58
結婚式の翌日、私たちはラクスの街へと旅立った。
ラクスはオリエへ向かう途中、二番目に立ち寄った観光都市だ。
十七歳の誕生日祝いにいただいた別荘が完成したので、約束通りダグラス様が旅行を計画してくれた。
今回は一週間ほど滞在する予定で、レーヌやサリー、アンヌもついてきてくれている。
今日はファベルの街で一泊し、明日ラクスの街に入る。
馬車の窓から少し顔を外に出すと、涼しくさわやかな風が頬を撫でた。
「あまり顔を出しては危ない。」
ダグラス様が私の腰に手を回し、座席に戻してくれた。
「ありがとうございます。あまりに外が気持ちよさそうだったので。」
私がそう言うと、ダグラス様が目を細めて微笑んだ。
その後の旅は順調に進み、次の日の昼にはラクスの街へ到着した。
別荘は大きな湖のほとりにあり、家からのびる桟橋には船が泊まっている。
「ダグラス様…ここが私に贈られた別荘ですか?」
あまりにも立派な建物に、呆然と立ち尽くしてしまう。
「そうだ、これはラナの別荘だ。気に入ってくれたか?」
ダグラス様は何でもないことのように答えるが、現実が受け止められない。
「すごく素敵です。でも…本当に、本当にこの建物なのですか?」
「そうだと言っているだろう。気に入ってくれて嬉しいよ。」
何度も確認する私を見て、ダグラス様がいたずらを成功させた子どものように笑う。
中へ入ると公爵邸ほど広くはないが、把握しきれないほどの部屋数に圧倒された。
調度品は私好みの可愛らしく上品な雰囲気のもので統一されていた。
夫婦で過ごす寝室からは湖が一望でき、部屋から桟橋へ直接出られるような作りになっていた。
別荘の中を冒険するように見て回った後、私はダグラス様にお礼を言っていなかったことを思い出した。
「ダグラス様、私のためにありがとうございます。何もかもが素敵すぎて夢のようです。」
「ラナの様子を見ていればどれほど気に入ってくれたかわかるよ。これからは毎年ここへ来よう。」
私の言葉に満足そうに頷いたダグラス様は未来の約束までしてくれた。
それがどれほど私にとって特別なことかダグラス様は知っているだろうか。
「はい!そうしましょう!」
思わず声が弾む私の頬にダグラス様の手が触れる。
ゆっくりと顔を持ち上げられ、ダグラス様の顔が近付いてきた。
思わず目を閉じると、ふわっとしたものが唇に触れすぐに離れた。
い、今、口づけをされた…!?
私は全身真っ赤になるのが分かった。
目を瞬かせながらダグラス様を見ると、ダグラス様も驚いたような表情をしていた。
「喜ぶ姿が可愛くて、つい…嫌だっただろうか?」
ダグラス様が口元を手で隠しながらそう私に問いかけた。
その顔は今まで見たことがないほどに真っ赤になっていた。
「い、嫌ではありません…驚いただけです…」
そんな聞き方はずるいと思いながらも、何とか返事をする。
そして、思わず顔をそむけてしまった。
「船を用意したから乗ってみないか?湖を一周しよう。」
ダグラス様が咳ばらいを一つして、話題を変えてくださった。
「そ、そうですね。乗ってみたいです。」
魅力的な提案に、私も気持ちを切り替えた。
「では行こうか。」と言って私たちの部屋から桟橋へ出る。
そこに泊まっている船にダグラス様と一緒に乗り込んだ。
数十名は乗れそうなほど大きな船は安定していて、あまり揺れは感じなかった。
船で湖を一周するころには夕暮れ時になっていた。
夕日に染まった赤い湖はとても幻想的で、絵画に残したいと思うほどだった。
その後は少し湖畔を散策して別荘へと戻った。
夕食を食べ終わった私たちは夫婦の部屋でいつも通り晩酌をする。
今日ばかりは私もワインを一口いただいてしまった。
夜の静かな湖を眺めながら、自然と肩を寄せ合う。
「素敵な贈り物をありがとうございます。昨日の式とはまた違った感動がありますね。」
「ああ、そうだな。」
ダグラス様の声が静かに響く。
「私を選んでくれてありがとう。」
ダグラス様が続けた言葉になぜか胸が苦しくなった。
「ダグラス様に嫁げたことは私にとって人生最大の幸せです。私の方がお礼を言いたいくらいですよ。」
そう言いながら、ダグラス様の肩に頭をそっと乗せる。
ずっと考えていたことを話すいい機会かもしれない。
