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我が国の勝利の知らせを受けた日から二週間が経った。
今日、とうとうダグラス様が帰ってくる。
終戦すればすぐにでも帰ってこられると思っていたが、撤収の指揮や捕虜の移送の手続きなどにどうしても時間がかかってしまうらしい。
この二週間、私も損害を受けた村や町の復興支援や負傷兵の治療の援助を続けていた。
しかし、今日ばかりは手に持った書類の内容が頭に入ってこない。
「奥様、少し早いですが玄関ホールへ向かいましょうか。」
「そうね。全然集中できないわ。」
レーヌに声を掛けられ、書類を机に戻した。
「急ぎの案件は午前中に処理していただきましたので、本日はお休みになられても大丈夫ですよ。」
「ありがとう。でも大丈夫よ。ダグラス様をお迎えした後に片付けるわ。」
レーヌの言葉はありがたかったが、少しでもダグラス様の負担を減らしたい。
「出過ぎたことを申しました。申し訳ありません。」
「そんなことはないわ。私のことを思って言ってくれたのでしょう?さ、早く、ダグラス様を出迎えに行きましょう。」
レーヌと共に部屋を出て、玄関ホールへと向かう。
玄関ホールにはたくさんの使用人が集まっていた。
私が到着すると、使用人たちが左右に分かれて道を作る。
玄関へと視線を向けると、リンダに支えられながらルーカスが立っているのに気がついた。
翼に巻かれた包帯が痛々しい。
私はルーカスとリンダのもとへ急いだ。
「ルーカス、もう起きても大丈夫なの?…あ!お辞儀しないで。」
その場でいつものようにお辞儀しようとしたルーカスを制止した。
「ご配慮くださりありがとうございます。長い間お休みをいただき申し訳ありません。支えがあれば何とか歩けるようになりました。完全に復帰するにはまだ時間がかかりそうです。」
ダグラス様の出迎えのためとはいえ、ここに立っていて本当に大丈夫だろうか。
「まずは日常生活が送れるようになるまでしっかり休んで。最近は寝台の上で仕事をしていると聞いたけれど、ほどほどにしてね。」
「もっと言ってやってください!ルーカスったら、隙あらば仕事しようと動き回るんですよ。お医者様からも無理をするなと言われているのに…」
リンダが眉尻を下げた。
隙あらば仕事をしようとする姿が容易に想像できてしまう。
これ以上無理をしないように監視を付けるべきだろうか…
「誰か椅子を用意して。」
私の言葉を受けて使用人の一人が動き出した。
ほどなくして一脚の椅子が届けられた。
「ルーカス、その椅子に座っていなさい。そんな状態で立っていたらダグラス様も心配するわ。」
「ですが、座ったままで主人をお出迎えするなど…」
「これは公爵夫人からの命令よ。観念して座りなさい。」
「…かしこまりました。申し訳ありません。」
案の定、渋るルーカスの言葉を遮って強制的に座らせた。
「奥様、ありがとうございます。私が言っても全然言うことを聞いてくれないのですよ。」
「奥様に聞かせるような話じゃないだろう。それに、そんなことないだろう。」
ルーカスがリンダに小声で抗議していた。
その姿は仲睦まじい夫婦そのものだった。
しばらくリンダとルーカスと談笑していると、馬が駆ける音が聞こえてきた。
「ダグラス様が戻られたのかも!」
「確認してまいりましょうか?」
「いえ、私も行くわ。」
レーヌにそう返した私は、急いで玄関の扉から外へ出た。
レーヌと警備兵が私の後に続く。
公爵邸から延びる道の先に公爵家直轄軍を率いたダグラス様の姿を確認することができた。
目が合ったと思った次の瞬間、ダグラス様の乗った馬が加速した。
後方の集団からどんどん離れていく。
目を凝らして確認するが怪我をしている様子はなかった。
本当に無事に帰って来てくれた…
涙があふれそうになり、慌てて目を瞬かせた。
ダグラス様はあっという間に門まで到着し、厩番に自身の馬を託した。
そして、すぐにこちらへ向かって足早に近づいてくる。
気づいた時にはダグラス様のもとへ駆け出し、その胸に勢いよく飛び込んでいた。
