第48話
四匹が勢揃いした土間は、急に賑やかになった。
肩にはモフモフの苔玉、コロ。かまどの縁で真っ赤なエンが尻尾を揺らし、水がめの縁ではスイがぷかぷか光っている。作業台の上では、渋い顔のモクが腕を組んで俺を見下ろしていた。
腰を抜かした余韻がまだ抜けないまま、俺はどうにか胡座を組み直す。
「なあ、ひとつ、聞いてもいいか」
喋る精霊に質問する、という状況に頭が追いついていない。それでも、さっきから胸の奥でずっと引っかかっていることがあった。
「俺、この山に来てからさ。妙に、運がよかったんだよ」
言葉にすると、心当たりが芋づる式に出てくる。初めて焚いたかまどの、素直すぎる火。何度沸かしても、いつまでも冷めない五右衛門風呂の湯。
「あれ、もしかして……お前たちか?」
エンが、待ってましたとばかりに胸を張った。
「おう、火はオレだぜ! あるじ、薪の組み方けっこう危なっかしかったからな。ちょっと手伝ってやったんだ」
「湯加減は、わたくしですわ」
スイが得意げに、ぷるんと身を反らす。冷めないのも、水が澄んでいるのも、ぜんぶ自分の仕事なのだと。
俺は思わず天井を仰いだ。かまどが優秀だとか、この山の水は違うとか、一人でしみじみ感心していた自分が、急に間抜けに思えてくる。
◇◇◇
「じゃあ、あれもか。畑の野菜が、やたら育ちがよかったやつ」
「うん、それはぼくなの」
肩の上で、コロがのんびり笑った。土をふかふかにして、根っこを励ましていたのだと、まんまるの目を細める。
「材木もそうか? 増設のとき、寸法が足りない足りないって焦るたびに、なぜか端材がぴったり出てきたんだよな」
「フン。木のことに、あるじが困っているのを、見過ごせるか」
作業台のモクが、ぷいと横を向いた。照れているらしい。丸太を担いだとき、妙に軽く感じたのも、鋸がまっすぐ吸い込まれるように進んだのも、こいつの仕業だったわけだ。
なるほど、と俺は膝を打つ。
完璧すぎる火加減。冷めない湯。間に合う材。育ちすぎる畑。軽い丸太。狂わない工作。この数ヶ月ばかり、俺が「山の暮らしって案外うまくいくもんだな」とご機嫌でいられた理由が、ぜんぶ、この小さな四匹の手のひらの上にあった。
ここで舞い上がるべきなのかもしれない。選ばれし者だとか、特別な力に見込まれたとか、そういう類の話に。
でも、俺の頭に浮かんだのは、まるで違うことだった。
「なるほどなあ……」
俺は、しみじみと息を吐いた。
「住まわせてもらってるお礼に、ずっと手伝ってくれてたのか。律儀な子らだなあ」
勝手に人の家に居着いておいて、と怒るような相手じゃない。むしろ逆だ。俺のほうが、この古民家に後から転がり込んだ新参者なのだから。
そう考えると、じわじわと申し訳なさが込み上げてきた。
「というか、俺。気づきもせず、世話になりっぱなしだったのか」
礼のひとつも言わず、供え物のひとつもせず、この数ヶ月。全部「道具がいい」「運がいい」で片づけて、ぬくぬく暮らしていた。
「……悪いことしたな」
四匹が、きょとんとした。まるで、そんな反応は予想していなかった、とでもいうように。
◇◇◇
考えてみれば、彼らは長いこと、誰もいない家でただ待っていたのだろう。冷えたかまど、朽ちる柱。手を貸す相手も、喜んでくれる相手も、いないまま。
そこへ俺みたいなのが来て、飯を炊いて、風呂を沸かして、畑を耕した。手を出したくて、うずうずしていたに違いない。
「そっか。ずっと、そばにいてくれたんだな」
俺は、肩のコロをそっと指先で撫でた。苔玉は、くすぐったそうに身をよじる。
見えていなかっただけで、俺はこの数ヶ月、一度も独りじゃなかったらしい。都会が嫌で、独りになりたくて逃げてきた山で。なんだか、可笑しくて、あたたかい。
「よし。じゃあ、これからは」
俺は膝を打って、四匹を見回した。もう、気配だけの相手じゃない。ちゃんと目が合って、声が届く。
「ちゃんと見える者同士だ。改めて、よろしくな」
笑ってそう言った瞬間、土間の空気が、ぱっと弾けた。
エンが火の粉を散らして飛び上がり、スイが水滴をきらめかせて跳ね、コロが肩の上で跳び、モクが葉っぱの羽を広げて宙に舞う。四匹そろって、俺の周りを、それは嬉しそうに、くるくると飛び回りはじめた。
まるで、ずっとこの一言を待っていた、とでもいうみたいに。
「わっ、こら、目が回る……」
埃っぽい土間に、小さな光が四つ、賑やかに渦を巻いている。俺はされるがままに笑って、その真ん中で目を細めた。
なんてことはない。住まわせてもらってる礼に、これからは俺も、ちゃんと手伝ってもらった分を返していけばいい。それだけの話だ。




