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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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137/210

第137話

 このごろ、山に人の来る日が増えた。


 森野さんが「いい木が入りました」と顔を出し、鉄本さんが「鉄鍋を打ったから使え」とやって来る。鞍馬さんは「眺めを見に来た」と言いつつ湯を狙っているし、宵さんは日が落ちてから、音もなく現れる。


 そのたびに、俺の体は勝手に動いていた。


 誰かの気配が門のあたりでした瞬間、もう頭より先に手が段取りを組んでいる。まず湯だ。五右衛門と露天のどちらを焚くか決めて、薪をくべる。次に米。土鍋を火にかけて、それから肴を見繕う。


「いらっしゃい。すぐ湯、沸かしますね」


 自分でも笑ってしまうくらい、口が滑らかにそう言う。


 考えてみれば、前の暮らしではこんな段取りは一度も組まなかった。飯は買うもの、風呂は自分ひとりのもの、客なんて来やしなかった。それがどうだ。今は誰かが来ると聞くだけで、頭の中に工程表がぱっと立ち上がる。元SEの悪い癖かもしれないが、こういう段取りは、嫌いじゃない。


 湯が沸くころには、飯も炊きあがっている。


 熟成の味噌で田楽を炙り、ぬか漬けを切り、去年仕込んだ保存食を並べる。酒は、宵さんが分けてくれたワインか、鉄本さんが好む冷や酒か。相手の顔を思い浮かべながら棚から選ぶこの時間が、なんだかんだで一番楽しい。


「うちで良ければ、いつでもどうぞ」


 いつからか、これが口癖になっていた。


 泊まっていくと言われれば、奥の一間に布団を敷く。モクが手を貸してくれた作業台のおかげで、客用の膳もいくつか増えた。もてなす、なんて大層なことを構えているつもりはない。ただ、来た人に腹を空かせて帰らせたくないだけだ。


 思えば、来るたびに要件を聞くこともなくなった。


 最初のうちは「今日は何のご用で」と律儀に尋ねていたのに、このごろは誰が来ても、まず湯と飯だ。用があろうがなかろうが、腹ごしらえと風呂が先。順番が、すっかり体に染みついてしまった。段取りというより、もう暮らしそのものになっている。


◇◇◇


 賑わいが増えるほど、元気になるやつらがいる。


 精霊たちだ。人が来る日は、四匹そろって、目に見えてそわそわしている。


 コロが俺の肩の上で、まんまるの目をきらきらさせて弾んだ。


「にぎやかだと、コロ、うれしいなの」


 苔玉のくせに、うれしいと体がぷりぷり揺れるのが可笑しい。畑の野菜も、来客のある週はなぜかよく育つ気がする。気のせいか、それともコロが張り切っているのか。


 風呂場では、スイが湯の縁でぷかぷかと胸を張っていた。


「お客さまのお湯を整えるの、腕が鳴りますわ」


 言うだけあって、客の入る日の湯は格別に柔らかい。冷めにくく、角が取れて、肌にまとわりつくようだ。宵さんが「あなたの山の湯は、ほかとは違う」としきりに褒めるのも、半分はこいつの働きなんだろう。


 かまどのそばでは、エンが尻尾の火をめらめら躍らせている。


「宴といったら火だろ! 任せろ!」


 田楽の焦げ目も、鍋のひと煮立ちも、こいつが横についていると仕上がりが一段違う。火の番を任せてしまえるのは、正直、ずいぶん楽だ。相棒としては頼もしいことこの上ない。


 作業台の上では、モクが腕を組んで、渋い顔のまま宙をにらんでいた。


「フン……客用の椅子、もう一脚あってもいいな」


 言うが早いか、材のありかを目で示してくる。頭の中ではもう、次に何を作るか算段しているらしい。職人肌のこいつが「もう一脚」と言うときは、たいてい、それが必要になる日が近い。


 四匹とも、客が来ると水を得た魚のようになる。


 誰に頼まれたわけでもない。ただ、この山で誰かをもてなすことが、いつのまにか俺たちの暮らしの当たり前になっていた。


◇◇◇


 その夜も、ひとしきり客を送り出したあとだった。


 縁側に腰を下ろして茶をすすっていると、四匹が思い思いの場所で、まだどこか満ち足りた顔をしている。コロは膝の上、スイは湯の名残に浸かり、エンはかまどの残り火で暖をとり、モクは作業台で腕を組んだまま。


 俺は、そのようすをぼんやり眺めた。


「みんな、お客さんが好きなんだな」


 誰へともなく、そう呟く。返事はないが、コロがぷりんと一度、うれしそうに揺れた。


 空の茶碗を置いて、両手を後ろについて空を仰ぐ。星がやけに近い。人の帰ったあとの静けさは、賑わいの余韻をふくんで、妙にあたたかかった。


 独りになりたくて、この山に来たはずだった。


 それがいつのまにか、湯を沸かし、飯を炊き、酒を出し、寝床を整える毎日だ。しかも、それを面倒だと思ったことが一度もない。むしろ、来ると聞けば胸のどこかが弾んでいる。


「……俺も、いつのまにか、もてなすのが好きになってたのかもな」


 口に出してみて、自分で少し驚いた。


 昔の俺なら、笑い飛ばしていたかもしれない。人に尽くすのは疲れるだけだと。けれど今は、誰かがうまそうに飯を食い、湯に浸かってほどけていく顔を見るのが、単純に、いい。


 膝の上のコロが、寝入りかけて小さく寝息を立てはじめた。


 まあ、六十点主義の俺にしては、上出来の暮らしじゃないか。星を見ながら、そんなことを思う。


 明日は誰が来るだろう。そう考えるだけで、もう頭の隅で湯加減の算段が始まっている。困ったものだ。困ったものだが、悪くない。


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