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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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132/208

第132話

 露天風呂を作ってから、来客がやけに増えた。


 早春に石を組んで湯を張った、庭先の露天風呂だ。山の湧き水を引いて、鞍馬さんの見立てた石で囲った、素人仕事にしては上出来の一つである。作った当人としては、たまに一人で浸かって夜空を眺められれば、それで満足のはずだった。


 ところが、そうはいかなくなった。


 最初に気づいたのは、森野さんが来たときだ。用があるふうでもなく、ふらりと山道を登ってきて、縁側でひと息ついた彼が、思い出したように言った。


「結城さん。……ここに、いい湯があると聞きまして」


「え、なんでそれを」


 露天風呂のことは、誰にも吹聴した覚えがない。首をかしげる俺に、森野さんは穏やかに微笑むだけだった。人づてに、というやつだろう。林業をやっているこの人は、あちこちの山に知り合いがいるらしい。口の達者な連中が、どこかで噂したのかもしれない。


 せっかく来たのだからと、湯を勧めた。夕暮れの光の中、湯船からゆらりと立つ湯気に、森野さんが目を細める。


 長いこと浸かって、上がってきたときには、すっかり顔がほどけていた。


「いい湯です。……木の香りと、水がやわらかい。心の底まで、あたたかくなる」


 そう言ってもらえると、作った甲斐がある。俺は上機嫌で、かまどで燗をつけた酒を出した。青菜のおひたしと、味噌をなめる程度の肴を添えて。森野さんは、ゆっくりと盃を傾けていた。


◇◇◇


 次に現れたのは、鞍馬さんだった。


 石材屋のこの人は、露天風呂の石を選んでくれた恩人だ。腕を組んで湯船を見下ろすと、いかにも尊大に、鷹揚に頷いた。


「ふむ。……儂が見立てた石だ。据わりも、湯の巡りも、悪くない」


「おかげさまで。名湯になりましたよ」


「当然だ。儂の目に狂いはない。まあ、たまには浸かってやろう」


 言いながら、もうさっさと手拭いを肩にかけている。浸かってやる、という言い方がおかしくて、俺は笑いをかみ殺した。恩人が寛いでくれるなら、こっちに文句はない。


 湯から上がった鞍馬さんは、縁側であぐらをかいて、盃を傾けて上機嫌だった。夕日に染まる山の稜線を見晴らしては、良い眺めだ、良い気が満ちておる、としきりに褒めていた。誰かに褒められて悪い気のする人間はいない。俺も、まんざらではなかった。


 そして、夜には宵さんが来た。


 昼は苦手だという人だから、月が出てからそっと現れる。夜のしじまに湯気だけが白くのぼる庭で、湯船に身を沈めた白い横顔が、静かに笑った。


「夜の露天風呂……ふふ、噂どおり、素敵なところね」


「気に入ってもらえたなら、うれしいです」


「ええ。わたしみたいなのには、この静けさが、ちょうどいいのよ」


 含みのある言い方だったが、たぶん、夜が好きという意味だろう。俺は熱燗を運び、二人でゆっくりと夜風に当たった。


◇◇◇


 風呂の縁で、スイがぷかぷかと得意げに揺れている。


「あるじ、お客さまが増えましたわね。お湯を整えるの、腕が鳴りますの」


「頼りにしてるよ。おまえのおかげで、みんな長湯していくんだ」


 かまどの脇では、エンが尻尾の火をぱちぱち鳴らしていた。


「宴といったら燗酒だろ! 温めるのはオレに任せろって!」


 言うだけあって、エンが張り切ると徳利の燗が絶妙になる。熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうど手放したくない温度で上がってくる。客がうまそうに飲むのも道理だ。


 精霊たちも、来客が続くのがうれしいらしい。コロは肩の上で機嫌よく揺れ、モクでさえ「フン、客用の盃、もう少し要るな」と満更でもなさそうだ。にぎやかになるほど、みんなどこか元気そうに見える。


 考えてみれば、この春はずっとこの調子だ。誰かが来るたび、俺は湯を沸かし、酒の支度をし、肴を見繕う。それがいつのまにか、当たり前の日課になっていた。


 みんな、うちの風呂を気に入ってくれてるみたいだ。


 作って、よかったなあ。


 独りになりたくて登ってきた山に、こうも人が集まるのは、我ながら妙な話ではある。けれど嫌な気はしない。むしろ、湯気の向こうで誰かがほうっと息をつくのを見ると、こっちまであたたかくなる。


 湯を沸かし、酒を燗し、上がってきた客に一杯を出す。


「……なんだか、風呂屋の主人みたいだな、俺」


 ひとりごちて、俺は笑った。番台に座って手拭いを配るような柄でもないのに、と。


 まあ、実際には、ただの山暮らしの延長だ。風呂があって、客が来て、酒がうまい。それだけのことに、大した名前をつける必要もない。


 湯船からは白い湯気が、ゆらゆらと夜空へのぼっていく。その湯気を目印にするみたいに、この山にはぽつり、ぽつりと、変わった客が集まってくる。


 燗のついた徳利を提げて、俺はまた縁側へ戻る。


「お待たせしました。熱いのが、入りましたよ」


 湯上がりの客が、うれしそうに盃を差し出す。その手に酒を注いでやるのが、この頃の俺の、いちばんの楽しみになっていた。


 誰が来てもいいように、薪をくべ、湯加減を見て、肴を切っておく。頼まれたわけでもないのに、そうやって支度を整えている自分に、俺はまだ、大した理由を見つけていなかった。


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