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「お願いだから下がってくれ。」
「まだお役に立てます。高く飛ぶことだって可能です。」
「いや、しかし…そんなにボロボロの体では…」
「ダグラス様は高く飛ぶことができれば敵の動向を把握できると、出発前に仰っていたではないですか。」
私たちの会話は平行線をたどっていた。
どうしてわかってくれないのかと、唇を噛む。
「それは、私が飛べたらの話だ。ラナが飛んでも分からないだろう。それに、ドレスでは…」
ダグラス様の表情が曇った。
「少しでも情報が集められるかもしれないではないですか。それに、ドレスの下に乗馬用の下穿きを履いているので心配無用です。」
「ラナ、わかってくれ。気持ちは分かる。だが、ラナを失うことは考えられない。」
悲痛なダグラス様の表情に心が折れそうだ。
そんな時ふと妙案を思いついた。
「二人でなら飛べるのではないでしょうか。」
「私を連れて飛ぶということか?立つこともできないほど弱っているのに…」
ダグラス様のいうことももっともだが、私が伝えたいのはそういうことではない。
「私の力で持ち上げるということではないのです。片翼ではできないことも、私の翼を合わせて三枚の翼で羽ばたけば、かなり高い場所まで飛び上がることができるんじゃないかと…」
「ラナのいうことは一理あるが、それでも負担が大きい。失敗する可能性もある。やはりラナを危険な目に遭わせたくない。」
「一度、一度でいいのです。私にチャンスをください。翼を取り戻して、筋力もかなり上がりました。絶対にその手を離しません。」
必死に言い募る私を見つめ、眉尻を下げたダグラス様が深く息を吐き出した。
「ラナの熱意には負けたよ。では一度だけ、危ないと思ったら私のことは気にせず手を離してくれ。」
「それでは!一緒に飛んでくださるのですね!」
「ああ。アシペトル侯爵、補助を頼めるか?」
喜び立ち上がる私とは対照的に、ダグラス様は冷静に準備を整えていた。
結局、アシペトル侯爵も一緒に飛ぶことになった。
一度天幕の外へ出ると、多くの兵が私たちを遠巻きに見ていた。
「気にするな。」
周囲の目線に驚く私の肩をダグラス様が抱く。
開けた場所に出ると、私たちは向かい合ってお互いの手を固く握った。
反対の手はお互いの腰へ回す。
握った手に力を込めると、ダグラス様が目を見開いた。
「すごい握力だ…これなら飛べるかもしれないな…」
その言葉に、私は誇らしい気持ちになった。
「では、準備ができましたら、いつでも飛んでください。私は危ないと判断した場合にのみ、支援いたします。」
アシペトル侯爵の言葉に、私とダグラス様は深く頷いた。
「では、行きます。」
私がそう言うと、翼をはためかせた。
目の前ではダグラス様が片翼をはためかせていた。
地面を蹴って、ぐんっと高度を上げる。
地面から足が離れた瞬間、ダグラス様の重みが握った手と腰に回した腕にかかった。
歯を食いしばって腕に力を入れる。
耐えられないほどではない。
腰に回ったダグラス様の手に力が込められた。
それに応えるように私もダグラス様をつかむ手に力を込めた。
ぴたりとくっついた体は想像以上に安定している。
「これ以上の高さにはついていけません!」
アシペトル侯爵の声が聞こえた。
「大丈夫です!」
私は大きな声でそう伝えるとさらに高度を上げた。
優雅に飛ぶことはできないが、ダグラス様に一瞬でも地表を確認してもらえれば。
少しでも高く、少しでも高くと必死に羽ばたく。
ダグラス様を見ると真剣な表情で周囲を見渡していた。
「ラナ!もう十分だ!敵陣は確認できた!いくつかの陽動部隊も把握した!」
「では、降ります!」
ダグラス様の言葉を受けて少しずつ高度を下げ始める。
降下に不慣れな私にダグラス様が翼の動かし方を丁寧に説明してくれた。
途中でアシペトル侯爵も合流し、その補助を受けながらゆっくりと降下していく。
「この短時間で降下も上手になりましたな!」
傍を飛ぶアシペトル侯爵の声が響いた。
身を引き締めて、降下に集中する。
地面に降り立つ瞬間、ぐらりと体勢が崩れた。
だが、ダグラス様が抱きとめてくださり、事なきを得た。
翼を畳み、周囲を見渡す。
すると、遠巻きに見ていた兵たちが一斉に駆け寄ってきた。
「すごい飛翔でした!」
「これで我が軍も安泰だ!」
「勝利の女神に万歳!」
次々と興奮した様子で声を掛けられ、呆気に取られてしまう。
「静まれ!!!」
そんな兵たちの興奮をダグラス様の言葉が制した。
その声に私の肌もビリビリと震えた。
「これ以上、妻を戦に関わらせるつもりはない!我らだけでも勝利できる!!これ以上余計なことを言うようなら、私が相手になってやろう!」
ダグラス様が私を腕の中に隠すように強く抱きしめる。
「ダ、ダグラス様、そこまで言わなくても。」
こんなに怒る姿は初めて見た。
「私もダグラス様に賛同いたします。奥方様に頼ろうなどという軟弱者はこの軍にはいないでしょう。」
アシペトル侯爵もダグラス様に続いてそう言った。
風が木々を揺らす音だけがその場に響く。
私はそれに耐え切れず、ダグラス様を引っ張って天幕に戻った。
「それで、敵の情報は集まりましたか?」
天幕へ戻り、私がそう尋ねると、ダグラス様は深く頷いた。
「ああ。ラナのおかげで、作戦が立てやすくなった。ラナが聞いたという情報と合わせれば、かなり有利に、この戦を進められるだろう。ありがとう。」
「お役に立ててよかったです。」
「あの高さから見渡せたのなら、敵は丸裸も同然でしょう。」
ほっと息を吐く私にアシペトル侯爵も声を掛けてくれる。
「先ほども兵たちに告げたが、これより先のことは私に任せてほしい。」
「わかりました。ですが、いつでも呼んでいただければ駆け付けます。」
「ああ。頼もしい妻を持って幸せだよ。ラナには本日中に公爵邸へ移動を開始してほしい。そして、公爵邸で後方支援をお願いしたい。できるか?」
「もちろんです。お任せください。」
私は自分の胸を拳で強く叩いて見せた。
そんな姿にダグラス様が笑いをこぼす。
久しぶりに見たダグラス様の笑顔はとても眩しく、私の心に焼き付いた。
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