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山を買って古民家スローライフ 〜精霊たちと暮らすDIYな田舎暮らし〜  作者: 猫野いちば


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109/216

第109話

 湧き水が、澄んだ音を立てて湯船に落ちていく。空の石の器がじわじわと満ちて、水面が縁の内側をゆっくり這い上がっていく——はずだった。


 ところが、水位はある高さでぴたりと止まった。かわりに、湯船の外側、積んだ石の隙間に、濡れた染みがじわりと広がっている。指で触れると、たしかに水が滲み出していた。


「あー。やっぱり、一発じゃ決まらないか」


 俺は膝に手をついて、その染みをのぞき込んだ。がっかり、というほどでもない。むしろ、こうなるだろうと半分は思っていた。


 石を積んで、隙間を詰めて、水を溜める。原理は単純でも、水は正直だ。少しでも逃げ道があれば、必ずそこから抜けていく。


「まあ、そうだよな。器ってのは、そういうもんだ」


 水を止めるというのは、要するに、逃げ道を一個ずつ塞いでいく作業だ。これは、覚えのある感覚だった。


 動かないプログラムを前に、原因を一つずつ切り分けて潰していく、あの地道な仕事。畑やDIYとは毛色が違うけれど、頭の使い方はそっくりだ。


「バグ取りと同じか。なら、やることは決まってる」


◇◇◇


 まずは、漏れている場所の特定だ。水を張った状態で、外側の石をぐるりと見て回る。


 濡れているのはどこか、乾いているのはどこか。染みの濃さから、水の抜けている量まで見当をつけていく。地道だが、当たりをつけずに闇雲に詰めても、たぶん一生終わらない。


 と、水面がふいに、くるりと渦を巻いた。


「あるじ、ここですわ」


 水盆から移ってきたスイが、湯船の一角でくるくると回っている。半透明のぷるぷるした体が、石の一点をぷるんと指し示していた。


「ここから、わたくしのお水が逃げていますの。もったいのうございますわ」


 言われて手をあてると、なるほど、ほかより明らかに水の勢いがある。目だけで追っていたら、見つけるのに小一時間はかかったところだ。


「助かる。お前、水の通り道が全部見えてるのか。反則だろ、それ」


 スイは得意げに、ひときわ大きく波打った。手柄を褒められて胸を張るところが、こいつのかわいいところだ。


 場所さえ分かれば、あとは詰めるだけだ。モルタルを練って、隙間にぐいぐいと押し込んでいく。指の腹で撫でつけ、余分を掻き落とし、面をならす。ひと粒の隙も残さないよう、丁寧に。


 ひとつ塞いで、また水を張る。今度はさっきより少し高いところまで水位が上がって——別の場所が、じわりと滲んだ。


「お、二匹目か。もぐら叩きだな、これは」


 思わず苦笑する。ひとつ塞げば、水は次に弱いところを探して抜ける。当たり前だ。いちばん漏れやすい穴が消えれば、二番目が主役に躍り出る。


 だからこれは、失敗じゃない。順番に、弱いところが表へ出てきてくれているだけだ。ひとつ潰すたびに、頭の中の「残り課題」から一行ずつ消えていく。この、確実に前へ進んでいる手応えが、俺はどうにも好きらしい。


 スイが次の漏れ箇所へすいっと泳いでいき、俺はモルタル片手に、そのあとを追う。三つ目、四つ目と、隙間の主役は次々に入れ替わっていったが、その数はちゃんと減っていた。


◇◇◇


 塞いでは張り、張っては探し、を何度も繰り返した。日が傾く頃には、外側の石は、どこもしっとりと乾いていた。


 最後のひと隙間を詰め終えて、俺はもう一度、湯船いっぱいに水を張る。縁のぎりぎりまで満たして、じっと水面を見つめた。


 減らない。しばらく待っても、水位はぴたりと動かないままだ。石の外側も、乾いたまま。


「……よし。止まった」


 思わず、こぶしを軽く握っていた。一日がかりの、地味な地味な作業。派手さなんて何ひとつない。それでも、たしかに水を閉じ込めた器が、いま目の前にある。


 素人が積んだ石の風呂だ。少しくらい漏れて当たり前だし、人様に自慢できる出来でもない。まあ、自分と居候たちが使うぶんには、上等すぎるくらいだろう。


 水面には、夕焼けの朱色が映り込んでいる。その静かな色を眺めながら、俺は妙な充実感に浸っていた。


「よし、止まった。……こういう試行錯誤も、嫌いじゃないんだよな」


 むしろ、と俺は付け足す。つまずいたぶんだけ、完成したときのご褒美が増える。すんなりできてしまったら、きっとこんなに愛着は湧かなかった。


 乾いた石を手のひらで撫でて、俺は明日の工程を思い描いた。あとは、この器に、湯を沸かして張るだけだ。


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