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夜中、物音で目を覚ました。
「ダグラス様…?」
眠い目をこすりながら起き上がる。
するとちょうど寝台に横たわろうとしているダグラス様の姿があった。
「そのまま寝ていてくれ。私も眠る。」
ダグラス様の優しい声音に心が温かくなる。
「はい…おやすみなさい…」
再び寝台へ横になると、すぐに眠気が襲ってきた。
「ああ。おやすみ…」
ダグラス様が何か言った気がしたが、それを認識する前に再び深い眠りについた。
―――――
朝目覚めると、いつものようにダグラス様に抱え込まれていた。
畳んでいても大きな私の翼があるせいで、完全に腕を回し切れていないようだ。
そのおかげか、以前より簡単に腕の中から抜け出すことができた。
ダグラス様はまだぐっすりと眠っている。
その寝顔をしばらく眺めながら、起こすべきか悩んでしまう。
結局リンダが来るまで起こすことはできなかった。
リンダにたたき起こされたダグラス様は今にも目を閉じてしまいそうだった。
私は寝ぼけるダグラス様に挨拶をして、自室へと戻る。
朝の支度を済ませたころ、夫婦の寝室につながる扉が叩かれた。
「私だ。少し良いか?」
珍しい訪問の仕方に戸惑って固まってしまう。
「どうした?何か問題でもあったか?」
「あ、いえ!大丈夫です。」
二度目のダグラス様の声に慌てて扉を開ける。
するとそこにはすでに着替えを済ませたダグラス様が一人で立っていた。
「どうかなさったのですか?」
「執務室へ向かう前に顔を見たかったのだ。それと、戦後の処理について報告したいことがいくつかあるから夕食前に一度執務室まで来てもらえるだろうか。その後は一緒に過ごせるように時間を作る。」
共に過ごせる時間を作ってくださるのは素直に嬉しい。
「わかりました。行ってらっしゃいませ。」
「ああ。行ってくる。」
ダグラス様は一度私を抱き寄せ、すぐに離れていった。
突然のことに鼓動が速くなる。
そんな私に気づいていないのか、ダグラス様は目の前の扉を閉めて行ってしまった。
顔を見せてくれたのは嬉しいが、報告したいこととは何だろうか…
そのことを頭の片隅で気にしながら一日を過ごした。
――――――
午後のお茶の時間が終わる頃、リンダが私を迎えに来た。
「旦那様がお呼びです。」
「わかったわ。すぐに行きます。」
私はレーヌを伴って部屋を出た。
戦時中はどこへ行くのも警備兵が同行していたが、終戦後は屋敷の中であれば警備兵なしで歩くことができるようになっていた。
しばらく歩き、執務室の扉の前で止まる。
リンダが入室の許可を求めると、中から執事が扉を開けてくれた。
その光景を見て、ルーカスの不在を実感した。
現在は治療と並行して歩行訓練も行っているらしい。
ダグラス様の言葉に従い、治療に専念しているとリンダが言っていた。
「少し座って待っていてくれ。」
部屋に入ると、書類から顔を上げたダグラス様がソファを指した。
私は言われた通りソファに座って待つ。
そう言えば初めてここへ来た時も同じようにダグラス様を待ったっけ…
そんなことを考えながら、書類に署名するダグラス様を眺めた。
「待たせてすまない。先ほど急ぎの書類が届けられてな…」
ダグラス様は深く息を吐き出しながら、目の前のソファにドカッと腰かける。
「大丈夫なのですか?」
「ああ。先ほど処理が終わったところだ。それよりも本題に入ろう。」
ダグラス様の言葉に姿勢を正した。
「まず、ラナの誘拐の件だが、隣国が手引きしていたという証拠を押さえた。アシペトル家とファルコ家の襲撃についても同様に隣国の関与が明白になった。この件については、正式に我が国から隣国へ賠償請求をする。同時に、この件に関する情報を主要な国々に公表することが決定した。ベスティア帝国の一連の工作がすべて失敗したと知れれば、奴らの顔に泥を塗ることができるだろう。だが、この程度で許すなど…」
ダグラス様は拳を握りしめている。
「ダグラス様、私はこれ以上の報復を望みません。」
ダグラス様の握られた拳を両手で包み込んだ。
拳から少し力が抜けたような気がした。
「ラナがそう言うと思い、私も必要以上の報復はしなかった。本来であればラナをさらった者たちすべてを根絶やしにしてやりたいくらいだが…」
「私のために怒ってくださっているのですね。ありがとうございます。」
私がそう言うと、ダグラス様が眉根を寄せた。
そして何度か深呼吸を繰り返していた。
