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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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164/220

第164話

 三上が目を覚ましたのは、日がだいぶ傾いてからだった。


 障子の向こうで、寝ぼけた声が「……やべ、俺、何時間寝てた」とつぶやくのが聞こえる。よほど眠りが深かったらしい。


「いいから、顔でも洗ってこいよ。今、飯にするから」


 俺は台所の土間へ下りて、かまどの前にしゃがみこんだ。客に出すなら、やっぱり炊きたてがいい。


 羽釜を出し、朝のうちに研いでおいた米を、裏山の湧き水に浸しておく。この水で炊くと、それだけで飯がひとつ格上になるから不思議だ。


 焚き口に細く割った薪をくべ、丸めた新聞紙に火を移す。ぱち、ぱち、と小気味よく爆ぜて、炎が薪の腹を舐めていく。


「よし、点いた」


 あとは火加減だ。かまど飯はここからが本番で、強火で一気に沸かして、噴いたら弱める。理屈は分かっていても、薪の火なんてのは気まぐれで、いつも少しばかり俺の手を焼かせる。


 ところが、である。今日はやけに素直だった。


 くべた薪が、まるで狙いすましたみたいに、ちょうどいいところで安定する。強すぎず、弱すぎず、羽釜の底を均一に抱きこむように。


「へえ。今日はご機嫌だな、お前」


 俺がそう声をかけると、かまどの焚き口のふちで、赤いサラマンダーがくるりと尻尾を振った。尻尾の先の火が、うれしそうに、ちろちろと揺れる。


「あるじ、めしだな! 火はオレに任せろって!」


 エンだ。得意げに胸を張って、火加減をぴたりと絶妙に保っている。三上には、その姿も声も届かない。


「頼もしいな。今日はよく燃えてくれる」


 俺は苦笑して、鍋のほうに取りかかった。エンが「そこじゃねえんだけどなあ」と言いたげに、火をひとつ、ぽんと弾ませた気がした。


◇◇◇


 やがて、羽釜がこと、こと、と鳴りはじめる。噴きこぼれる寸前で火を落とし、あとはじっくり蒸らしにかかる。


 その間に、おかずだ。今日の畑は当たりで、茄子もきゅうりもトマトも、採れたてがざるに山盛りになっている。


 茄子は縦半分に切って、皮に浅く格子の切れ目を入れ、油でじゅわりと素揚げにする。とろけかけたところを、生姜を効かせた冷たい出汁にじゅっと浸す。


 じくじくと出汁を吸った茄子は、箸で持つと今にも崩れそうで、揚げ浸しってのは、あつあつでも、よく冷ましてもうまい。


 きゅうりはただ切って、味噌を添える。もろきゅうなんてのは料理と呼べるかも怪しいが、採れたてのきゅうりは、噛むとぱきっと弾けて青い匂いがして、夏はこれが一番ありがたい。


 トマトは洗って、丸ごと皿に転がしておく。切ると逃げる汁が惜しいから、俺はいつも丸かじりだ。


 味噌汁は、畑の隅に勝手に増える茗荷と、油揚げ。ぐらりと煮立てず、火を止める間際に味噌を溶く。


 最後に、羽釜の蓋を、両手で持ち上げる。


 ふわり、と甘い湯気が顔を包んだ。米の炊けるにおいってのは、どうしてこう、腹の底を直接くすぐってくるんだろう。


 立ちのぼる湯気の向こうで、米が一粒ずつ、つやつやと角を立てて光っている。ふっくらと持ち上がった表面には、蒸らしのあいだにできた小さな穴が、いくつも息をしていた。


 しゃもじを底から入れて、そっと天地を返す。さっくりと崩れた飯のあいだから、囲いこまれていた湯気が、また甘くふわりと立った。


「……よし。上出来だ」


◇◇◇


 膳を運ぶと、顔を洗ってきた三上が、鼻をひくつかせていた。


「なんだ、この匂い……腹が、勝手に鳴る」


 茶碗に飯をよそって、差し出す。三上は箸を取って、まずは白い飯を、ひと口。


 噛んだ瞬間、その動きが止まった。


「……うま」


 絶句、という顔だった。それきり言葉が出ないまま、二口目からは、もう無言だ。飯を掻きこみ、とろりとした揚げ浸しを飯にのせ、その甘い汁ごと、また掻きこむ。


 トマトにかぶりつけば、あふれた汁が顎を伝うのも構わず、もろきゅうを味噌ごとかじり、茗荷の香る味噌汁をすする。箸が止まらないとは、まさにこのことだった。


 湯気の立つ茶碗を抱えこむようにして、あいつは、ただ黙々と食べ続ける。その勢いが、作ったこっちが気持ちよくなるくらいだった。


 コンビニの棚から適当に選んだ飯と、デスクで片手に啜る伸びた麺。あいつの胃袋は、たぶん何年も、そういうものだけで動いてきたんだろう。


 俺にも、覚えがある。だから、ちゃんとした飯が沁みる気持ちは、痛いほど分かった。


 それにしても、と俺は自分の茶碗を眺めて思う。そんなにうまいか。


「ただの、かまど飯なんだけどな」


 畑の野菜と、山の水と、薪の火で炊いただけだ。手のこんだ料理でもなんでもない。喜んでもらえるのはうれしいが、少しばかり、面はゆくもある。


 かまどのほうで、エンが「オレの火も効いてるんだぜ、たぶん!」と胸を張った気配がしたが、俺には、ただの気のせいにしか思えなかった。


 三上の茶碗が、あっという間に空になる。


「おかわり、あるぞ」


 俺がしゃもじを取ると、三上は差し出した茶碗を、ふと見つめた。ゆげの立つそれを、しみじみと。


「……こんなちゃんとした飯、いつぶりだろう」


 ぽつり、とこぼれた声は、やけに静かだった。


「もう、思い出せないや」


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