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鷲の里の話が一段落ついた後、ダグラス様がもう一つ大切な話があると切り出した。
「来年、雨期に入る前のよく晴れる時期――春の月のちょうど真ん中の日に結婚式を挙げることになりました。」
つい先日、王族の方々との調整が終わり、式の日取りが決まったばかりだった。
どんな反応が返ってくるのか期待に胸を膨らませる。
母は何度か瞬いた後、頬を赤く染めた。
「まあ!素敵なお話だわ。婚礼衣装を着たラナの姿を見られるなんて…」
少し涙ぐみながら話す母に、私もつられて涙腺が緩まる。
「前に会った時よりも距離が縮まったような気がしていたのよ。」
頬に手を当て、母が重なったままの私たちの手に視線を移した。
そういえば、先ほどの話し合いの途中で重なった手をそのままにしていた。
恥ずかしいが、ダグラス様の手は離れて行かない。
むしろ、ダグラス様はその手に力を込めていた。
「お母さんは式に来てくれるの?」
「それは、――難しいかもしれないわ。身元が割れないようにするにはあまり公の場に出ないほうがいいと思うの。私は絵姿だけ後で見せてもらえれば十分だわ。」
母は少し考え込んだ後、そう言った。
「そうだよね…」
お母さんに婚礼衣装を着た姿を見てほしかった。
でも私のわがままでお母さんを危険な目に遭わせてしまってはいけない。
私はそんな思いをすべて飲み込み、笑顔を作った。
「では、別日に三人だけの結婚式をしましょう。レイラ殿の旅が落ち着いたころ、また公爵家に招待します。その時に、屋敷内でささやかな式をするのはどうでしょうか?」
ダグラス様の思わぬ提案に私たち母娘は顔を見合わせた。
「わざわざそんなことをしていただいてもいいのでしょうか?私は嬉しいのですが…」
母の言葉に私も頷いて同意を示す。
そんなに都合のいい話があっていいのだろうか。
私は期待を込めた目でダグラス様を見つめた。
「もちろんです。レイラ殿にも祝福していただきたい。ラナもそれを望んでいる。これ以上の理由が必要でしょうか。」
「いえ。そこまで私たち母娘のために心を砕いてくださり、感謝の言葉もありません。ラナは幸せ者ですね。」
母はダグラス様に頭を下げた後、私に微笑みかけた。
「ええ。幸せよ。」
私は母の目を真っすぐ見つめてそう返した。
母の優しい眼差しが私の涙腺を刺激する。
「それなら安心して旅に出られるわね。」
「たまには手紙も書いてよね。」
穏やかに微笑む母の表情を見て、二度と会えないような気持ちになった。
「ラナ、そんなに悲しい顔をしないでちょうだい。」
母が私に腕を伸ばし、目尻に溜まった涙を指で拭ってくれた。
「もちろん手紙も書くけれど、一生会えないわけでもないのだから悲観することはないわ。婚礼衣装を着た姿も見せてくれるのでしょう?」
その言葉に幾分か気持ちが軽くなった気がした。
「そうよね。これが最後というわけではないものね。そういえば、三日ほど滞在すると聞いているけれど、何かしたいこととか行きたい場所はあるの?」
私は気を取り直して、母に尋ねた。
すると母は思いもよらない訪問目的を教えてくれる。
「そうなの!やりたいことがあって来たのよ。ラナ、三か月も遅れてしまったけれど、十七歳のお誕生日おめでとう。お祝いをしたくて、これを受け取ってくれるかしら?」
母から差し出された小箱を受け取り、中を見るとそこには見たこともない模様が刻まれた小ぶりなブローチが入っていた。
「お母さん、これは…?」
「誕生日の贈り物よ。これは私の母――ラナの祖母から受け継いだ大切なブローチなの。公爵家ではもっと素敵なものをいただいているのでしょうけど…」
母がそこまで言いかけた瞬間、ダグラス様がガタンと音をたてて立ち上がった。
何事かと見上げるとその目は見開かれ、顔色が少し青ざめて見えた。
「どうされたのですか…?」
「ラナ、誕生日はいつだ?」
縋るように肩をつかまれたが、どうしたのだろうか。
「ちょうど三か月前ですが…」
「なんだと!それではもう過ぎてしまって…いや、婚姻してから一年がたっているのだから当然か。なぜ気がつくことができなかったのか…」
ダグラス様はなぜか項垂れてしまっている。
あの時は戦時中で、ダグラス様も家に不在だった。
折を見て話そうとは思っていたが、こんな反応を返されるとは予想外だった。
「ラナ、誕生日のこと伝えていなかったの?結婚式の日取りがちょうどあなたの誕生日に重なるから、てっきり…」
母が小声で話しかけてくる。
「ちょうど戦時中だったし…そんなに大切な話でもないから…」
言葉を探すが、何を言っても言い訳にしか聞こえない。
この状況、どうしたらいいのだろうか?