「ベスティア帝国の狙いは我が国の西の港湾だ。ベスティアも南に港を持っているが、西に抜けるためには険しい海峡を通る必要がある。そのため我が国を落とし、港湾ごと奪うつもりだったらしい。ラナが持ち帰ってくれた情報を切り口に、今回の戦争の理由が判明した。ありがとう。」
「そうだったのですね。お役に立ててよかったです。ですが、西の港湾が狙いということは、また戦を仕掛けられる可能性が高いのではないですか?」
あんな断片的な情報から戦争の目的が分かったのは良いが、その理由に不安を覚えた。
「ああ。そうだな。だが、五年前と今回の戦いでかなり国力が削られたはずだ。しばらくは大人しくしているだろう。我々も、ただ待っているわけではない。次があったとしても万全の態勢で迎撃できるように準備を進めるさ。」
また次があるかもしれない…
その言葉に胸が苦しくなった。
「次はラナを危険な目に遭わせるつもりはない。だが…もう一度共に飛びたいとは思う…」
「もちろんです。次までに腕力を鍛えておきますね。」
「ほどほどにな。」
私の言葉にダグラス様から苦笑いが返された。
「はい!頑張ります!」
握りこぶしを作ろうとしたが、残念ながら弱々しいものしかできなかった。
「っ、げほっ!そこまでしなくて良い。」
なぜか、ダグラス様はせき込んで苦しそうにしている。
背中をさすってあげたほうがいいだろうかと考えているうちに収まったようだ。
「――次に、ラナの功績についてだ。」
少し間が空いた後、ダグラス様から思いもよらない言葉が発せられた。
「功績ですか?私は何も…」
「いや、ラナは敵の拠点で聞いた情報を砦に届けてくれた。それに、私を再び空に返してくれた。そのおかげで先回りして行動できたと言っても過言ではない。王宮にもラナのおかげで勝利できたと報告を上げている。」
ダグラス様の言葉に目を白黒するしかできない。
「後日、正式に叙勲されるはずだ。嫌なら断ってもいいが、受け取っておいて損はないと思うぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!私はそこまで言っていただけるほどのことはしておりません。」
慌ててダグラス様の言葉を否定するが、もう陛下に報告済みということは逃げられないのだろう。
体から力が抜ける感覚がした。
せめて陛下への報告の前に相談してくれていたら…
今更ではあるが、そう思わずにはいられなかった。
「ラナの功績は正当に評価されるべきだ。私も叙勲を受ける。私の隣で共に勲章を受け取ってはもらえないだろうか?」
ダグラス様が私を覗き込む。
「ダグラス様と一緒ならば…」
その目線に耐えられず、了承を返すしかなかった。
「良かった。その時に、王族の方々にラナを正式に紹介しよう。」
「はい。よろしくお願いします。」
もう抵抗する気力が残っていない。
この後何を言われても驚かない自信があった。
「最後に…」
次は何を言われるのだろうか。
「ラナの報告書や引き継ぎ書を読んだ。公爵夫人としてしっかり家と領を守ってくれたことがよく伝わったよ。ありがとう。」
ダグラス様の言葉に目頭が熱くなる。
「わ、私がやってきたことは…ダグラス様のお役に立てたでしょうか…?」
震える唇を両手で隠し、問いかけた。
「ああ。後方支援も負傷兵の受け入れも領への対応も、初めてのことばかりなのによく頑張ってくれた。おかげで私は目の前の敵に集中することができた。感謝してもし足りないくらいだ。」
「良かった…」
もう駄目だと思った時にはすでに涙があふれだしていた。
「無理をさせたな。」
いつの間にか私の隣に座り直したダグラス様が抱き締めてくれる。
「ち、違うのです。違うのです…」
言葉が詰まって出てこない。
「大丈夫だ。」
そう言って、ダグラス様が私を抱き締めたまま頭を撫でてくれた。
「妻として、ダグラス様の隣に並び立つ存在になりたくて…」
なんとか言葉を絞り出すが、うまく説明できない。
それでもダグラス様は私の言葉を根気強く待ってくれた。
「辛かったから泣いているのではないのです。私がやってきたことがダグラス様のために役立っていた、それが嬉しいのです。」
最後まで言い切ると、自然と涙が落ち着いていく。
「そうだったのだな。そう思ってもらえて嬉しいよ。」
ダグラス様が眩しいものを見るように目を細めて微笑んだ。
そして、私の頬に流れた涙を優しく拭ってくれた。
その後、私たちは夕食をとり、晩酌をしてから共に眠った。
いつも通りの日常が徐々に戻っていく。
そんな感覚を覚えながら、私たちは今日も手をつないで眠る。
最後までお読みいただきありがとうございます。




