第191話
その日は、朝から誰も来ない静かな一日だった。
立て込んだ来客がひと段落して、久しぶりにぽっかり手が空いた。掃除と繕いを済ませ、縁側に腰を下ろして茶を啜っていると、なんとなく家じゅうをぐるりと眺めたくなった。理由はない。ただ、片づいた我が家を端から端まで見渡す時間が、無性に心地よかったのだ。
まず目に入るのは、隣の客間だ。
去年までは物置に毛が生えたような一間だったのに、畳を入れ替え、障子を張り替え、床の間に無垢の棚まであつらえた。日当たりのいいこの部屋で、来た人がちゃんと手足を伸ばして眠れるように、と細部まで手を入れた。押し入れには、すぐ出せる客用の布団とタオルを一箇所にまとめてある。我ながら、居心地のよさそうな部屋だ。
視線を庭のほうへ流すと、湯気の立つ露天風呂と、その脇に建てた脱衣所が見える。
板張りの床に、脱いだ服を置く棚。手ぬぐいと湯上がりの水を切らさないよう、棚の隅にはいつも補充してある。濡れた足で冷たい思いをさせちゃ、せっかくの湯が台無しだからな。目隠しの葦簀に、湯冷めを防ぐ囲いまで、思いつくかぎりの気配りを詰め込んだ。風呂は、うちの一番の自慢だ。
台所に目を移せば、作り置きの惣菜と、味噌に漬物、干物に燻製がずらりと並んでいる。
これだけ下ごしらえが済んでいれば、急に何人来たって慌てない。汁物と炊きたての飯だけ、その場で仕上げればいい。段取り八分、というやつだ。一人分を作るのも五人分を作るのも、下ごしらえさえ済んでいれば手間はそう変わらない。仕事で叩き込まれた「並列処理」の勘は、意外にも畑と台所でこそ生きるらしい。
そして、家の外へ続く散策路。
下草を刈り、危ない段差に丸太の階段を組み、眺めのいい高台にはベンチも据えた。湧き水の水場には柄杓を置き、紅葉の見頃には、道標をたどって客が嬉しそうに落ち葉を踏んでいく。せっかく山に来たんだ、風呂と飯だけじゃもったいない。山を、まるごと味わってほしかったからだ。
◇◇◇
……そこまで数えあげて、俺は湯呑みを持つ手を止めた。
布団があって、風呂があって、飯が出て、遊ぶところもある。整えた客間、自慢の露天風呂、段取りの効くもてなし料理、山歩きの道。指を折って確かめるほどに、妙な符合が浮かび上がってくる。
「……あれ? これ、ほぼ宿だよな」
声に出してみて、自分でぎょっとした。泊まる場所があって、湯があって、飯が出て、退屈しない工夫まである。人を迎えて、一晩寛いでもらう。それはもう、世間で言うところの、あれではないのか。旅館だの、民宿だの、そういう類いの。
いや待て、と俺は湯呑みを縁側に置いた。
「いや、宿じゃないけど。金取ってるわけじゃないし。ただ、来た人が困らないようにしてたら、こうなっただけで」
そうだ、そういうことだ。誰かを泊めて商売しようなんて、一度も思ったことはない。ただ、来てくれた人が湯冷めしないように、迷わないように、腹を空かせないように——目の前の困りごとを一つずつ潰していったら、たまたま全部そろっただけの話である。要件定義書を書いた覚えはないし、事業計画を立てた記憶もない。ただ、仕様が現場合わせで勝手に膨らんでいっただけだ。よくある話だ。前の職場でも、気づけば当初の三倍の機能を実装させられていた。
……まあ、結果だけ並べてみれば、どこからどう見ても宿の設備一覧なのは、我ながら否定しがたいけれど。
◇◇◇
縁側の陽だまりでは、精霊たちが思い思いにくつろいでいた。
コロは俺の膝でうとうとし、スイは風呂の縁でぷかぷか揺れ、エンはかまどの残り火で暖をとり、モクは作業台の上で腕を組んで昼寝している。誰に急かされるでもない、いつもの午後だ。こいつらも、すっかりこの家を気に入っているらしい。人が来ない日は来ない日で、こうしてのんびり羽を伸ばしている。
俺はもう一度、片づいた家をぐるりと見渡した。
整った客間。湯気を上げる風呂。並んだ保存食。落ち葉の散る散策路。一年半前、俺がここに来た日のことを思い出す。苔むした瓦に、歪んだ雨戸、軒下の蜘蛛の巣。写真では「趣のある古民家」で、実物は「立派なボロ家」だった。あのときは、掃除もそこそこに、かまどで飯を炊くだけで精一杯だったのに。
独りになりたくて逃げてきたはずの山が、いつのまにか、人を迎えるための道具を一式そろえていた。誰に命じられたわけでもなく、ただ目の前の暮らしを整えていたら、こうなった。不思議なものだ。人生、どこに転がっていくか、本当にわからない。
まあ、いいか、と俺は肩をすくめる。
宿だろうと、家だろうと、名前なんてどっちでもいい。来てくれた人が、風呂で肩をほどいて、飯をうまそうに食って、いい顔になって帰ってくれる。それで十分だ。呼び方に困ったら、そのとき考えればいいさ。
「まあ、来た人が喜んでくれるなら、宿だろうと家だろうと、どっちでもいいか」
膝の上のコロが、返事のように、もぞりと丸くなった。




