第214話
板を入れて三日置いた。四日目の朝、残っていた古い床板を全部剥がした。壁ぎわの四枚は先に上げてあるので、そこから順に手をかけていく。
一度やった仕事は速い。爪の入れどころも、体重の乗せ方も、割れそうな板の見分け方も、あのとき手のひらが覚えている。
四枚に半日かけたのが嘘みたいに、残りは午前のうちに片づいた。
剥がした板は、使えるものと使えないもので分けて庭へ積んだ。使えないほうは、仮の支えに切ったぶんだけ減っている。残りは、来年の焚きつけだ。
腐って軽くなった板は、燃やすと火の持ちが悪い。それでも、これだけ長く床でいたものを土に返すよりは、一度燃やしてやったほうが収まりがいい気がした。
床下が、部屋いっぱいに開いた。据え直した石が二つ、乾いた土の上で、ほかの十と同じ顔をして並んでいる。三日前に自分が腹ばいで這っていた場所を、いま立ったまま上から見下ろしている。
狭くて低くて逃げ場のなかったところが、こうして見ると、ただの浅い箱にしか見えなかった。
◇◇◇
新しい板を運び入れて、床に並べた。どの板をどこへ置くかは、並べてみないと決まらない。幅は同じに挽いてあるはずでも、指を当てると一枚ごとにわずかに違う。
節の位置も、色の濃さも違う。並べて、離れて見て、二枚入れ替えて、また離れて見る。同じ木から挽いたものでも、日の当たる側で育った面と、そうでない面がある。
その上を、モクがゆっくり歩いた。端から端まで一往復して、途中で二枚を入れ替える。並べ終えてから来たのではなく、俺が迷っているのを作業台の上からずっと見ていたらしい。
入れ替えたのは、こちらが最後まで決めかねていた二枚だった。
「その板は、入り口へ回せ。最初に足が乗るのは、そこだぞ」
「入り口か。節の少ないやつを、ってことだな」
「窓の下には、幅の揃ったものを並べておけ。人の目は、明るいほうから見るものだからな」
木の目の話でも、継ぎ手の話でもなかった。人がどこを踏んで、どこを見るか、という話をしている。俺は板の並びを、そこまで人の側から考えていなかった。
強い板を人の乗るところへ、と考えたことはあるが、それは板の都合の話だ。
「足の当たりか。そこまでは、見てなかったな」
モクは返事をせずに、作業台へ戻っていった。褒める気も、教えてやった顔をする気もないらしい。
◇◇◇
張り方は、脱衣所のときとは変えた。あそこは板と板のあいだに紙一枚ぶんの隙間を取ってある。濡れる場所は木が動くからで、詰めて張ると梅雨のうちに板同士が押し合って盛り上がる。
ここは違う。人が寝る部屋の床に、指の入る隙間はいらない。同じ床板でも、置く場所で作り方が変わる。
一枚目を壁ぎわへ寄せて、両端の隙間を同じにする。曲尺で直角を見る。ここが一度でも斜めに入れば、右へ行くほど狂いが溜まって、最後の一枚で辻褄が合わなくなる。三度確かめてから、釘を打った。
あとは右へ、右へ。次の板の実を溝へ噛ませて、当て木を添えて木槌で寄せる。こもった短い音がして、板と板の合わせ目が消える。
根太に向けて釘を斜めに打ち、頭を面より少し沈める。最後にひと沈みするときだけ、音が高くなる。
寄せる、打つ、次の板。寄せる、打つ、次の板。
この単純さが、俺は嫌いではない。前の勤めで同じ作業を三百回やれと言われたら気が滅入っただろうに、板を打っているぶんには、いくらでも続けられる気がした。
昼を挟んで、午後もそれだけを続けた。膝の同じ一点がだんだん熱を持ってきて、腰は途中から、曲げるより先に固まった。それでも手だけは同じ速さで動いている。
頭のほうは、何も考えていない。考えていないことに気づくのは、一枚ぶん打ち終えて、次の板へ手を伸ばす一瞬だけだった。
縁のところから、丸いのが覗いた。
「あるじ、おなじおとが、いっぱい、なってるねぇ」
「あと、六枚」
数えていた残りを口に出したら、それが返事のかわりになった。同じ音がいっぱいしている、というのは、たしかにそのとおりだ。
俺は数を数えていて、こいつは音を数えていた。
コロは満足したような顔で、畑のほうへ転がっていった。畑には今、雪の下で越冬させている白菜とねぎしかない。それでも毎日、あそこへ帰っていく。
◇◇◇
最後の一枚だけ、幅が合わなかった。当然といえば当然で、部屋の幅が板の幅の整数倍にできているわけがない。残りを三箇所で測ると、手前と奥で二ミリ違った。
壁のほうが真っすぐでないということだ。広いほうに合わせて挽けば奥に隙間ができ、狭いほうに合わせれば入らない。
結局、狭いほうより半ミリだけ細く挽いた。挽いた側は壁へ向ける。当て木を二度当てて叩き込むと、日が傾く手前で、最後の一枚が嵌まった。
木屑を掃き出して、道具を土間へ運ぶ。板の切れ端も、抜いた古釘の缶も、木槌も当て木も、みんな出してしまう。潜り口は、新しい板を張った時点でどこにもなくなった。
次に下を見る用ができたら、また剥がすことになる。運び終えると、部屋には何も残っていない。
白い板が一面に張られただけの、空の六畳になった。畳もない、灯りもない、家具もない。それでも、朝まで穴の開いていた場所が床になっている。しばらく戸口から眺めていた。
立ち止まって、床の端に腰を下ろした。膝の熱が引くまで、しばらくかかりそうだった。座ったまま眺めていると、腹のあたりがじんわりしてくる。座ったまま板の目を追っていくと、入り口のあたりだけ、節がひとつもない。
モクの言ったとおりに並べたのを、あとから自分の目で確かめた格好になった。
「まあ、六十点だな」
声に出してから、自分でも甘い採点だと思った。寒さの話がまだ何ひとつ片づいていないし、灯りに至っては線すら来ていない。
端から端まで歩いてみた。真ん中あたりで、ぱき、と一度鳴った。
足を戻して、同じところをもう一度踏む。今度は鳴らない。踵で押しても、爪先で押しても、鳴らない。三度目も四度目も、板は黙っていた。
俺はしばらくそこに立って、それから土間の戸を閉めた。




