第13話
軒下の物置がわりにしている棚が、いつのまにか妙な倉庫になっていた。
料金箱の対価として溜まっていった、あの上等な毛皮と、色とりどりのきれいな石。毛皮はもう五、六枚、石にいたっては小箱にごろごろ入っている。
どれも見たことのない品ばかりで、正直、値打ちなんてさっぱりわからない。それでも捨てるには惜しすぎる、いい手触りといい色をしていた。
「……しまいこんでても、もったいないよな」
俺は毛皮の一枚を陽にかざしてみた。獣毛にしては驚くほど毛並みが密で、艶があって、なめしも上等だ。こんな革、ホームセンターの手芸コーナーでは絶対にお目にかかれない。
せっかくの休みだ。これを使って、暮らしの道具でもこしらえてみるかと思い立った。前々から欲しかった、工具をまとめて放り込める道具入れと、板間で足元が冷える冬用のスリッパ。
まずは道具入れからだ。革を鼻先に寄せると、なめし特有の、少し香ばしくて土っぽい匂いがした。この匂い、嫌いじゃない。
型紙がわりに新聞紙をあて、チャコペンで裁断線を引く。よく切れる革包丁を線に沿ってすうっと滑らせると、厚い革が驚くほど素直に断たれていった。
「お、いい感じに切れるな」
断面を指でなぞる。ささくれ一つない、なめらかな切り口だ。菱目打ちで縫い穴の位置を等間隔に打っていくと、トン、トン、と槌の音が土間に気持ちよく響いた。
あとは蝋引きの糸を通して、ひたすら手縫いだ。二本の針を左右から交互に通す平縫いは、単純だが手間がかかる。それでも、一目ごとに革がぴたりと締まっていく手応えが、たまらなく心地いい。
元SEの俺には、こういう「工程が決まっていて、やった分だけ形になる」作業が、しみじみ性に合っていた。画面の中で消えていくコードと違って、こいつは確かに手元に残る。
――ところで、我ながら、縫い目が異様にまっすぐだ。
初めての革細工とは思えないほど、目のピッチが揃っている。糸の締まりも均一で、まるで年季の入った職人が縫い上げたみたいだ。
「腕がいいのか、道具がいいのか……。まあ、革が素直なんだろうな」
縫い終えたら、仕上げに床革用のオイルを布に取り、ゆっくり刷り込んでいく。乾いていた表面が、みるみる深い飴色に艶を増していった。
布越しに伝わる、しっとりと吸いつくような手触り。使い込むほどに味が出る、という言葉の意味が、指先でようやく腑に落ちた気がした。
できあがった道具入れは、我ながら惚れ惚れする出来だった。マチもぴったり、金具の据わりも上々で、店に並んでいてもおかしくない。
同じ調子でスリッパも縫い上げ、足を入れてみる。毛皮のふかふかが足裏を包んだ瞬間、思わず声が出た。
「うわ、あったかい。……これ、売ってたら結構な値がつくんじゃないか?」
言いかけて、俺は苦笑した。売る気なんて、これっぽっちも起きない。
値打ちはわからん。わからんが、味がある。自分の手で、いい素材を、暮らしの道具に変えた。それだけで、もう十分すぎるくらいだ。
◇◇◇
道具ができたら、次は石だ。小箱いっぱいの石を、縁側と棚に飾ってやることにした。
どれも透き通ったり、鈍く光ったり、不思議な色をしている。宝石ほど派手ではないが、磨いた鉱物標本みたいで、眺めていて飽きない。
いちばん色のいい一つを縁側の窓辺に、残りを棚の板に並べていく。夕日を透かすと、石の芯にぼんやりと光の粒が滲むようで、なかなか乙なものだった。
「売ろうにも、どこで売るのかもわからんしな。飾っておくのが、いちばんだ」
顔も知らない常連さんが、野菜の礼にわざわざ置いていってくれた品だ。金に換えるより、こうして毎日目に入る場所に置いておくほうが、よっぽど気分がいい。
俺は並べた石を眺めて、満足げに頷いた。ボロ家だったこの平屋も、少しずつ、俺の好きなもので埋まっていく。
◇◇◇
その夜のことだった。
風呂上がりに水を飲もうと台所へ立った俺は、暗い縁側の前で、ふと足を止めた。
窓辺に飾ったあの石が、ほのかに、青白く光っている――気がした。
月明かりの反射か。俺は目をこすって、もう一度見る。やはり石の芯のあたりが、呼吸するみたいに、じわ、じわ、と淡く明滅していた。
「……いや、気のせいだよな?」
石が、光るわけがない。
そう自分に言い聞かせて、俺は水を飲み、床についた。きっと疲れているんだろう。そういうことにしておいた。
◇◇◇
作業の匂いが残る土間の隅、道具棚のいちばん上で、葉っぱの羽を持つ小さな影が腕を組んでいた。木と風の精霊、モクだ。
できあがった道具入れを、渋い顔でじろりと検分する。縫い目のピッチ、革の目、金具の据わり。フン、と鼻を鳴らした。
「まあ……悪くない出来だがな」
初めて握った革包丁は危なっかしくて、見ていられなかった。だから刃の走る先へ、風をそっと添えてやった。菱目の間隔がぶれかけるたび、指先を微かに導いてもやった。腕がいいのか道具がいいのか、などと男は首をかしげていたが――そのどちらでもない。まあ、言ってやる術もないがな。
それでも、と老木のような目を細める。素材を見る目と、工程を惜しまぬ手だけは、あの男、本物だ。手を貸す甲斐が、ある。
「……次は電動の工具とやらも、使わせてみたいものだがな」
棚の下では、飾られた魔石が夜気にほのかな青を滲ませている。男はあれを「気のせい」で片づけたらしい。フン、と少し気の毒そうに、モクはもう一度だけ鼻を鳴らした。




