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公爵邸へ帰ってから物資の調達とその運搬の手配に追われていた。
そして、開戦から数日後には負傷兵の受け入れが始まった。
「奥様、負傷兵を乗せた馬車が到着いたしました。」
レーヌが負傷兵の到着を知らせに来てくれる。
「負傷兵は医務室へ、護衛の者たちにも客間で少し休んでいただいて。医療物資は足りているかしら?」
「確認してまいります。」
私の指示を受けて、レーヌが部屋から出ていった。
その背を見送り、手元の紙に目を通す。
アシペトル侯爵家とファルコ侯爵家の夫人から手紙が届けられていたのだ。
そこには、襲撃を受けた際の侵入者の数や被害状況などが記されていた。
おおむね事前に聞いていた通りだったが、襲撃者の数だけは少なく感じた。
公爵家へ侵入した数と比べると、半分ほどではないだろうか。
敵の本命は、私だったのかもしれない。
この三家で飛べないのは私だけだ。
実際、侯爵夫人とその子女は空へ飛んで逃げたらしい。
もう少し早く翼の解術をしていれば…
そこまで考えて、頭を振った。
あの時点では解術をする理由がなかった。
それに、こんな事態になるとは予想もできていなかった。
過ぎたことを振り返るのはすべてが終わってからにしよう。
私は手紙を机の引き出しにしまい、机に積み上げられた書類を手に取った。
ここには、前線から届けられた書類のほかに、国境付近の町や村から届けられた陳情書もあった。
それに加え、ダグラス様の代理として公爵夫人の裁可が必要な書類もある。
戦場の近くに住む住民は避難させているが、それ以外の地域の住民はそのまま生活を続けてもらっていた。
陳情書には、戦を嫌って商人たちの往来がなくなり、物資の供給が足りていないと書かれていた。
これは急いで対応する必要があるだろう。
公爵家から直接物資を届けてもいいが、長期間続けるには人手も資源も足りなくなる可能性がある。
それならば、公爵家から護衛を何名か商人につけてはどうだろうか…
一人で悩んでいても仕方ないかもしれない。
近くに控えていたサリーにリンダを呼んでくるようお願いした。
リンダが来るまでの間に他の書類に手を付ける。
戦場から届けられる書類は戦況の報告や不足している物資の一覧、公爵邸へ送られる負傷者の名簿などさまざまだ。
緊急度別に書類を振り分け、その上で担当部署ごとに書類をまとめた。
これらの書類をアンヌに渡し、それぞれの部署に運んでもらう。
負傷者名簿の中にダグラス様がいないか毎回確認しているが、今のところダグラス様の名前は書かれていなかった。
不謹慎だが、そのたびに安堵している。
戦況が書かれた書類には、敵の作戦を次々と撃破し、ベスティアの戦力を着実に削っていると書かれていた。
私の協力が少しでも役に立っていたらいいが…
そんなことを考えていると、部屋にレーヌが戻ってきた。
「奥様、医療物資の不足はありませんでしたが、補充しておいた方がいい物の一覧をいただきました。急ぎではないそうですが、すでに手配を進めております。」
「ありがとう。それで、負傷者の様子はどうだった?」
「医務室で治療中の者は命に別状はないそうです。回復すれば再び任務に就ける者もいるようです。ですが、こちらへ運び込まれる前にお亡くなりになった方が数名おります。その方々に関しては、現在身元を確認中です。確認が取れ次第、それぞれ適切な場所で弔われることになるでしょう。」
公爵邸へたどり着くことができなかった者がいる事実に胸が痛む。
戦場には、公爵邸へ移送する馬車にも乗れなかった者がいるのだろう。
戦争の現実に戦慄が走る。
レーヌの話を聞くまで、なぜか皆が生きて帰ってくると考えていた。
心のどこかでは分かっていたはずなのに…
口から血の味がする。
いつの間にか唇を強く噛んでしまっていたようだ。
「報告ありがとう。何かあれば呼ぶから、下がっていいわ。」
「かしこまりました。」
一人になりたくてレーヌを下がらせた。
扉から出る瞬間、彼女がこちらを振り返ったが気がつかないふりをする。
ほんの少しの間を空けて扉が閉まる音がした。
椅子の背もたれに体重をかけ、深く息を吐く。
戦争が始まってからというもの、心が鉛のように重い。
ダグラス様と手をつないで眠っていたのが遠い過去のようだ。
「はぁ…早く終わればいいのに…」
思わずつぶやいてしまった言葉が部屋に響く。
