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母が去ってから二週間ほど経ったある日のこと。
私は夕食をとる部屋へと向かっていた。
まだ陽は高く、夕食の時間まではまだまだ時間がある。
レーヌに何かあるのかと尋ねてもやんわりとごまかされてしまった。
なんだろうかと考えを巡らせるが、これといった答えは見つけられなかった。
部屋の前へ到着すると、いつもは扉を開けてくれるレーヌが私の後ろに下がった。
「奥様、扉をお開けください。」
そう言われ、おそるおそる扉を開いた。
「ラナ、お誕生日おめでとう。」
部屋に入るや否や待ち構えていたダグラス様から声が上がる。
「おめでとうございます!」
ダグラス様の後ろに控えていたルーカス、リンダ、サリー、アンヌからも祝福の声が上がった。
レーヌを振り返ると、にこりと微笑みが返ってきた。
「奥様、お誕生日おめでとうございます。ささやかではありますが、奥様の誕生日祝いの席を設けさせていただきました。」
まだこの状況が理解できていない私にレーヌが説明してくれる。
テーブルを見れば、私の好物ばかりが並んでいた。
「本日は腕によりをかけて料理をご用意いたしました。最後にチョコレートケーキもございます。」
いつの間にか部屋に入ってきていた料理長が帽子を取り、一礼した。
私のために祝ってくれる人がこんなにもたくさんいる。
その事実に胸が震えた。
周囲を見渡すと、皆が笑顔で手をたたき祝福してくれていた。
「あ、ありがとうございます。」
私は言葉に詰まりながらも何とか感謝を伝えた。
「そんなところに立っていないで、こちらへ来なさい。本日はラナの誕生日祝いなので、皆と一緒に食事を楽しもう。」
ダグラス様は私に近づくとそう言って、部屋の奥へと私を連れて行ってくれた。
「今日は皆と一緒に食事ができるのですか?こんなふうに皆と食卓を囲めるなんて嬉しいです。」
レーヌ、サリー、アンヌは年が近いこともあり、一方的に友人のように思っていた。
ルーカスやリンダのことも親のような存在だと思っていた。
そんな人たちと一緒に食事をとり、誕生日を祝ってもらえる。
それは私にとってこの上ない贈り物だった。
「喜んでもらえて嬉しいよ。祝いの宴でも開こうかと思ったが、それでは時間がかかりすぎる。このようなささやかな場になってしまい申し訳ない。」
「いえ、毎年この形がいいです。皆と一緒に食事をして、笑い合える。こんなに素敵な贈り物は他にありません。」
本当に申し訳なさそうにしているダグラス様には悪いが、私は心の底からこれでよかったと思えた。
「だから申しましたでしょう。奥様は華美な祝宴などより、ささやかなものを好まれると。」
「そのようだな。私よりもよっぽどリンダの方がラナのことを分かっている。」
なぜか勝ち誇ったようなリンダとは対照的に、ダグラス様が項垂れる。
「ダグラス様、そのように落ち込まないでください。気持ちはとても嬉しいです。それに、先日お互いのことをもっとよく知っていこうと話したばかりではありませんか。」
ダグラス様の手を両手で包み込み、その顔を見上げる。
「そうだったな。祝いの場で申し訳なかった。では食事を始めるとしよう。本日は無礼講だ。後で贈り物もあるから楽しみにしていてくれ。」
ダグラス様が声を掛けると、各々が席に着いた。
しばらくの間、皆と楽しくおしゃべりしながら料理を食べる。
ルーカスとリンダの夫婦喧嘩の話や、レーヌやサリー、アンヌの恋の話も聞かせてもらった。
いつものダグラス様との二人きりの食事も良いが、こんな風に賑やかな食事も悪くない。
むしろ定期的にこのような場を設けてほしいくらいだ。
食事も一段落つき、残すはデザートのみとなった頃合いで、皆からの贈り物を受け取ることになった。
一度立ち上がり、皆が私の周りに集まってくる。
レーヌ、サリー、アンヌの三人からはラベンダーの香りのするロウソクを、リンダとルーカスからは西方から取り寄せたという、なめらかで肌に吸い付くような織物をもらった。
この織物で寝るときの衣装を作るのが王都で流行っているそうだ。
確かにこの生地で作った服を着て寝れば、熟睡できそうだ。
「皆、ありがとう。大切に使うわ。」
自然と笑顔がこぼれる。
その時、ふいにダグラス様が私の腰に手を回した。
「私からの贈り物を忘れていないか?」
耳元でささやかれた声に顔が上気していくのを感じた。
「いえ、忘れてなどおりません。」
実は少し忘れていたが、それを馬鹿正直に言ってはまずいと思った。
「まあいいだろう。オリエへ向かう途中に観光都市を散策したのを覚えているだろうか。結婚式の後、そこへ観光に出かけないか?」
「もちろん覚えております。見てみたいと言った私の言葉を覚えてくださっていたのですね。ぜひ行きたいです!」
どうやらダグラス様の贈り物は旅行のようだ。
私の言葉を覚えていてくれただけでなく、それを叶えてくださるなんて…
私は感動で胸がいっぱいになった。
「ああ。忘れるわけがないだろう。そこにラナ名義の別荘を建てている。結婚式が終わる頃には完成するだろう。」
ダグラス様の言葉が一瞬理解できなかった。
「贈り物は旅行ではないのですか…?」
嫌な予感がして確認すると、ダグラス様が不思議そうにこちらを見た。
「旅行はおまけだ。別荘が誕生日祝いだ。」
その言葉を聞いて、私は眩暈がした。
「ラナ!」
ふらりと倒れそうになる私の体をダグラス様が支えた。
「旦那様、やはり奥様に一度相談なさってからの方がよかったのではないですか。」
ルーカスの声が遠くに聞こえる。
「いやしかし…」
ダグラス様が何かを言いかけたが、その言葉は聞き取れなかった。
意識が遠のいていく…
「奥様、お気を確かに!」
リンダが私の肩をつかみ、必死に声を掛けてくれた。
その声に意識が浮上し始める。
「あ、あの、私は…」
思ったように声が出せない。
「ラナ!気がついたか。いったいどうしたというのだ。別荘は気に入らなかったか?」
ダグラス様の少しずれた問いにまた眩暈を覚えた。
「旦那様、そういう話ではございません!奥様の性格をお考えください!」
リンダが私の代わりにダグラス様に抗議してくれた。
「お気持ちは嬉しいのですが、そのような規模の大きな贈り物を受け取るのは初めてで…できればもう少しささやかなものの方が嬉しいです。」
リンダの言葉に続けて、自分の気持ちを伝える。
私はようやく眩暈がおさまり、自分の足で立てるようになった。
「そうだったのか…ラナのことを理解できておらず申し訳ない。」
ダグラス様は信じられないというような表情を見せた後、首を垂れた。
「そ、そんなに落ち込まないでください。贈り物を嬉しく思う気持ちは本当ですから!」
そんな姿を見ていたくなくて、慌てて弁明する。
「本当に嬉しいか…?受け取ってくれるのか?」
ダグラス様が眉尻を下げてこちらを覗き込んだ。
その表情は叱られた子供のようだった。
そんな表情をするのはずるい。
受け取らざるを得ないではないか。
「はい。喜んで受け取らせていただきます。ありがとうございます。」
私がそう言うと、ダグラス様が花がほころんだような笑顔を見せてくれた。
素敵な贈り物をいただいたが、私にとってはダグラス様の笑顔が一番の贈り物だ。
来年は控えめなプレゼントにしてもらえるように、あとで念押ししておこう。
そう心に誓った。
最後までお読みいただきありがとうございます。




