第54話
盛夏の朝は、日が高くなる前がいちばんの働きどきだ。俺は直売所の脇に材木を積み上げ、ぐいと腕まくりをした。
棚だけの小さな売り場を、屋根付きの本格的な直売所に増設する。前々からの計画だった。今日はその土台づくりからだ。
いつもなら、ここから先は黙々と一人の作業になる。……はずだった。
「あるじー! なに作るんだ!? オレも手伝うぜ!」
かまどのほうから、赤い尻尾を燃やしたエンが一直線に飛んでくる。その声を合図にしたみたいに、畑からコロが転がり、水がめのふちからスイがぷかりと浮き、作業台の上でモクがむっつり腕を組んだ。
四匹そろい踏みである。急に、現場が文化祭の前夜みたいに騒がしくなった。
「エン、あなた火の粉を散らさないでくださいまし。材が焦げますわ」
「散らしてねーし! ちょっと元気なだけだって」
さっそく始まった掛け合いを聞き流しつつ、俺は段取りを頭のなかで組み直す。人手が四つ増えたなら、工程も並べ替えたほうがいい。土台、水平、木取り、金物。役割を割り振れば、話は早い。
◇◇◇
まずは地固めだ。増設する場所の地面を、コロに頼む。
「まかせるといいよぉ」
コロが畝を歩くみたいに地面をぽすぽす踏んでいくと、ぶよぶよしていた土が、みるみる締まって黒く沈んでいく。しゃがんで押してみると、掌が跳ね返されるほど固い。悪くない、いや、上等な土台だ。
次は水平出し。ここが狂うと、あとが全部ゆがむ。
「その仕事、わたくしにお任せくださいまし」
スイが半透明の体をとろりと横に伸ばすと、背中の表面が、鏡みたいに真っ平らな水面になった。端から覗くと、傾きが一目でわかる。水準器いらずだ。
「あるじ、そちらの角、髪の毛ひとすじぶん高いですわ」
「細かいな……。でも、たしかにそのほうがいい」
土をひとつまみ足して、もう一度覗く。今度は端から端まで、水面がぴたりと止まった。基準がきっちり出ていると、この先の作業が驚くほど楽になる。段取り八分、とはよく言ったものだ。
◇◇◇
柱と梁の木取りは、モクの領分だった。
積んだ材のあいだをするすると滑り、節や反りを指でなぞっては、渋い顔でうなずく。
「フン……この一本は、縦に使え。木の目が、そっちを向きたがってる」
言われるまま丸ノコを入れると、刃がまるで吸い込まれるように、まっすぐ走った。ぎゅうん、と小気味いい音。ふわりと立つ、削れた杉のあまい匂い。切り口の断面が、鏡みたいにつるりとしている。
「……悪くない切り口だ。まあ、道具がいいからだがな」
照れ隠しなのは、丸わかりだった。
最後は金物だ。継ぎ手を締める太いボルトを、エンが両手でくるんと包む。
「よし見てろよ、あるじ!」
その手のなかで、鉄がじわりと赤く熱を持ち、しゅうと湯気を上げて、また冷めていく。焼き締められた金物は、締めたそばから木にみっちり食い込んで、びくともしない。
「熱いから、さわんなよ! ……あちっ」
「自分でやっといて熱がるなよ」
思わず噴き出した。すかさずモクが、作業台の上から冷ややかに鼻を鳴らす。
「フン。木取りのほうが、よほど繊細な仕事だがな」
「なんだよモク、火があってこそだろーが!」
「まあまあ。喧嘩するなら、あとで麦茶を出すぞ」
二匹がぴたりと黙った。現金なものだ。
◇◇◇
昼を回るころには、真新しい屋根付きの直売所が、どんと建っていた。
汗を拭いて、一歩下がって眺める。正直に言えば、作業の効率そのものは、一人でやるのとそう変わらないのかもしれない。手数は増えたが、そのぶん俺は指示を出し、笑い、感心し、けっこう忙しかった。
……住まわせている礼にしては、ずいぶん手厚い働きぶりだ。律儀な子らだと、あらためて思う。
でも、と俺は思う。効率とは別の帳簿に、たしかに何かが積み上がっていた。
四匹が、それぞれの定位置から、できあがった売り場を並んで見上げている。エンは得意げに、コロはふにゃりと、スイはつんと澄まして、モクは腕を組んだまま。
俺も、その横に並んだ。
「一人でやるより、ずっと楽しいな、これ」
言ってから、少し照れくさくなって、頭をかいた。
独りになりたくて、この山まで来たはずだった。それが、いつのまにか、こんなに賑やかだ。
四匹は顔を見合わせて、それから、揃ってこちらを見上げた。返事のかわりみたいに、現場の空気が、ぽっと明るく弾んだ気がした。




