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今日は母が公爵邸にやってくる日だ。
母からこちらに来たいという手紙をもらってから二か月ほどが経過していた。
ダグラス様の予定に合わせてもらう都合で、季節はもう夏になってしまっていた。
母が到着したらまず何から話そうか。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園はぜひ見てもらいたい。
私の翼を見たらどんな反応をするだろうか。
座っていられずに部屋の中をぐるぐる歩いてしまう。
「奥様のお母様を乗せた馬車が到着したようです。」
「すぐに行くわ!」
レーヌの知らせにいても立ってもいられず、すぐに部屋を出た。
玄関ホールに着くと、リンダに荷物を預ける母の姿を見つけた。
「お母さん!」
「ラナ…!?あなた、その翼…」
母の胸に飛び込むと、抱きしめてくれた。
それと同時に戸惑いの声が聞こえる。
「お母さん、黙っていてごめんなさい。翼については今から話すわ。場所を移しましょう。」
戸惑う母を連れ、自室へと戻った。
後でダグラス様も交えて話し合いの場を設けるが、まずは私の口から説明したかった。
「ラナ、何があったの?誰かに無理強いされたわけではないわよね?」
私の部屋へ着くなり、母が私に詰め寄る。
「お母さん、落ち着いて。理由を説明するから一度座りましょう。」
興奮気味の母をソファに座らせ、サリーに気持ちが落ち着くハーブティーを淹れてもらう。
そして母と二人きりになるため、レーヌとサリーを下がらせた。
母がハーブティーに口をつけたのを確認して、私もひとくち口に含む。
「落ち着いて聞いてほしいの。つい最近戦争があったのは知っているわよね。」
「もちろんよ。きっとアクイラ公爵様も出陣されたと思って、心配していたの。そこで何かあったのね?」
母が心配そうにこちらをうかがった。
そして私は、翼の封印を解いた経緯を母に説明した。
母は瞳に涙を浮かべながら、黙って私の話を聞いてくれた。
「辛い思いをしたのね。でも愛する人のためによく決断したわ。さすが私の娘ね。」
最後まで聞いた母が私の傍へ来て、抱きしめてくれる。
「鷲の里やお母さんを巻き込んでしまうかもしれないわ。迷惑をかけて本当にごめんなさい。」
鼻の奥がツンと痛んだ。
「そんなこと気にしないで。ラナの決断は正しかったわ。それに、どうなるかはわからないけれど、アクイラ公爵様がきっとラナを守ってくれる。」
母が私から体を離す。そして、母の視線が私の瞳を真っすぐ射抜いた。
「お母さんのことは私が守るわ。もしもの時はここで一緒に暮らしましょう。」
「嬉しいけれど、その心配は必要ないわ。私は自由を愛する鷲だもの。もしもの時はどこへでも飛んで行けるわ。鷲の里に帰るのもいいわね。あなたもいつかその翼で見に行ってみなさい。」
母の声は明るく、本心からそう思っていることが伝わってきた。
母はいつだって私に頼ってはくれない。
それが少し歯がゆかった。
「それよりも、ラナの翼は多くの人の目に留まったのよね。なにか苦労はない?」
「それは今のところ問題ないけれど、王宮から翼についての説明を求める書状が届いているわ。ここからの話はダグラス様を交えて話し合いたいの。」
「やっぱり…」
母はそうつぶやくと眉間にしわを寄せ黙り込んでしまった。
私は部屋に備え付けられたベルを鳴らしてレーヌを呼び、ダグラス様を呼びに行ってもらった。
「お母さん、今聞くことじゃないかもしれないんだけど…商家の跡取り息子に告白された件って、その後どうなったの?」
沈黙に耐え切れず、私は母に気になっていたことを尋ねた。
「え、ああ、あの話ね。あれ以来、何も問題ないわ。結婚するつもりはないもの。家族はラナがいてくれたら十分よ。」
母はそう言うが、本当に大丈夫なのだろうか。
「暮らしづらくなったりしていない?」
「そんなことあるわけないじゃない!面白いこと考えるのね。」
私の心配を母が笑い飛ばした。
本当に困っていないように見える。
すべてを信じることはできないが、そこまで深刻な状況ではなさそうだと胸を撫でおろした。
「それならいいけれど…」
私がそう口にしたその時、部屋の扉が叩かれた。
「ダグラスだ。入っても良いか?」
「はい!」
私の返事を聞いてダグラス様が部屋に入ってくる。
ダグラス様が入ってくると、母が席を立って頭を下げた。
「レイラ殿、楽にしてください。」
「ありがとうございます。」
ダグラス様の言葉を受けて、母がゆっくりと頭を上げる。
私とダグラス様が着席してもなかなか座ろうとしない母を何とか座らせて、話し合いを始めた。
「まずは、謝罪を。ラナを守り切れず、申し訳ありませんでした。」
ダグラス様が深々と母に頭を下げた。
「頭を上げてください。ラナは強い子です。この度の決断についても誇りに思います。」
「それでも守りたかった…!翼の封印を解かせてしまうような事態になったのは私の落ち度です。」
ダグラス様が膝の上に置いた拳を強く握りしめていた。
「そう思っていただけるのであれば、これからの話をしましょう。ラナを守るために。」
母の言葉にダグラス様が息をのむ。
