第三十五話 あの時
「……本当なんです。あたしは殺してません」
千夏は誠実な顔でまた繰り返した。俺の脚が震える。
「な、何を……! 動揺させて疑いを逸らすつもりか!?」
スイも怪訝な顔で千夏を見やる。
「……千夏ちゃんが殺してないって言うなら、どうして死体を移動させたりしたの」
「それは……」
千夏の視線が左右へさまよう。
「……センパイは岩井センセーのこと大好きだったから、また目の前で死体を見るなんて耐えられないと思ったんです。あたし、気が動転してて、それで……屋上なら見つからないと思って……。」
千夏は俯きながらそう言った。肩が震えている。
「それだけで、ここまでのことを……!?」
「…………。」
俺は眉をしかめる。千夏はぐっと言葉を飲み込んで目を逸らした。
「もしお前の言うことが本当だとしたら……犯人は俺が部長の死体を発見する前に岩センを殺してたってことになるのか?」
千夏はゆっくりと顔を上げた。
「は、はい……あたしが岩井センセーの死体を見つけたのが、……部長の死体を見て、怖くて空き教室に戻ろうとしたときだったから。」
「でも、俺が部長の死体を発見してお前たちを呼びに来たとき、岩センは廊下に立ってたんだ!」
千夏はびくりと体を震わせた。
「あっ……それは……!」
スイが目を伏せ、悲しそうに告げる。
「……あの後は、千夏ちゃんが空き教室に戻るまでみんなで一緒にいたんだよね。だからその時間に殺すのは無理だよね……。」
「千夏、やっぱりお前が……!!」
俺は歯を食いしばって千夏に詰め寄った。しかし、彼女は怯まない。
「本当は違うんすよ!」
千夏は拳を握りしめ、意を決したように顔を上げた。
「だって……岩井センセーは、壁にもたれかかったまま死んでたんす!」
「は……?」
俺の思考が停止した。そしてゆっくりと回り出す。それって……つまり。
全てが覆される。
「じゃあお前は、俺が見た岩センは死体だったって言うのか!?」
俺の叫びが屋上に響き渡った。




