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結婚式の日の朝。今日、私は十八歳となった。
いつもより早く起こされた私は、サリー、アンヌの手によって全身を磨き上げられた。
簡素なデイドレスに着替え、とりあえず外に出られる程度に身支度を整える。
窓の外に目をやると、式にふさわしい雲一つない晴天が広がっていた。
この後はダグラス様と共に街の大聖堂に移動して、そこで婚礼の準備を整える予定になっていた。
ダグラス様が待つ玄関ホールへと向かうため、急いで部屋を出る。
玄関ホールにはすでにダグラス様が立っていた。
軽く後ろに流した髪がひと房垂れている。
そんな姿にもときめいてしまう。
「お待たせしてすみません。」
私が弾む息を整えながら謝罪すると、ダグラス様に頭を撫でられた。
「気にするな。まだ時間はあるから大丈夫だ。水でも飲むか?」
「ありがとうございます。大丈夫ですから、行きましょう。」
ダグラス様の腕をつかみ、私たちは外で待つ馬車へと歩き出した。
――――
街で一番の大聖堂が今日の式の会場だ。
大聖堂に到着した私たちはそれぞれの控室へと分かれた。
婚礼衣装に袖を通した後、髪と化粧を整えてもらった。
姿見で全身を確認すると、鏡に映る私は美人すぎて自分ではないようだった。
化粧と衣装の力だろうか。
鏡台の前に戻り、公爵夫人に代々受け継がれてきた揃いの装飾品と白い手袋を身につけた。
そして長いヴェールを頭にかけてもらい、婚礼の準備は整った。
ここまできたら後は流れに身を任せるだけだ。
昨日まで感じていた緊張感はもうない。
期待や希望だけが胸に残っていた。
参列者たちは、大聖堂へ案内されている頃だろう。
参列者については、リンダが対応してくれているはずだ。
ルーカスや料理長は屋敷で、この後の祝宴の準備を整えてくれているだろう。
レーヌは大聖堂へ入場する直前まで私の傍に控えてくれる。
サリーとアンヌは式中もドレスの裾を整えるために、ずっとそばに控えているそうだ。
そんなことを考えていると、控室にお母様が訪ねてきた。
「式の前にごめんなさいね。ラナちゃんが緊張していないかと心配で…って、まあ!よく似合っているわね!いつもの可愛らしい雰囲気も好きだけれど、今日は神々しいほど美しいわ。」
部屋に入るなり話し出したお母様がうっとりと頬に手を当てた。
「ありがとうございます。お母様のおかげで緊張が解けたようです。」
私が微笑むと、お母様も微笑み返してくれる。
「本当のお母様の役目を取ってしまうようで申し訳ないのだけど、私がヴェールを顔に下ろしてもいいかしら?」
「ええ、もちろんです。ぜひお願いします。」
お母様の申し出をありがたく受ける。
「じゃあ少し触れるわね。ダグラスからあなたの生い立ちは聞いているわ。よく頑張ったわね。そしてダグラスのもとへ来てくれてありがとう。」
私のヴェールをゆっくりと顔に下ろしながら、お母様が優しい声音で声を掛けてくれる。
その言葉に、不覚にも涙が込み上げてきた。
ここで泣いてはせっかくの化粧が落ちてしまう。
私は深く息を吐きながら目を瞬かせた。
「お母様…ダグラス様と出会えて私は幸せを知りました。私はこれからの一生を使ってダグラス様を幸せにするつもりです。ぜひ見守っていてください。」
私はお母様をヴェール越しに真っすぐ見つめた。
「うちのお嫁さんはかっこいいのね。そう言ってもらえて嬉しいわ。じゃあ私は先に大聖堂で待っているわね。」
お母様はそう言って私に片眼を閉じて見せた後、控室を出て行ってしまった。
私の決意をお母様にも聞いてもらえてよかった。
さあ、いよいよ式本番だ。
気持ちを切り替えて、しっかりとダグラス様の隣へ立たなければ。
「もうそろそろお時間です。」とリンダが知らせにきたのは、お母様が出て行ってから数分後のことだった。
ダグラス様は手順通り先に入場して祭壇の前で待ってくれている。
私はリンダの案内で大聖堂につながる扉の前までゆっくりと移動する。
扉が開けば、一人でダグラス様のもとへ歩いていかなければならない。
一度手元に持ったブーケに視線を落とし、一呼吸ついた。
「準備はよろしいですか?」
リンダの言葉に私は一度頷いた。
すると目の前の大きな扉が開かれた。
厳かな音楽と参列者の拍手の音が響く。
皆が私に注目していた。
ダグラス様も真っすぐ私を見つめていた。
ダグラス様が唇を小さく動かしたのが見える。
『おいで』そう言われたような気がした。
私は真っすぐ前を見据え、一歩一歩ゆっくりとダグラス様のもとへ歩いていく。
