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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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181/206

第181話

 秋が深まってくると、山を訪ねてくる人が、ぽつぽつと増えてきた。


 きっかけは、たぶん夏に泊めた元同僚の三上だ。すっかり顔色を取り戻して帰っていったあと、どうやら「山にいい場所がある」と、疲れた誰かに話したらしい。


 噂というのは、案外そういう細い道を伝っていくものだ。宣伝したわけでも、看板を出したわけでもないのに、人づてに、じわじわと。疲れている人ほど、そういう話に耳ざとい。


 最初の一人が来たのは、彼岸を過ぎたころだったか。それから五日と空けず、また別の人が上がってきた。多いわけじゃない。数日にひとり、多くて週にふたり。それでも、独り暮らしのこの山にしては、たしかな変化だった。


 その朝も、直売所に品を並べていると、麓の道をおそるおそる上がってくる人影があった。


「あの……三上さんに、紹介されまして」


 そう言って頭を下げる人は、たいてい肩が強張っていて、目の下に濃い隈をこしらえている。見覚えのある顔つきだ。一年半前、鏡の中で毎朝そういう顔と睨めっこしていた。


 だから、放ってはおけない。


「まあ、上がってください。何もないところですけど、湯くらいは沸かせますから」


 俺は品出しを切り上げて、その人を家へ通した。


◇◇◇


 こういうとき、体が勝手に動きだす。


 まずかまどに火を入れて、湯を沸かす。米を研いで水に浸し、その間に押し入れから客用の布団を引っ張り出して、日の当たる縁側に干す。それから戸棚を漁って、まだ下ろしていないタオルを一枚探し出す。


 冷蔵庫と睨めっこしながら、献立をとっさに組み立てる。きのこがあるから汁物。大根と油揚げの煮物、卵焼き、漬物を何種類か。飯さえ炊ければ、あとは山の采配でどうにでもなる。


 畑に出て、青菜と、抜き頃の大根を一本。汁の実に、裏山でこの時季に出るなめこも足す。手が空けば体が畑や山へ向くのは、二年目にしてすっかり染みついた癖だった。


 湯を張った風呂に客を通して、疲れをほどいてもらっているあいだに、膳を整える。土鍋の蓋を持ち上げると、白い湯気がぶわりと立ちのぼり、粒の立った飯が照りかえす。炊きたての飯を茶碗に山盛りによそうと、湯気の向こうで、客がふっと肩の力を抜くのがわかる。


 その顔を見ると、こっちまで嬉しくなるから不思議だ。


「困ってる人は、放っておけないよな。俺も、そうだったし」


 誰にともなく、そう呟く。恩を返すというより、送る、みたいな感覚だ。もらったものは、次の誰かに回していけばいい。理屈はうまく言えないが、そのほうが据わりがいい。


◇◇◇


 もっとも、俺の段取りだけで回っているわけではないらしい。


 客が来るたび、肩のあたりでコロがそわそわと弾む。


「あるじ、おきゃくさま、また来たよぉ」


 まんまるの目を輝かせて、モフモフの体を上下させる。この山は、来客が好きらしい。


 俺が米を研いでいる横では、スイがぷかぷかと風呂場のほうへ流れていく。


「お湯は、わたくしにお任せくださいまし。ぬるくならないよう、張っておきますわ」


 得意げに言い残して、湯の縁で待ち構えているのだから、頼もしい。かまどでは、エンが尻尾をゆらしながら薪の隙間を睨んでいる。


「火加減はまかせろって! 飯、うまく炊いてやるぜ!」


 そして座敷では、モクが客用の座卓を、すっと風で払って据え直していた。


「フン、客を通すなら、埃くらい落としておくものだ」


 ……こいつら、俺よりよっぽど、もてなし慣れしている気がする。


 俺が慌てて布団やらタオルやらを探しているあいだ、精霊たちは当たり前の顔で持ち場につく。まるで、こうなるのを知っていたみたいに。


 昔はこの家、長いこと空き家だったと聞く。誰も来ず、誰も泊まらず、火も湯も絶えていた家だ。それが今は、数日おきに人が上がってきて、飯の匂いと湯気で満ちる。精霊たちがはしゃぐのも、わからなくはない。にぎやかなのは、たぶん、悪くないのだ。


◇◇◇


 その日の客も、翌朝には晴れた顔になって、山を下りていった。


「また、来ていいですか」


 別れ際にそう聞かれて、俺は「もちろん」と笑って手を振った。近所の人が茶を飲みに寄るのと、たいして変わらない。来たい人が来て、うまい飯を食って、少し軽くなって帰る。ただそれだけのことだ。


 見送ったあと、家の中はちょっとした戦場だった。


 干しっぱなしの布団、出しっぱなしの膳、探し回って開けたままの戸棚。片づけながら、我ながら苦笑いが漏れる。


「毎回バタバタするなあ」


 布団を畳み、茶碗を重ね、タオルを元の場所に戻す。そのたびに「あれ、これどこにしまったっけ」と探すのが、地味に手間だった。


 ……ちゃんと迎える準備を、先にしておいたほうがいいかもな。


 布団も、タオルも、よく使う器も、決まった場所にまとめておけば、次に誰か来ても慌てずに済む。人が来るのは嬉しいが、そのたびに家じゅうをひっくり返すのも、そろそろ考えものだ。


 畳んだ布団を抱えたまま、俺はぼんやりと土間を眺めた。秋の日差しが、干したての布団をあたたかく照らしていた。


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