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今日は何の予定も入っていない。
このひと月で、戦後の復興支援や負傷兵の受け入れ対応は一区切りついていた。
まだ少しやることは残っているが、以前の生活が戻りつつあった。
自室で朝食を食べながら、今日は何をしようかと思いを巡らせる。
ダグラス様は戦後処理や溜まっていた執務を片付けるのに忙しく、あまり一緒に過ごせていない。
結婚式の準備についても、日程がまだ決まっていないためできることは少ない。
借りてきた本は読み終わってしまったし、他にやりたいことも思いつかなかった。
庭園を散策するのも悪くないかもしれない。
そういえば、ひと月ほど前にバラが見ごろだと庭師に教えてもらっていたのに見に行けていなかった。
まだ美しく咲いている姿を見られるだろうか。
それともフェリクスとあの遊び場で遊ぼうか。
フェリクスは二週間ほど前から、また私の部屋で一緒に生活していた。
療養のおかげかフェリクスは健康的な体型に戻っており、以前より活発に動くようになっていた。
「レーヌ、このあと庭園を散策しようと思うのだけれど、バラはまだ咲いているかしら?」
近くに控えていたレーヌに尋ねてみた。
「遅咲きのものでしたらまだ咲いているかと。見ごろは過ぎてしまいましたね。」
「そうなのね。もっと早く見に行けばよかったわ。」
レーヌの言葉に、やはり遅かったかと肩を落とす。
やっぱりフェリクスと遊ぼうかしら。
そう思って口を開きかけた時、ルーカスが自室を訪ねてきた。
「おはようございます、奥様。本日より仕事に復帰できることとなりましたので挨拶に伺いました。」
そう言って頭を下げるルーカスには包帯も巻かれておらず、顔色も良かった。
長く療養したおかげか、以前よりも肌艶が良くなっている気がする。
「嬉しいわ。でも、無理はしないでね。」
「ありがとうございます。すっかり筋力も戻りましたので、大丈夫ですよ。」
ルーカスは大丈夫と言うけれど、あれだけの大怪我から筋力を戻すには期間が短すぎるのではと疑問に思った。
だが、ルーカスが続けた次の言葉にその疑問は吹き飛んだ。
「旦那様が午後から街へ出かけないかと仰っておられます。もし予定が空いているようでしたら、旦那様と街歩きに行かれてはいかがでしょうか?」
「ぜひ行きたいわ!ですが、お忙しいのではありませんか?」
二つ返事で行きたいと言ってしまったが、ダグラス様は時間を作れるのだろうか。
「私が復帰しましたから、多少抜けられても大丈夫でございますよ。久しぶりのお出かけを楽しまれてきてください。」
「ルーカスがそう言うのなら…では、ぜひご一緒したいとダグラス様に伝えてくれる?」
私の言葉に了承を返したルーカスは一礼し、部屋から出て行った。
その後、やっぱりバラが見たくなった私は当初の予定通りに庭園へと向かい、遅咲きのバラを楽しんだ。
庭園のバラは見ごろを過ぎていたが、それでも美しい光景だった。
来年は見ごろの時期に必ず見に来ようとひそかに決意した。
―――――
ダグラス様とお出かけなんて久しぶりだ。
今日はどんな店を回るのだろうか。
レーヌに教えてもらった流行りの茶店でケーキを食べるのも悪くないかもしれない。
街歩き用の簡素なドレスに着替え、ダグラス様の準備が整うのを心躍らせながら待った。
しばらくするとリンダが私を呼びに自室まで訪ねてきた。
私は飛び上がりそうになるのを必死にこらえて、玄関ホールへと急いだ。
「ダグラス様!お待たせしました。」
ダグラス様の姿を見つけ、一直線に駆け寄る。
「そんなに急がなくても大丈夫だ。ラナ、今日も可愛らしいな。」
飛び込んできた私を受け止め、私の顔にかかった髪を耳に掛けてくれた。
耳をかすめたダグラス様の指が少しくすぐったい。
「では、行こうか。」
声と共に差し出された腕に手を添える。
そのまま、私たちは馬車へと乗り込んだ。
「婚礼衣装を作る仕立屋は決まったのか?」
馬車が街へ動き出して早々にダグラス様が話し始めた。
「いつもドレスなどを仕立てていただいている仕立屋に決めました。」
「王都で流行りの仕立屋にはしなかったのか?」
「リンダからいくつか提案を受けましたが、ダグラス様のお母様の婚礼衣装を仕立てた店だと聞き、そこに決めました。」
「そうか。」
ダグラス様は何かを噛み締めるようにゆっくり微笑んだ。
「それで、どのような意匠にすることにしたのだ?」
少し間が空いた後、ダグラス様からの質問は続いた。
