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初めて目が合ったあの日から数日が経った。
あれから毎日、あの窓の向こう側に旦那様の姿を見つけていた。
あの窓はどの部屋の窓なのかしら…?
今朝の庭園散策を思い出しながら、紅茶をひと口含む。
「奥様、仕立屋を呼びましたので別室に移動をお願いできますでしょうか。」
「っ…!し、仕立屋ですか?」
唐突な言葉にむせそうになる。
「突然申し訳ありません。今あるドレスでは奥様のサイズに合っておりませんので…」
けほけほとせき込む私の背をリンダが撫でながら言葉を続ける。
「今あるもので十分なのに、さらに仕立ててもらうなんて…公爵様は怒らないでしょうか?」
「旦那様の許可はとっております。外では公爵様ではなくダグラス様、もしくは旦那様と呼んでください。そして、屋敷の者以外の前では敬語もおやめください。」
必死な私に、リンダが釘をさす。
「わ、わかった…わ。」
ぎこちなくそう答えると、リンダに連れられて仕立屋が待つ部屋へ向かった。
―――――
「まぁなんて可愛らしい奥様でしょう!」
部屋に入ると仕立屋と思われる壮年の女性が声を上げた。
か、可愛い?
伯爵家では嘲笑するときに使われていた言葉だが…
仕立屋の女性からはそんな雰囲気は一切感じ取ることができなかった。
『よろしくお願いいたします。』と口からこぼれそうになるのをぐっとこらえた。
敬語を使わずにどう声をかけていいか分からない。
失礼かもしれないと思いながらも、微笑みながら着席するので精一杯だった。
「本日はどういったものをお求めになりますか?」
席に着くなり、こちらへ問いかける仕立屋。
何もわからずリンダを見上げると、お任せくださいと言わんばかりに深く頷いて見せてくれた。
「本日はデイドレスを10着ほど、それから夜会用のドレスを1着と、お茶会用のものを…」
リンダは次々と注文していく。
そんなにたくさん必要なのかしら、と眩暈がする。
色やデザインの話などになると、同じ言語を話しているのか疑いたくなるほど訳がわからなかった。
「次は採寸をこちらで行いますね。」
目を回しているうちに注文するドレスが決まったようで、衝立の向こう側へ案内される。
体の痣は薄くなったがまだ消えていない。
どうしたものかと心配していたが、服をすべて脱ぐ必要はなかった。
私はほっと胸を撫でおろす。
この時ばかりは、肌着で隠れる部分にしか鞭を打たなかった伯爵家に感謝した。
「奥様、採寸お疲れ様でございました。一度席に戻りましょう。」
痣のことを心配しているうちに手早く採寸を済ませてくれたようだ。
あっという間の出来事に少し驚きながら、もう一度ドレスを着せてもらい席へと戻る。
「奥様はとても細いので、もう少しふっくらなさっても着られるようなデザインで仕立てさせていただきますね。」
「そうですね。奥様にはもう少しふくよかになっていただかないと…」
仕立屋とリンダが声を潜めて会話しているのが漏れ聞こえてくる。
やっぱり細すぎるわよね…
その声を聞きながら、自分の腕を撫でた。
「次は宝飾品ですね。」
仕立屋が帰った後、リンダが何気なく口にした言葉に衝撃を受ける。
宝飾品も今日のような勢いで買うのだろうか…?
いったいいくらお金を使わせてしまうのだろうと気が遠くなるのを感じた。
―――――
客間へ戻った私は、落ち着くためにハーブティーを入れてもらう。
リンダの入れるお茶はどれも美味しく、心がほぐれていくのを感じる。
「奥様。お疲れ様でございました。体調はいかがですか?」
ほっと息を吐く私を見て、リンダが体調を気遣ってくれる。
「はい。少し疲れてしまいましたけど、前のように寝込むほどではありません。」
「それはようございました。でも、本日はお部屋でゆっくり過ごしましょうね。」
私の返答にリンダが少し心配した様子を見せる。
リンダはお母さんみたい…って失礼かしら?
ふとそんな考えが頭を過る。
そんな私の耳に聞き慣れた足音がわずかに聞こえてきた。
その音はどんどんとこちらへ近づいてくる。
足音は、ルーカスのものだろう。
「ルーカスが来る…?」
思わず口にした私にリンダが不思議そうな視線を向ける。
「奥様、いま…」
リンダが口を開きかけたとき、コンコンッと客間の扉がノックされる音が響いた。
「ルーカスでございます。奥様、今よろしいでしょうか?」
扉から聞こえる声にリンダは驚いた顔でこちらを見る。
「どうぞ。お入りください。」
そう声を掛けると、
「失礼いたします。」
と言いながらルーカスが部屋に入ってきた。
「おくつろぎのところ申し訳ありません。『明日、ティータイムを共にしたい』と旦那様から伝言を承ってまいりました。また、公爵夫人としての教育を始める許可はまだ出せないとのことです。」
公爵様からのお茶の誘いに一瞬戸惑ったが、そのあとに続く言葉に肩を落とした。
日がな一日やることがなく、そんな生活に申し訳なさを感じていた。
そのため、公爵夫人としての教養を身につけたいとルーカスに頼んでいたのだ。
ドレスの仕立てや宝飾品の購入などを考えると、早く公爵家の役に立ちたいのに…
私はドレスの裾をギュッと握りしめた。
「旦那様は奥様のことを心配されております。医師に健康体だと診断されれば、公爵夫人としての教育を始めてもよいとのことです。あまり急がず、今は体を優先してください。」
気落ちした様子の私にルーカスは追加で旦那様の言葉を教えてくれた。
「わかりました…」
私が健康なつもりでも、お医者様はまだまだだとおっしゃる…
まずはたくさん食べて寝ること。
そう言われても、なかなか受け入れることができない。
ただこれ以上わがままを言って困らせてはいけないと私は口を噤んだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。




