第三十九話 罪と過去
「……ハルトくんがどんな不運にも負けないで前を向き続ける姿、ずっと見てたよ。それでね……実験してたの。」
「実験、だと……?」
「うん。ハルトくんのものくすねたり、ちょっと壊しちゃったり。それでも、ハルトくんは立ち上がったよね。かっこいいなぁって思ってたよ」
「そ、そんなことしてたんすか……!? 実験なんて……意味わからないっす!」
全く知らなかった。彼女が俺の写真を保管していたことも、彼女が俺を観察していたことも。そして……俺のものを壊した?俺が不運だと思っていたことの一部は、スイの細工だったのか?
「……ハルトくんのお母さんが事故に遭ったとき。私、救急車を呼ぼうとした。……でも、思ったの。
このままお母さんがいなくなったら、ハルトくんどうなるんだろう……って。
それでも前を向けるのか……見てみたくて、迷ったんだ」
その言葉に、俺の息が止まった。世界が真っ暗になる。
急激に体が震えて、ガチガチと歯が鳴った。それは、つまり。
「……お前が、母さんを……見殺しにした、のか……?」
彼女はアルバムをめくりながら頷いた。
「……迷ってたら、結果的にそうなったね。ほら、ここ……この後、ハルトくんの表情が全然違う。さすがに何年も引きずってたよね。……でも、ハルトくんはまた立ち上がって……生き続けた。ハルトくんならきっとそうするって信じてたよ」
言葉が口から出てこない。衝撃が消えてくれない。胸が苦しくて、苦しくて、どうにかなりそうだった。
千夏がスイから距離を取り、反論する。
「そ、それって……あんまりっすよ! 幼馴染のお母さんを見殺しにするなんて、そんなの……っ! ひどすぎるっす!」
「だって……」
スイは悪戯がバレた子どものように拗ねた表情をする。
「ハルトくんが壊れそうなのに生きる、いちばんかっこいい姿を見たかったから」
「……やめろ……!! 違う、違う……そんなわけ、ない……っ!!」
俺はこみあげる吐き気を必死に抑える。スイはそんな俺を見て笑みを深めていた。
千夏は絶句している。そして、言葉を振り絞るように言った。
「……今回、真田パイセンや岩井センセーが死んだのだって、二人ともアンタのせいのようなものじゃないっすか! なんとも思わないんすか!?」
それでも、スイはその言葉を受け流した。
「……まさか岩井先生が真田先輩を殺しちゃうとは思ってなかったよ。真田先輩、ちゃんと話したと思うんだけど……信じてもらえなかったんだね」
千夏が食ってかかる。
「ちゃんと話した、って……? どういうことっすか!」
「……あのね、あの捏造写真……捏造する前は逆だったんだよ。
真田先輩が岩井先生の息子さんをいじめてたんじゃなくて、彼をいじめから庇ってたんだ。」
「へ……?」
それ以上考えたくないのに、スイの言葉は続く。
「むしろ、過去の写真を見ると……最初にいじめられたのは真田先輩のほうみたいだね。それを勇気出して庇った岩井先生の息子さんにいじめの対象が移って……二人で庇いあってたけど、結局息子さんが耐えられなくて自殺しちゃった、って流れなんじゃないかな」
俺はその会話を呆然と聞いていた。頭の中を言葉がすり抜けていくようだ。目の前の幼馴染が、理解できない怪物のように見える。
「……彼はそれを岩井先生に説明しようとしたと思うんだけどな。岩井先生は捏造写真を信じたんだね」
「そ、そんな……岩井センセー……。でも、写真があったら動かぬ証拠だと思っちゃうっすよね……」
俺はよろめきながら、一歩スイに近づいた。
「なあ……教えてくれよ。最初から全部、全部……嘘で、ただの実験だったのか? 一緒に遊んだ日も、泣いてくれた時も、告白も……。お前は……俺の大切なものを、奪うために……」
「ううん……全部、ほんとだよ」
「全部、本当……?」
彼女は目を細めた。
「大好きなハルトくんだから見たかったの。壊れても壊れても立ち上がるところを」