ダグラス様のもとへたどり着き、ブーケから一輪の花をダグラス様の胸にさした。
私たちはしばしの間見つめ合う。
周囲の音は、もう何も聞こえない。
白い軍服に同色の手袋。
服には金の刺繍が繊細に施され、その胸元には勲章がたくさん並んでいた。
あまりの美しさに目がくらみそうだ。
ぼーっと見惚れている私の耳元にダグラス様が唇を寄せた。
「綺麗だ。すぐに屋敷にさらってしまいたいほど…」
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、理解した瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。
「そろそろこちらを向いてください。」
司祭様が小声でそう言った。
思った以上に私たちは見つめ合っていたらしい。
ダグラス様と合わせていた視線を逸らし、二人で司祭様の方へ身を向ける。
そして二人で祭壇の前へと一歩進んだ。
司祭様は満足そうに頷くと、祝福の言葉を述べ始めた。
私たちは少し俯き、その言葉に耳を傾ける。
祝福の言葉が終わると、次は誓いの言葉に移る。
司祭様が誓いの言葉を読み上げ、私たちに問いかけた。
ダグラス様と私はそれにはっきりと大きな声で「はい、誓います。」と返した。
「夫婦としての誓いを立てた二人に神の祝福があらんことを。」
司祭様がそう言うと参列者の皆様から拍手が湧き起こった。
「では、誓いの口づけを。」
司祭様にそう言われて、私たちは互いに向き合った。
結婚してはいるものの、口づけなどしたことがない。
それにいろいろな人が見ている前でなんて…
でも、式を止めるわけにもいかない。
私は観念して、ヴェールを上げやすいように少し頭を下げた。
ダグラス様の手がゆっくりとヴェールを上げてくれる。
火照った顔を隠すこともできずにダグラス様を見上げると、彼が一瞬息をのんだような気がした。
そっと肩に手を置かれ、ダグラス様の顔がゆっくりと近づいてくる。
思わず目を閉じた次の瞬間、唇に温かくて柔らかいものが触れた。
それはすぐに遠ざかり、私はゆっくりと目を開く。
目の前に見えたダグラス様は微笑んでいて、今自分が何をしているのか忘れそうになるほどだった。
口づけとはこんなにも幸せな気持ちになるものなのか…
私はふわふわした気持ちのまま、再び祭壇の方へ向き直った。
その後、私たちはつつがなく式を終えることができた。
大聖堂から退場すると、四頭立ての馬車が外に用意されていた。
大聖堂の外には街の人々が集まってくれていて、皆が祝福の声を掛けてくれた。
こんなに一身に祝福を浴びるのは初めてだ。
不思議な高揚感とともに馬車に乗り込んだ。
馬車には屋根がなく、公爵邸に続く道には私たちを一目見ようと大勢の領民が集まってくれていた。
「手を振ってやれ。」
ダグラス様が集まった人々に手を振りながら、そう言った。
少し恥ずかしいが、手を振ってみる。
すると手を振った方向にいる人々から歓声が上がった。
そんなに喜んでもらえるものかと驚きで目が丸くなった。
公爵邸に着くと、婚礼衣装から祝宴用のドレスに着替え、髪も結いなおしてもらう。
その間に、参列者の皆様がこちらに移動してくると聞いていた。
式には出席していなかった貴族のご婦人方もこの祝宴から参加されるそうだ。
祝宴では挨拶もそこそこに、ダグラス様が陛下や王太子殿下、第二王子殿下に取り囲まれていた。
私も王妃殿下やお母様から先ほどの式の感想などを聞かされていた。
最初に見つめ合っていたあの瞬間にときめきを感じたと言われた時には、恥ずかしさから思わず顔を両手で覆ってしまった。
王妃殿下の次は、アシペトル侯爵夫妻と挨拶を交わした。
侯爵に戦時中の私の活躍について武勇伝のように語られてしまい、ご婦人方から称賛の声を受けることになったのもなかなかに恥ずかしかった。
その後も、挨拶回りやダグラス様とのダンスなど社交をこなしているうちに、いつの間にかお開きの時間となった。
来てくださった方々に、ささやかながらお礼の品を手渡しながらお見送りをする。
全員を送り出すころにはすっかり夜も更けていた。
昨日の寝不足もあり、もうすぐにでも眠ってしまいたい。
「本日はよく頑張ったな。」
「ダグラス様もお疲れさまでございました。」
私たちは互いをねぎらい、その日は疲れすぎているという理由でそれぞれの部屋で休むことになった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




