あれこれ手を変えて仕立てた、野菜づくしの膳である。


 まずは焼きナスだ。皮つきのまま、かまどの熾火にじかにかざす。


 ぱちぱちと皮のはぜる音がして、やがて全体が真っ黒に焦げていく。香ばしい煙が土間に満ちるころ、菜箸でつまむと、くたりと力なくしなった。焼けた証拠だ。


 冷水にとって、焦げた皮を指でむいていく。つるりと剥けた下から、とろけそうな白い実が現れて、ほわりと甘い湯気を立てた。


 これに、おろした生姜と醤油をひとたらし。まだ湯気の立つそいつを、膳の真ん中に据えた瞬間だった。


「うおおっ、この湯気だぜ! オレ、これが食いたかったんだ!」


 赤いサラマンダーが、まっすぐ湯気の中へ飛び込んでいった。火の精霊、エンだ。立ちのぼる白い筋の中で、気持ちよさそうにくるくる回っている。


「熱いのが好きだなあ、お前は」


「あったかい飯の湯気は、ごちそうなんだぜ!」


 その隣に、俺は冷やしトマトと、きゅうりの浅漬けを置いた。井戸水でよく冷やした、みずみずしいやつだ。


 すると、水がめのふちでぷかぷかしていたスイが、つうっと膳のほうへ滑ってきた。半透明のからだが、冷えた小鉢のそばで、うれしそうに震える。


「まあ、この冷たさ……! きんと澄んでいて、宝石みたいですわ」


 冷たいものの「気」が、こいつのごちそうらしい。トマトの上でぷるぷると身を弾ませて、ご機嫌このうえない。


◇◇◇


 ぬか床から出してきた漬物も、忘れちゃいけない。茄子ときゅうりのぬか漬けを、切って小皿に並べる。


 肩の上にいたコロが、ころんと膳に降りて、漬物の皿にちんまりと寄り添った。


「このにおい……。つちと、はっこうの、いいにおいなの……」


 ぬか床の匂いに、うっとりと目を細めている。土のものと、発酵のもの。そのふたつは、どうやらこいつのど真ん中らしい。


 最後に、番茶を淹れて茶碗に注ぐ。渋めに出した、熱いやつだ。


 作業台のほうから、葉っぱの羽を広げたモクが、音もなく茶碗のふちに降り立った。腕を組んで、立ちのぼる茶気を、渋い顔でゆっくりと味わっている。


「フン……。この渋みのよさが、わかる者は少ないがな」


 一匹だけ、やけに通ぶっている。夏野菜の膳を前に、渋茶で一服とは、まるで隠居した年寄りみたいなやつだ。


◇◇◇


 四匹が、それぞれの好物に我先にと群がって、土間はいっぺんに賑やかになった。湯気に飛び込むやつ、冷鉢で震えるやつ、漬物に頬ずりするやつ、渋茶をたしなむやつ。


 俺は箸を持ったまま、その光景を眺めて、つい頬がゆるんだ。


「飯がうまいと、みんな嬉しそうだな。作りがいがあるってもんだ」


 これだけ食いついてくれるってことは、よっぽど腹を空かせてたんだろう。長いこと、この家には振る舞う相手もいなかったというし。


 なんてことを考えながら、俺は自分の茶碗に飯をよそって、焼きナスをひと口。とろりと甘い実に、生姜のきいた醤油がしみて、素直にうまい。


 ふと、都会にいたころの晩飯が頭をよぎった。


 深夜のコンビニで買った、パックの惣菜。デスクの隅で、画面を見ながら、味もろくにわからないままかき込んだ、あの一人きりの飯。


「あの頃とは、えらい違いだ」


 しみじみとそう思いかけた、そのときだった。


「あるじ! その味噌汁の残り、まだあるだろ!? なあ、一口だけ!」


 味噌汁の椀に、エンが鼻先から突っ込んでこようとしている。慌てて椀を持ち上げると、赤いちびすけが必死に追いすがってきた。


「こら、引っ張るな。残り汁は体に悪いんだぞ」


「精霊に体もクソもねえだろ! 一口! 一口だけ!」


 湯気を追いかけて椀のふちをぐるぐる回るエンに、俺はとうとう吹き出してしまった。しんみりした気分なんて、いつのまにかどこかへ吹き飛んでいる。


 まったく、こんな賑やかな晩飯じゃ、感傷に浸る暇もありゃしない。


「わかった、わかったから。ほら、少しだけだぞ」


 椀を戻してやると、エンが歓声をあげて湯気に飛び込む。それを囲んで、残りの三匹もわいわいと笑っていた。


 賑やかで、あたたかい膳だった。作った甲斐が、確かにあった。


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