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「おはようございます、奥様。本日は診察の日ですよ。」
リンダの声に瞼を開ける。
寝台からゆっくりと起き上がると、冷たい空気に体が震えた。
夏が過ぎ、季節はすっかり秋になっていた。
もうすっかりリンダに起こしてもらうことに慣れてしまったな。
そう思いながら、朝の支度を始める。
今日は旦那様と夕食をご一緒できるかしら?
あのお茶を共にした日以来、旦那様は時折夕食に誘ってくださるようになった。
誰かと一緒に食べる食事は、一人の時より格段においしく感じられる。
初めてのお茶の席での緊張感もなくなり、旦那様との食事の時間を楽しみに思うようになっていた。
朝の支度を終えた私は窓を開ける。
そして庭先の花々の濃厚な甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
空を見上げると雲一つない快晴で、日差しも柔らかく心地よい風が吹いていた。
空を飛べたらどんなに気持ちがいいのだろうか。
そんな空想にふける。
「お医者様が到着されました。」
ぼんやり空を眺めていた私にリンダが静かに声を掛ける。
私は入室の許可を出し、ソファへと移動した。
背筋を伸ばして、約二週間ぶりに診察に訪れた医師を待つ。
前回、今日の診察で異常がなければ診察を終了してもいいだろうと聞いていた。
睡眠の質や食事、排せつなど多岐にわたる問診に答えていく。
「この様子ですと、普通の生活をしても大丈夫でしょう。今後の診察は必要ないですね。」
最後に医師からそう告げられ、やっと公爵夫人としての教育が始められると安堵した。
「ですが、まだまだ無理はなさいませんよう。」
これからの生活に想いを馳せる私に医師が釘を刺す。
「奥様の体調管理はこれからも、このリンダが責任を持ってやってまいります。」
医師の言葉にリンダが力強く答えてくれた。
その様子に満足げに頷いた医師は鞄を持ち客間を辞す。
長い間、診察に来てくださった医師に感謝の気持ちを伝えながらその背を見送った。
「ところでリンダ。私の教育はいつ始まるのかしら?」
医師が去ってすぐ、リンダに期待を込めた目を向ける。
「奥様、気が早いですよ。この後すぐに旦那様へお医者様が報告を上げるはずですから。早ければ明日にでもルーカスからお話が来ると思いますよ。」
少し困ったように笑うリンダの言葉に、肩を落とした。
早く公爵家の役に立ちたいと思っているのに…
テーブルマナーや日常生活のマナーはその都度教えてもらって慣れてきていたが、まだまだ知らないことが多い。
公爵夫人としての仕事も、今はリンダとルーカスに任せきりだ。
「ルーカスに早く教育を始めてほしいと伝えてもらえないかしら?」
逸る気持ちに突き動かされるようにリンダに頼んだ。
「わかりました。ですが、奥様はもっと肩の力を抜いてもいいのですよ。」
リンダから了承の言葉とともに、私をいたわる言葉を受け取った。
これ以上何もせずに世話をしてもらうばかりでは申し訳ない。
私は小さく息を吐いた。
―――――
医師の診察から一週間ほどが経った。
私は毎日リンダに「まだかしら?」と尋ねている。
返ってくるのは決まって「もう少しお待ちください。」の一言だった。
早く役に立てるようになりたいのに…
窓辺に立ちぼんやりと空を眺める。
ふと、私の耳にルーカスの足音が聞こえた。
「あ!ルーカスが来るかもしれないわ!」
私は嬉しさのあまり声を上げる。
「まぁ奥様、それではソファへ移動しておきましょう。」
初めのころは不思議そうにしていたリンダも、最近はすっかり慣れたようであった。
ソファに座りルーカスの到着をいまかいまかと待っていると、戸を叩く音とともにルーカスが入室の許可を求めてきた。
「どうぞ、お入りください。」
そう言うと、ルーカスが部屋へ入ってきた。
「おくつろぎのところ申し訳ありません。旦那様からこれからの予定についてお伝えするよう指示を受けてまいりました。」
「いよいよ公爵夫人としての教育が始まるのね!」
ルーカスの言葉を聞き、嬉しさのあまり身を乗り出してしまう。
「はい。お待たせして申し訳ありません。教育内容などを精査するのに時間がかかっておりました。」
落ち着いた声で話すルーカスに、私は期待を込めた視線を送った。
「奥様、だいぶ表情が明るくなられましたね。心身の健康が一番大切ですから焦りは禁物です。まずは最低限の知識を身につけることから始めましょう。では、これからの予定を説明いたします。」
ルーカスはそう言うと、今後の教育予定について教えてくれた。
文字の読み書き、歴史、公爵領についてなどはルーカスが講師となること。
家政、マナー、立ち振る舞いについてはリンダが講師となること。
ダンスの授業ではルーカスとリンダの指導の下で、旦那様を相手役として行うこと。
お忙しい旦那様とダンスの授業なんてできるのかしら?
その一点が引っ掛かったが、すぐに教育が始まることの嬉しさで頭がいっぱいになっていた。
明日からどんなことを学べるのだろう。
不安よりも、胸の高鳴りの方がずっと大きかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