「ダ、ダグラス様…あまりお気になさらず…」
「いや、気にする!大切な妻の誕生日を知らぬまま過ごすなどあってはならない失態だ。公的な書類に誕生日が載っていないことは確認済みだった。その時点でラナに誕生日を聞いていれば…すまない。」
ダグラス様は歯噛みしながら私に頭を下げた。
「本当に気になさらないでください。それに私だってダグラス様の誕生日を知りません。」
「そうか…そうだったな。私の誕生日は毎年特に何もしていないから、知らなくとも当然だ。これからは、お互いのことをもっと知る時間が必要なのかもしれない。」
少し落ち着いたダグラス様は私の肩から手を放し、再びソファに腰を下ろした。
「それで、ダグラス様の誕生日はいつなのですか?」
「私は秋の月の十日だ。」
それならばちょうど、私が療養していた時期と重なる。
あれから、一年も経つのか…
「では、もうすぐですね。今年はお祝いさせてくださいね。」
私がそう言うと、ダグラス様が勢いよくこちらを向いた。
「いや、その前にラナの祝いだろう。すぐに祝いの席と贈り物を用意する。何か欲しいものはあるか?」
ダグラス様の勢いに、思わず身をそらしてしまう。
「そ、そんなにたいそうなものは必要ありません。お祝いしてくださる気持ちだけで十分です。この話は来年にしましょう。」
「いや、遅れてしまったとしても、何かお祝いしたい。」
「それならば、チョコレートケーキがいいです。明日の夕食のデザートにでもいかがでしょうか?」
何か言わなければこの話は終わらなさそうだ。
私は必死に欲しいものを考えるが、食べ物しか出てこなかった。
その後、なんとか祝いの席はいらないとダグラス様を説得した。
最後には納得してくれたようだったので、私はほっと息を吐いた。
これからは、きちんと自分の話をしよう。
そしてダグラス様のこともきちんと聞こう。
改めてそう思った。
―――――
話し合いが終わって一息ついた後、私たち母娘は庭園を散策することになった。
サリーとアンヌが私たちのために日傘を差してくれていた。
レーヌも後ろに控えてくれている。
「私までこんな扱いをしてもらっていいのかしら?」
母が恐縮したように肩をすくめた。
「もちろんでございます。奥様のお母様ですもの。」
レーヌがなぜか誇らしげにその問いに答えた。
庭園にはゼラニウムやダリアなど色とりどりの花々が咲き誇っている。
以前オリエの街へ母に会いに行ったときに、庭園を案内するという約束を果たせて大満足だ。
それから三日間、街へ行ったり、ただただおしゃべりをしたり、会えなかった日々を埋めるように過ごした。
この時ばかりは、寝るときも母と一緒の寝台で眠った。
小さいころに戻ったようで、心休まる日々だった。
滞在が終わると母はあっさりと去って行ってしまった。
次に会えるのはおよそ一年後。
公爵家の馬車でオリエへ戻った後は、すぐにでも旅立つそうだ。
私は離れがたい気持ちを押し込め、旅立つ母を笑顔で見送った。
最後までお読みいただきありがとうございます。