お酒を飲んでふわふわした思考の中で、私たちの将来について話してみたくなった。
「ダグラス様…」
「どうした?眠くなったのか?」
「いえ、私たちの将来について話をしませんか?」
私がそう言うと、ダグラス様の体が少し強張ったように感じた。
それに気がつかないふりをして話を続ける。
「以前、後継者については心の準備ができていないので、もう少しお時間が欲しいと話しましたよね。正直に言うと今もまだ、怖いと思う気持ちがあります。それと同時に、ダグラス様との子を抱いてみたいという思いもあるのです。」
ダグラス様は何も言わず、私の言葉を待っていた。
「ダグラス様は女の子が欲しいですか?それとも男の子?私はダグラス様に似た子であればどちらでもいいのですが。」
そう問いかけると、ダグラス様の肩の力が少し抜けた。
「私はラナに似た子であれば良い。女の子であれば甘やかしすぎてしまうかもしれんが…」
思わぬ回答に思わず笑ってしまう。
「わかる気がします。嫁にやるのも大変そうですね。」
「嫁にやるなど考えられんな。私以上の男でなければ許せそうにない。」
「そんな男性なかなかいませんよ。」
「それでも構わない。」
真面目に答えるダグラス様がおかしくて、笑いをこらえることができなくなってしまった。
「そんなに笑わなくともいいだろう。」
「ダグラス様とこうして未来の話ができるのが楽しくて。」
私は肩を震わせながらそう答えた。
すると、ダグラス様が急に真剣な表情でこちらに向き直った。
急に変わった空気にダグラス様の方を向くことができない。
「こちらを見てはくれないか?」
ダグラス様の声に体が熱くなるのを感じた。
ゆっくりとダグラス様の方へ体を向ける。
月明かりに照らされたダグラス様の目尻にはきらりと光る何かがあった。
泣いているの…?
私は思わずダグラス様の目尻についた水滴を指で拭う。
「口づけをしてもいいだろうか?」
あらためて聞かれるとどう返事していいかわからない。
私は小さく頷いた。
すると、ダグラス様が私をゆっくりと抱き寄せた。
目を閉じるタイミングを逃した私は、目前に迫るダグラス様の瞳に囚われる。
すぐに離れると思った唇はなかなか離れてはくれなかった。
息苦しくなってダグラス様の肩をたたく。
するとようやくダグラス様が身を離した。
「そういう時は鼻で息をするのだよ。」
そう言いながら、息が上がった私の背を撫でてくれる。
これが経験の差かと、少しもやもやした気持ちになった。
「口づけに慣れたら次へ進もう。後継者など、まだまだ先でいい。それよりも今はラナとの時間を大切にしたい。」
「私もしばらくは二人の時間を楽しみたいです。」
ダグラス様の言葉に胸が熱くなる。
最初は後継者を残すという条件が含まれた契約結婚だった。
でも今は夫婦としての時間を楽しみたいとお互いが思い合えている。
いずれは子どもが欲しいと思うが、そういったしがらみ抜きにダグラス様と関係が築けたことが嬉しかった。
それから一週間、二人の時間を思い切り楽しんだ。
街歩きをして、以前買ってもらった肉串をまた一緒に食べたり、一緒にお昼寝もした。
水遊びをする際に、水遊び用の肌の出る部分が少し多い服を身につけたときは大きな布で全身を覆われてしまった。外へ出さないと言われてしまい、どうしようかと思ったが、警備兵の方々が人払いをしてくれてようやく湖に入ることができた。
将来について語り合った夜から毎日のように口づけを交わしているが、いまだ慣れることはできない。
ダグラス様も私の慣れない反応を楽しんでいるようだった。
そして一週間が経った後、私たちは公爵邸への帰路についた。
まだまだこの夢のような時間を満喫したかったが、公爵邸で過ごす日々も私は大好きだ。
公爵夫人としての日常に戻るのも嫌いではない。
だって、使用人の皆が支えてくれるから。
それに、ダグラス様もいる。
将来的には子どもが生まれ、賑やかになりそうだ。
これから先も一つ一つ大切なものが増えていくのだろう。
そんな未来に希望を抱きながら、公爵邸の門をくぐった。
本編はここで完結です。
明日、21時にエピローグを投稿します。
最後までお読みいただきありがとうございました。