「ラナ…待たせたな。」
「ダグラス様、お会いしたかったです!」
先ほど我慢したはずの涙があふれだす。
「旦那様、奥様、そろそろ…」
どれくらい時間が経っただろうか。
レーヌの声が聞こえて、顔を上げると大勢の兵たちが公爵邸に到着したところだった。
兵士たちは一度兵舎へ戻り、解散すると聞いている。
きっと彼らにも、私と同じように不安な日々を過ごした家族がいるのだろう。
早く帰ってあげてほしいと、そう願わずにはいられなかった。
「ダグラス様、使用人が待っております。」
ダグラス様から離れ、目尻を拭う。
「ああ。一緒に入ろうか。」
私の腰に手を回し、ダグラス様が歩き出した。
久しぶりの距離感に顔が熱くなってくる。
玄関の扉を開けると、使用人たちが一斉に頭を下げて出迎えてくれた。
「ただいま戻った。」
皆がダグラス様の帰還を喜んでいるのが伝わってくる。
「皆、下がってよいぞ。」
ダグラス様がそう声を掛けると、使用人たちが次々と持ち場へ戻っていった。
この場へ残ったのは私の傍仕えと数名の執事、そしてリンダとルーカスのみ。
「ルーカス、もう起きても大丈夫なのか?」
ダグラス様が座ったままのルーカスに近づき、問いかけた。
「主人の帰還を寝て待つなどできません。…座っての出迎えとなってしまい申し訳ありません。」
ルーカスはその場で立ち上がろうとするが、体がふらつき再び椅子に腰を落とした。
「ダグラス様、ルーカスはまだ療養が必要なようです。」
「そうか。ルーカスのことだから、寝台の上でも仕事をしているのだろう。私が帰ってきたからにはしっかりと治療に専念してもらうぞ。」
私がルーカスについて報告すると、ダグラス様はすべてを察したようだった。
「旦那様、奥様、ありがとうございます。」
リンダが私たちに向かって頭を下げる。
ルーカスはダグラス様の言葉に反論できるはずもなく、観念したように大人しくしている。
「ルーカス、もう部屋に戻れ。」
「…わかりました。」
ルーカスはリンダに支えられながら下がっていった。
「ダグラス様、早速ですが報告したいことがいくつかございます。お召し替えの後、お時間をいただけますでしょうか。」
近くに控えていた執事がダグラス様に声を掛けた。
「着替えたら執務室へ向かう。ラナ、私は行かねばならん。後で必ず時間を作るから少し待っていてくれるか。」
ダグラス様は短く返事をした後、私の頭をひと撫でして去って行ってしまった。
「私も戻って書類を片付けなくてはね。」
レーヌにそう声を掛けると、私も自分の部屋へと戻った。
―――――
部屋へ戻った私は、領主代行として裁可した内容についての報告書を作成していた。
基本的に引き継ぎはリンダや執事たちがしてくれるが、重要な案件については私からも報告書を上げる必要がある。
「奥様、そろそろ休憩なさいませんか?」
レーヌが紅茶のおかわりを差し出した。
「ありがとう。そうしようかしら。」
背伸びをすると背中や肩の骨がパキパキと音を立てた。
戦時中は文字通り休憩する暇もなかった。
だが、終戦してからは徐々に休憩する時間をとれるようになってきた。
ダグラス様の助けになるのならばと我武者羅に過ごした日々を思い返し、あの日々は異常だったと改めて思った。
「旦那様から、本日は夜遅くまで予定が詰まっているので先に休むようにと言付かっております。」
「そう。帰ったばかりなのに…わかったわ。」
レーヌから伝えられた言葉に肩を落とす。
その後、報告書を仕上げた私は夕食を取って、寝支度を済ませた。
「今日は夫婦の寝室で寝るわ。」
「かしこまりました。では、私は下がります。」
「今日もありがとう。おやすみなさい。」
「おやすみなさいませ。」
レーヌといつも通り挨拶をかわした私は夫婦の寝室へ向かう。
久しぶりの光景に鼓動が跳ねる。
会えないかもしれない。
でも、会えるかもしれない。
僅かな期待を胸に寝台に入り、ダグラス様のぬくもりを探しながら目を閉じた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




