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目が冴えてしまったわ…
今日から始まる授業が楽しみでいつもより早く目が覚めてしまった。
リンダはもう部屋のすぐそばまで来ているようだ。
私は寝台から出てストールを羽織る。
ひんやりとした朝の空気が私の興奮を冷ましてくれるようだった。
「奥様、起きていらしたのですか?」
「楽しみすぎて目が覚めてしまったわ。」
「そうでございましたか。本日は午前中に読み書きの授業、午後からは家政についての授業ですよ。」
わくわくした様子の私を見て、微笑ましげに目を細めたリンダが今日の予定を教えてくれた。
朝食を終えると、早速ルーカスが待つ部屋へと移動する。
客間や寝室、書斎などがある棟から執務室などがある棟へは渡り廊下を通る必要があるらしい。
公爵邸の広さには毎度驚かされてばかりだ。
渡り廊下を歩く私の視界の端に素早く動く小さな影が見えた。
なにかしら?
私は足を止め、それを追って視線を動かした。
あ、あれは…子猫…?
私の視線の先には、木陰にうずくまる小さな黒猫が見えた。
「奥様、どうされましたか?」
リンダが不思議そうに尋ねてくる。
「向こうの木陰に子猫がいるの。迷い込んだのかしら?」
「子猫でございますか?私には見えませんが…きっと迷い込んだのでしょう。後で、様子を見に行かせますね。」
リンダは見えていないようだが、子猫がいるという私の言葉を信じてくれたようだ。
ほっと息をつく私の視界に見覚えのある侍女が映った。
どうやら子猫にミルクをあげようとしているようだ。
あの侍女は確か、公爵邸へ来た日に馬車に同乗してくれていた女性だ。
あの時もとても親切にしてくれた。
きっと優しい心根の人物なのだろう。
「様子を見に行く必要はなさそうだわ。助けてくれる人がいるみたい。」
少しずつ近づきながら子猫の警戒を解こうとする侍女の様子を確認し、私はリンダにそう告げた。
「承知いたしました。では奥様、授業に向かいましょう。」
「そうね。急ぎましょう。」
私は子猫と侍女から視線を元に戻すと足早にルーカスの待つ部屋へと向かった。
―――――
「大変失礼ではございますが、文字の読み書きはどの程度お出来になりますか?」
授業を開始する前にルーカスに尋ねられた。
「母に教えてもらって絵本や童話を読んだことがあります。書くのは苦手で、名前くらいしか自信がありません。」
「そうでございましたか。では語彙力を増やすことを中心に、手紙を書く練習から始めましょう。」
ルーカスはそう言うと、早速授業を開始した。
「まずは身近な人に出すつもりで書いてみましょう。奥様は誰宛に書きたいですか?」
「そうね…リンダがいいわ。日頃の感謝を伝えたいもの。」
部屋の隅で待機するリンダを振り返ると、にこりと微笑んでくれた。
本人を前にすると少し恥ずかしい。
でも、最初に手紙を送る相手として真っ先に思い浮かんだのだから仕方がない。
手紙の内容をルーカスと一緒に考えながら、便せんに丁寧に文字を書いていく。
夢中になっているうちにあっという間に授業の時間が終わった。
「本日はここまでに致しましょう。こちらの本をお持ちください。」
ルーカスから一冊の本が渡される。
貴族の子女の教育によく使われる小説だそうだ。
「明日は歴史の授業ですので、その本はゆっくりお読みください。」
本を受け取り立ち上がる私にルーカスから声がかかる。
「歴史の授業が楽しみだわ。」
そう返した私はリンダと一緒に客間に戻った。
午後のティータイムを終えた私は、客間で家政について学ぶ。
まずは主要な使用人たちを覚えることから始めるそうだ。
使用人の顔が描かれた紙と名前を照らし合わせながら覚えていく。
あの美味しい料理たちはこの料理長が生み出していたのか…!
クマのような見た目の料理長に驚きを隠せない。
獣人のような見た目だが、料理長も鳥人族らしい。
驚くと同時に、この顔と名前は忘れることはできないだろうと思った。
無事午後の授業を終えると、
「本日は旦那様との夕食ですよ。」
とリンダがこの後の予定を告げた。
今日の授業のことを聞かれるかしら?
私はそんなことを思いながら夕食用のドレスに着替え、食卓へと向かった。
―――――
「本日から教育が開始されたと聞いている。体調はどうだ?」
「体調は良好でございます。本日は手紙の書き方と使用人の顔と名前を覚える授業を受けました。教育を受けさせていただきありがとうございます。」
旦那様からの質問に、私は少し早口になりながら答えた。
「そうか。いずれは専門の講師を付ける予定だ。それまでにしっかり基礎を学びなさい。」
旦那様は満足げに頷いた後、今後の方針を教えてくれた。
「――それで…手紙は誰宛に書くのだ?」
少しの沈黙の後、旦那様に手紙について聞かれた。
「初めての手紙はリンダへの感謝の手紙にすることにしました。」
「そうか。」
私の返答に短く答えた旦那様はそれ以降口を開くことはなく、夕食が終わってしまった。
感謝の手紙の宛先は旦那様の方がよかっただろうか?
傍にいてくれるのはリンダだが、主人は旦那様である。
食事中は穏やかな雰囲気だったが、もしかしたら不快に思われていたのかもしれない。
「旦那様宛の手紙の方がよかったかしら…」
客間へ戻った私は不安のあまりそうこぼした。
「大丈夫でございますよ。」
不安でそわそわする私にリンダが即答する。
「次の手紙は旦那様宛にすると喜ばれると思いますよ。」
とリンダは笑いながら教えてくれた。
なぜそんなに笑っているのだろう?
不思議ではあったが、リンダが言うのだから本当にそうなのかもしれないと納得することにした。
その日の夜、寝台に横になった私は疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




