第184話
朝晩がすっかり冷え込むようになって、段々畑と背後の山が、いっせいに色づきはじめた。稲穂は頭を垂れ、木々は葉の縁から赤や黄に染まっていく。
二年目の秋は、去年とはまるで手応えが違った。畑の土がどっしりと落ち着いて、俺のやることに素直についてきてくれる感じがある。
一年目は、なにをやるにも手探りだった。いつ蒔けばいいのか、どれくらい水をやればいいのか、いちいち本と首っぴきで、それでも半分はうまくいかなかった。
それが今年は、違う。
「畑が、俺のやり方を覚えてくれた気がするな」
鎌を握りながら、俺はそんなことを独りごちた。もちろん畑に記憶があるわけもないのだが、そう思いたくなるくらい、作物の育ちがいい。
まずは稲刈りだ。黄金色に実った穂を、鎌でざくざく刈り取っていく。刈った稲は束にして、竿にかけて天日に干す。
この干す時間が、米に甘みを乗せるのだと、去年、集落の人に教わった。手間を惜しまず待つほど、飯はうまくなるらしい。
しばらく干した稲を摺って、籾殻を落とせば、つやつやと光る新米になる。まだ精米もしていないのに、白い粒がほんのり青みを帯びていて、いかにも力がありそうだ。
自分で植えて、育てて、刈った米だ。手のひらに受けた粒の重みが、そのまま一年の答えみたいで、俺はしばらくにやにやしていた。
去年はこの稲刈りひとつ取っても、腰を痛めるやら束ねそこねるやらで、ずいぶん難儀した。それが今年は、体が段取りを覚えていて、手が勝手に動く。
うまくなったもんだ、と我ながら思う。
◇◇◇
山のほうも、負けじと実っていた。
少し分け入れば、落ち葉の陰にきのこがにょきにょきと顔を出している。かさの裏をのぞき、図鑑と見比べながら、食べられるやつだけを慎重に採る。
栗のいがは、足元にごろごろ転がっていた。軍手をはめて足で踏み割ると、中からつやつやの実が転がり出てくる。この瞬間が、なんとも宝探しめいて楽しい。
柿の木は、枝がしなるほど橙色の実をつけていた。高枝ばさみで一つもぐたびに、こっくりと熟れた重みが、竿を伝って手に届く。
畑に戻れば、さつまいもと根菜が待っている。蔓を手繰って土を掘ると、ぷっくり太った芋が、次から次へと顔を出した。
大根、人参、里芋。抜くたびに、かごがずしりと重くなっていく。
「いや、採れすぎだろ。うれしい悲鳴ってやつだな」
空になったかごを何度取りに戻ったか分からない。運ぶそばから土間に山ができていく。
去年の秋も収穫はあったが、こんな量ではなかった。同じ畑、同じ俺のはずなのに、今年はどうしてこうも実るのか。
まあ、二年目で勘どころを掴んだんだろう。そう納得しておくことにした。
◇◇◇
その俺の足元で、まんまるの苔玉が、ころころと畝を転がっていた。土の精霊、コロだ。
掘り返したばかりのさつまいもに頬をすりよせ、うれしそうに目を輝かせている。
「あるじ、このおいも、ぷりぷりに育ったよぉ」
「ああ、今年のは特にいい出来だな」
俺が笑って応えると、コロはえへへと身をよじって、それから畝じゅうを転げまわった。
「はたけ、いっぱい実って、うれしいなの」
掘り出したばかりの芋を、コロは大事そうに抱えて、ふかふかの土の匂いをすんすん嗅いでいる。よほど、この土が自慢らしい。
「ふふ……いいにおいなの」
こいつは本当に、畑が実ると自分のことみたいに喜ぶ。俺には、去年せっせと埋めた野菜くずが、いつのまにか土を肥やしてくれたおかげ——なんてことは、知る由もない。
畑がよく育つのは、二年目で俺が勘を掴んだから。ずっと、そう思っている。
ただ、こんなに一緒になって喜んでくれる相棒がいると、収穫仕事のくたびれも、ふしぎと軽くなるのだった。
日が傾く頃には、土間も縁側も、収穫のかごで足の踏み場もなくなっていた。
新米の袋、きのこのざる、栗と柿の山、芋と根菜の小山。ずらりと並んだ実りを前に、俺は腰に手を当てて、しみじみ眺めた。
いい眺めだ。豊かってのは、たぶんこういうことを言うんだろう。
そうして眺めているうちに、俺の頭のなかでは、いつのまにか献立が組み上がりはじめていた。
新米はやっぱり土鍋で炊きたい。きのこはたっぷり汁物に、栗はごはんに炊き込んで、芋は煮ても焼いても甘い。根菜は煮物、柿は食後にでも。
考えているだけで、腹が鳴った。どれもこれも、この山で採れたものばかりだと思うと、なおさらうまそうに思えてくる。
一人で食べきれる量では、とうていない。だが、それでいい。
「これだけあれば、何人来ても、うまいものを腹いっぱい食わせられるな」
思わず、口の端がにやりと上がった。
誰が来るとも決まっていないのに、なぜか大人数ぶんの献立を、俺は当たり前みたいに勘定している。自分でもおかしくなって、ひとつ笑った。
思えば、この山に越してきた頃は、自分ひとりの飯すら面倒で、コンビニのおにぎりで済ませていた。それが今じゃ、見も知らぬ「何人か」のために腕まくりしている。
人ってのは、変わるもんだ。……いや、変わったのは、たぶん暮らしのほうか。
まあ、うまいものは、大勢で囲むほうが旨いに決まっている。山盛りの実りを見上げて、俺はもう、次に沸かす湯気のことを考えていた。