「伝統的で上品なものに決めようかと思っております。」
「ラナらしいな。当日楽しみにしている。」
そう言うとダグラス様は目を細め優しく笑った。
ダグラス様の笑みは心臓に悪い。
それでも、自分に向けられたその表情をずっと見ていたいと思ってしまう。
「街へ到着いたしました。」
御者の声が馬車の外から聞こえた。
話しているうちに街へ着いたらしい。
私はダグラス様の手を取り、馬車から降りる。
「今日はラナの行きたいところにいこう。どこがいい?」
「それならば街を見て回りたいです。」
今日は特に何か用事があったわけではないらしい。
ダグラス様は私の要望を聞くと、街の大通りを案内してくれた。
護衛たちは少し離れてついてきてくれている。
街の人々は私の翼が大きくなったことに驚いているようだった。
そのせいか今日はあまり声を掛けてくれない。
私たちはゆっくりと街を見て回る。
「あ、あの店…」
「ん?どうした?」
私が思わず足を止めると、ダグラス様も立ち止まってくれた。
「あの茶店なのですが、最近できたばかりで流行っているとレーヌに教えてもらったのです。」
「気になるなら入ってみるか?」
「行ってみたい気持ちはありますが…並んでおりますし。」
ダグラス様を並ばせるわけにもいかないし、横入りするのは憚られる。
「並べばいいだろう。」
そう言ったダグラス様は列の最後尾に向かって歩き始めた。
私は目を見開いてダグラス様を見つめることしかできなかった。
「ダグラス様、本当にいいのですか?」
列の最後尾に本当に並び始めたダグラス様の袖を小さく引っ張る。
「大丈夫だ。時間はあるのだからゆっくり話でもしていよう。」
周囲から戸惑いの声が上がるが、少しも気にならないらしい。
「私のためにありがとうございます。」
並んでいる人たちはさぞ困惑しているだろう。
気にならないと言えばうそになるが、結局は嬉しさが勝ってしまった。
並んでいる途中でそれに気がついた店主が慌てて駆け寄ってきて、優先的に案内してくれようとした。
でも私たちはそれを断って、他の客と同じように一時間ほど並んでから入店した。
並んでいる時間もダグラス様と他愛ない会話を楽しめたので、大満足だった。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。」
額から汗を流しながら店主が私たちを席に案内してくれる。
この様子では、気にしないでと言っても余計に気を遣わせてしまいそうだ。
店主に心の中で謝罪しながら、席に着いた。
私たちはそれぞれ、ケーキと紅茶を注文した。
するとすぐに注文の品が届けられた。
私はチョコレートケーキを、ダグラス様は白いクリームに包まれたケーキを頼んでいた。
「本当にラナはチョコレートケーキが好きだな。口の端についているぞ。」
届けられたケーキを真っ先に頬張る私にダグラス様が笑いかける。
ダグラス様の手が私の唇の近くに触れ、一瞬で離れる。
ダグラス様はその手をそのままぺろりと舐めた。
「っ!?い、今何を?」
突然のことに息が止まりそうになる。
「口の端についていた菓子を取ったのだ。」
何事もなかったかのように話すダグラス様の目を見ることができない。
「真っ赤じゃないか。」
ダグラス様がこらえきれないというようにクスクス笑い始めた。
「わ、笑わないでください!ひどい…」
恥ずかしすぎて目が潤む。
「悪かった。ラナの反応が可愛かったから…つい…」
そんな私を見て反省したようにダグラス様は眉尻を下げた。
「ダグラス様のケーキを一口いただくまで許しません。」
ダグラス様も困ればいいと思い、ダグラス様のケーキをねだった。
「そんなことで許してくれるのか。では、一口どうぞ、お姫様。」
「っ!?」
一口大に切り分けられたケーキがフォークに乗せられ、唇の前まで運ばれる。
反射的に口を開けると、口の中に甘みが広がった。
こんなに甘いなんて反則だ。
この人には一生勝てそうにない。
茶店を出てからも続く甘さにクラクラしながら、夕方になるまで街歩きを続けた。
途中、雑貨屋で見つけた揃いの腕輪を買い、それぞれの腕につけた。
ダグラス様には不釣り合いかもしれないが、これを想い人と身につければ永遠に結ばれるという添え書きについつい惹かれてしまった。
二人の腕に輝く揃いの腕輪を眺めながら、馬車で公爵邸へと帰る。
また一つ、私の宝物が増えた一日だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




