第51話
盛夏の夕方は、日が落ちてもしばらく地面が熱を吐いている。それでも山の中腹は、里よりずっと風が涼しい。
庭の隅に石を組んで作った焚き火場に、俺は薪をくべた。今日は外で火を囲んで飯を食うと決めていた。
「よーし、火はオレに任せろって!」
薪の隙間から、手のひら大の赤いサラマンダーがひょいと顔を出す。火と熱の精霊、エンだ。尻尾の先の火が、うれしそうにゆらゆらと跳ねている。
見えるようになってからというもの、こいつはとにかく火のそばにいたがる。かまどでも焚き火でも、炎さえあればどこへでも飛んでくる。
「ほら見ろよ、あるじ。いい熾火だろ! これで焼けば、なんだってうまくなるんだぜ!」
得意げに胸を張るエンの言うとおり、火の育ちが妙に素直だった。薪の組み方が多少雑でも、炎が隙間を選ぶように回って、狙ったところにちょうどいい熾火ができあがる。
火の番を任せられる相棒がいるってのは、ずいぶん横着な暮らしになったもんだ。バチが当たらないといいけど。
網を渡して、下ごしらえした串を並べていく。畑で採れたばかりの茄子とピーマン、それに塩を揉み込んだ鶏もも肉。切ったばかりの夏野菜は、切り口からまだ青い土の匂いがした。
熾火の上に串をかざすと、じゅう、と脂の落ちる音がした。エンが「もうちょい寄せろって!」と炎を片側へ寄せてくれる。ほどよい遠火で、皮の面がゆっくりと色づいていった。
しばらくすると、香ばしい匂いが立ちのぼってきた。鶏の脂が炭に落ちて、白い煙とともに、鼻の奥をくすぐる焦げの香りが広がる。茄子は皮がぴんと張って、指で押すとじゅわりと汁がにじんだ。
いい焼き色になったところで、一本つまんで頬張る。皮はぱりっと、中はほろりと崩れて、熱い肉汁が口いっぱいにあふれた。遠火でじっくり火が通った鶏は、驚くほどやわらかい。
「うまい……。エン、お前の火加減、反則だろ」
続けて茄子にかぶりつくと、とろとろの実に炭の香りが移って、ただ甘い。塩だけで、これだ。
飯が済むと、エンがそわそわし始めた。尻尾の火をぱちぱち鳴らして、俺の顔をのぞき込んでくる。
「なあなあ、あるじ。あれやろうぜ、あれ! 白いやつ!」
あれ、というのはマシュマロのことだ。前に一度、焚き火であぶってやったら、こいつはすっかり気に入ってしまった。
袋から出したマシュマロを串の先に刺し、熾火の上でくるくると回す。表面がじりじりと張ってきて、やがてきつね色に、ぷうっとふくらんだ。
「そこだ! そこが食べごろだぜ、あるじ!」
言われるまま火から離すと、外はこんがり、中はとろけかけ。ひと口かじれば、香ばしい皮の内側から、あつあつのとろとろが溢れ出す。
エンは焦げたマシュマロの湯気に鼻先を突っ込んで、うっとりと目を細めた。どうやらこいつの偏愛は、この「焚き火で焼く」という工程そのものにあるらしい。
◇◇◇
夜も更けて、少しだけ小腹がすいた。俺は台所に立って、カップ麺に湯を注いだ。夜食にはいささか背徳的だが、たまにはいい。
と、湯気の立つカップの縁に、いつのまにかエンがよじ登っていた。目が、爛々と輝いている。
「あるじ、それ……最後まで飲むよな? なあ、その残り汁!」
「は? 残り汁?」
「そう、それ! あの、しょっぱくてこってりした、背徳の味……たまらねえ! 一口だけ! なあ、一口だけ!」
こいつ、自分で飯を食うわけでもないくせに、なぜか残り汁にだけは異様な執着を見せる。精霊ってのは、湯気や匂いの「気」を味わうものらしいのだが。
「わんぱくだなあ、お前は。残り汁は体に悪いから、ほどほどにな」
「いいから! 一口だけ! なっ、なっ!」
エンが俺の袖を尻尾でぐいぐい引っ張る。手のひら大のくせに、やたら力が強い。
「わかった、わかったから引っ張るな。ほら、湯気だけだぞ」
カップを少し傾けて湯気を寄せてやると、エンは満足げに鼻先を突っ込んで、しみじみと呟いた。
「この背徳の味……効くぅ〜!」
夜食の残り汁に恍惚とする、火の精霊。渋いんだか子どもっぽいんだか、まったくよくわからん。
◇◇◇
それでも、こいつが火のそばでうまそうにしていると、なんだか俺まで飯がうまい気がしてくるから不思議だ。
まあ、賑やかでいいか。俺はぬるくなったカップ麺をすすって、庭でまだ小さく爆ぜている火の音に、耳を澄ませた。