「そうですね。では、王宮へ報告を上げる話もお聞きになりましたか?そのことについて相談させていただきたい。」
「聞いております。かつて自由を選んだ鷲の一族の末裔だということを隠すことはもう叶わないと思いますが、翼の封印と鷲の里の詳細については秘匿させていただきたいです。平穏に暮らす鷲たちの自由を奪いかねませんから。」
母の話を真剣な表情で聞いたダグラス様は、あごに手を当て考え込んだ様子だった。
「――では、ラナとレイラ殿がかつて自由を選び王国を去った鷲の一族の末裔であることのみ伝えることにします。なぜ、翼が突然大きくなったかについては、不明ということにしておきましょう。鷲の里については秘匿します。すべてを説明せずとも良いでしょう。」
「それで事が済むでしょうか?ラナに負担がかかることはありませんか?」
ダグラス様の言葉に母が疑問を投げかける。
私もその説明で王家の方々が納得するとは到底思えなかった。
「大丈夫です。我が家は古い盟約のもと、王家と対等の関係を築いてきました。追及されても答えなければいいだけです。もしもラナやレイラ殿に不都合が生じれば、この国を捨てる覚悟もできております。独立国を築いてもいいし、他国へ亡命してもいい。公爵という立場を捨てる覚悟もできております。」
ダグラス様は硬い表情でそう言うと、隣に座る私の手に自分の手を重ねた。
「そこまでラナのことを…。――わかりました。ではアクイラ公爵様に判断をお任せいたします。」
母が私たちの重ねられた手に一瞬視線を向けた後、ダグラス様を見据えた。
「お任せください。もっとも、そんな事態に陥ることはないでしょうが…ほかに何か配慮すべきことはありますか?」
「私のほかにもきっと人里に紛れて暮らす鷲がいるはずです。その者たちに迷惑が掛からないかが心配です。それに隠れた鷲を探すような動きがあれば無関係の一般人を巻き込んでしまう可能性も…」
母の言葉に指先が冷えていく。
そこまで考えが及ばなかった…
ダグラス様も隣で驚きを隠せない様子だった。
「その通りですね…。鷲を騙る者が現れる可能性も考えられるでしょう。」
ダグラス様が眉間にしわを寄せる。
「――情報を伝える相手は限定するべきでしょう。まずは私が国王のみに伝え、王太子へ伝える時期については国王の判断に任せる。ほかには、私が認めた者のみに最低限知らせることにします。そうすれば、無関係の民が巻き込まれる可能性も低くなるはずです。」
少しの間を置いた後、ダグラス様が続けた。
「わかりました。ご配慮いただきありがとうございます。」
「完璧とまでは言い切れませんが、レイラ殿の憂いを一つでも多く取り除けるように最大限の努力をいたします。」
頭を下げるダグラス様に、母も納得してくれたようだった。
「現在の王は貴族の手綱をうまく握っておられる。それにアクイラ公爵家を敵に回すような者はいないでしょう。ただ、今の暮らしのままでレイラ殿を守れるか…それだけが心配です。できれば護衛を付けさせていただき、公爵邸で暮らしていただきたい。」
ダグラス様の心配はもっともだ。
私の母であるということは、すぐ調べればわかるだろう。
オリエの街での一人暮らしは危険すぎる気がした。
「心配無用です。私は旅に出ようと思います。まずは船で西の大陸へ行こうかと…いざとなれば翼の封印を解き、鷲の里へ帰ることもできます。護衛がついていては、やましいことがあると逆に怪しまれてしまうかもしれません。」
母が旅に出ようとしていたなど初耳だ。
私は開いた口がふさがらなかった。
「ですが、女性の一人旅は危険です。私個人が信頼を寄せている傭兵を護衛として雇ってはどうでしょうか?決して公爵家とのつながりがあると知られることはありません。支度金も用意します。」
「そうですね。それであればお願いしようかしら。でもお金はいりません。私にも蓄えはありますから。」
頑なな母の態度に胸が苦しくなる。
「お母さん、お願いだから支度金を受け取って。親孝行させてほしいの。」
「あなたの稼いだお金ではないでしょう。」
私の言葉に母が鋭く指摘を返した。
「そ、それは…」
私は返す言葉もなかった。
「いえ、ラナは公爵夫人としての仕事をすでに立派にこなしています。その正当な対価として、公爵夫人用の予算が割り当てられています。ですので、今回お渡しする支度金もラナが稼いだお金といっても過言ではありません。」
予想外のダグラス様の言葉に喜びで胸がいっぱいになった。
そうだ。私は自分の力で仕事をこなしているではないか。
「お母さん、私はきちんと仕事をしているわ。親孝行と思って受け取って。」
「ラナ、立派になったのね…そこまで言ってくれるのならありがたく受け取るわ。でも、これ以上の援助は不要よ。」
やっとわかってくれた母に胸のつかえが下りた。
その後は母から鷲の里についていろいろと聞かせてもらった。
断崖絶壁に集落を築き、魚を捕って生活していることや幼馴染の話、親族の話など、どれも興味深かった。
母に鷲の里へ一緒に帰るかと聞かれたときは空気が凍ったが、私がすぐにダグラス様の隣を離れるつもりはないと言い切ったので、その話はすぐに立ち消えとなった。
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