「私が弱気になってしまっては、皆に示しがつかないわね。」
私は両手で頬を軽く叩いた。
再び書類に手を伸ばし、裁可が必要なものに関しては内容を確認して署名していく。
担当部署へ確認が必要なものに関しては、机の端によけて置いた。
しばらく作業を進めていると、リンダが部屋を訪ねてきた。
「遅くなって申し訳ございません。」
「いいのよ。気にしないで。早速なのだけど――」
リンダに先ほどの陳情書の内容と自分の考えを伝えた。
「それは急ぎ対応しなければなりませんね…農村であれば自給自足ができますが、それ以外の地では食料確保がまず大切になってきます。まずは、公爵家の食糧備蓄の一部を放出し、それぞれの町や村に届けましょう。そして、その間に商人と話を付けるのがいいかもしれません。公爵家の護衛を出すかどうかは、その後の話になるかと思われます。」
「私もその案に賛成よ。商人との交渉は私が出たほうがいいかしら?」
やっぱりリンダに相談してよかった。
「いえ、私どもにお任せください。公爵家の護衛を出すよりも、護衛を雇うための費用負担を求められる可能性の方が高いかと思われます。」
「そうなのね。護衛を出すより、金銭援助をする方がいいわね。人手にそこまで余裕があるわけではないもの…」
「その方向で交渉を進めます。お任せください。」
リンダが力強い声でそう言った後、一度頷いて見せた。
「ありがとう。お願いするわ。」
「承知いたしました。」
リンダが部屋を辞す。
―――――
戦争が開始してからひと月ほど経った。
私は相変わらず忙しく働いている。
この期間で様々な動きがあった。
まず、陳情書に書かれていた物流の滞りは解消した。
リンダが商会を通じて複数の商家へ連絡を取り、話をまとめてくれた。
公爵家から支援金という名目で護衛を雇う費用を一部負担することになった。
次に、負傷兵の入れ替わりが激しくなってきた。
回復した者から順に戦場に復帰しているからだ。
医務室は常に満床状態だったので、公爵邸の使われていない部屋を重症者向けに開放した。
さらに、侵入者と侵入を手引きした者への取り調べも完了していた。
侵入者は黒豹族の侵入経路や作戦の概要を知っていたが、蛇族がどうやって侵入して逃走したかについては何も知らなかった。
また予想通り、私が今回の襲撃の本命だったそうだ。
他家への襲撃は誘拐ではなく損害を与えることが主な目的だったと報告を受けた。
そして、侵入者を手引きした者はベスティア帝国の人間だった。
秋頃に職人と下働きの数名が事故に遭って、人手不足になった際に臨時で雇った者たちの中に紛れ込んでいたらしい。
巧妙に偽装された紹介状とその働きぶりの良さから正式に雇用されたばかりだったそうだ。
秋から臨時雇用されていたということは、この部屋や夫婦の寝室の内装工事にもかかわっていたはずだ。
その用意周到さに背筋が凍る。
侵入者と侵入を手引きした者はこれから正式な処罰が決められる。
起こしたことの大きさを考えれば、かなり重い罰になるだろう。
あまりにも厳しい罰は望みたくないが…
私の感情一つでどうにかなる問題ではなかった。
戦況についても優勢が続いているようだった。
間もなく、ベスティア帝国の主力部隊の大半を無力化できそうだと報告を受けていた。
この報告はダグラス様ではなく副司令官のアシペトル侯爵から送られてくる。
支援物資の中にダグラス様宛の手紙を毎回忍ばせているが、開戦の知らせ以来、一度も返事が来ることはなかった。
部屋でこれまでの経過や判明したことを整理していると、不意にレーヌが部屋に飛び込んできた。
彼女は肩で息をしていて、手には手紙が握りしめられていた。
ダグラス様に何かあったのかもしれない。
私は思わず立ち上がり、レーヌに駆け寄った。
「レーヌ、そんなに急いでどうしたの?!」
「お、奥様、この手紙を…旦那様からです!我が国の勝利だと、先ほど伝令が…!」
息も絶え絶えになりながら必死に状況を伝えてくれるレーヌから手紙を受け取り、急いで封を切る。
そこには、終戦と勝利の知らせがあった。
そして、ダグラス様の無事も…
思わずその場で座り込んでしまう。
涙があふれて止まらなかった。
ようやく終わった…
胸の中に詰まった色々な感情があふれだしてくる。
私は手紙を握りしめ、胸に抱え込んだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。




