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どれくらい飛んだだろうか。
東にあった太陽が頭上にまで移動していた。
息が乱れ、翼が重く感じる。
一度その場で旋回して、周囲を確認した。
「あ!」
私の位置から東の方角に砦らしき建物が見えた。
どうやら北へまっすぐ飛んだはずが、風に煽られて西に大きくずれてしまっていたらしい。
あと少しでダグラス様に会える。
私は頬を両手で強く叩いた。
パシンッという乾いた音が響く。
東の方角に見える砦に向かい、飛行を続ける。
あと少し、もう少し、と自分に言い聞かせた。
砦の近くまで飛ぶと、最上部に人だかりができていた。
皆が私の方を見ている。
不審者が接近したと思われたのだろうか。
目を凝らして確認すると、以前夜会で挨拶を交わした人の姿もちらほら見える。
怪しい者ではないときっとわかってくれるはず。
私はそう信じて砦の最上部に下降した。
「あれはなんだ!?敵襲か!?」
「お前ら下がれ、あれはダグラス様の奥方だ!皆、目を伏せろ!」
どうやら気がついてくれた人が居たらしい。
私の格好に気を遣って皆が一斉に目を伏せる。
床が近付いてきた。
だが、どうやって降り立ったらいいのだろうか?
このままでは頭から突っ込んでしまう。
私は焦るあまり、体勢を崩してしまった。
下降速度がぐんぐん上がる。
このままでは危ない!
そう思った次の瞬間、飛翔してきた鳥人族の男性二人に腕をつかまれた。
腕を思い切り引き上げられ、何とか砦の最上部へ降りることができた。
掴まれた腕も痛むが、それ以上に足に力が入らない。
その場で座り込み、周囲を見渡す。
その中にダグラス様の姿はない。
私を中心に円を描くように集まった兵たちがざわめいている。
助けてくれた男性二人に目をやると、アシペルト侯爵とそのご子息だった。
「ラナ様でございますね?これはいったい…」
アシペルト侯爵に声を掛けられる。
「ダ、ダグラス…様、に…」
息が荒く、うまく話すことができない。
「とりあえず落ち着いてください。ダグラス様へ報告を!誰か水と掛け布を持ってきてくれ!」
アシペルト侯爵が私の傍らに膝をつきながら周囲に指示を飛ばした。
すると、すぐにアシペルト侯爵のもとへ水と掛け布が届けられた。
アシペルト侯爵は私を掛け布で包み、水を渡してくれる。
それを受け取り、一気に飲み干す。
渇いて張り付いていた喉が一気に潤されていく。
深呼吸を繰り返して、乱れた呼吸を落ち着ける。
「ダ、ダグラス様は、どちらにおられますか?」
傍で見守ってくれているアシペルト侯爵を見上げる。
息が弾むが、今度は何とか伝えられただろう。
「砦近くの森にいらっしゃいます。今頃は戦の準備と奥方様の捜索の指揮をとっておられます。」
「私を早くそこへ案内してください!」
「ここで待たれた方が安全です。今、伝令を出しましたから。お着替えも必要かと…」
「いいえ!私がダグラス様のもとへ行きたいのです。どうかお願い…」
アシペルト侯爵に必死に言い募る。
気づけば涙もこぼれていた。
「――では、私と共に飛んでいきますか?」
しばしの沈黙の後、息を吐いたアシペルト侯爵がそう提案してくれた。
「お願いします!」
その言葉に力強く頷いた。
震える手足を必死に動かして立ち上がる。
「奥方様、翼については後ほどお聞かせ願えますか?」
「ええ。もちろんよ。でも今は早くダグラス様のもとへ行きたいの。」
アシペルト侯爵の言い分はもっともだが、今はそれどころではない。
「承知しました。ですが、その状態では少し歩くのもつらいのでは?」
「いえ、飛んでいきます。そちらの方が速いでしょう?」
今、この瞬間にも私が人質になったとダグラス様の動きが制限されているかもしれない。
掛け布を取り払い、逸る気持ちのまま飛び立とうと翼を広げた。
「お待ちください!奥方様は飛行が安定しておりませんので、お支えしながら飛んでもよろしいですか?」
今にも飛び立とうとする私をアシペルト侯爵が引き留める。
「ぜひ、お願いいたします。」
その提案はとても有り難い。
私は差し出されたアシペルト侯爵の手をとった。
「では飛びますよ。準備はよろしいですか?」
「ええ。大丈夫。」
その言葉を合図にアシペルト侯爵が空へ舞い上がる。
私も必死に翼をはためかせ、それに追従する。
しばらく飛ぶとダグラス様の姿が見えた。
ダグラス様は何かを握りしめ、兵たちに指示を飛ばしているようだった。
ああ、やっと…
安堵で体の力が抜ける。
「奥方様!もうひと踏ん張りですぞ!」
アシペルト侯爵のその言葉に、再び飛行に集中する。
ダグラス様がこちらの方を見上げ、目を見開く。
あ、目が合った!
嬉しくなった私は我を忘れて加速した。
「奥方様!危ない!」
アシペルト侯爵が何か言っているが聞こえない。
私はいつの間にかアシペルト侯爵の手を振り切って、一直線にダグラス様のもとへ向かう。
「ラナ!」
「ダグラス様!」
ダグラス様の胸に飛び込むと、倒れ込みながらも私をしっかりと抱きとめてくれる。
ダグラス様の少し早い鼓動が聞こえて体の力が抜ける。
もう立てそうにない。
「ラナ、無事だったのだな…どこも怪我はないか?そんなボロボロの状態で飛んでくるなんて、さぞ怖かっただろう。」
ダグラス様が私を優しく横抱きにすると、大きな天幕の中へ移動して椅子に座らせた。
そして、自らの外套を私の肩に掛け、左右の前身頃を合わせてくれた。
「今はこんな物しかないが、砦に戻ったらすぐに着替えを用意させる。」
ダグラス様はそう言いながら、私の無事を確かめるように腕や肩に優しく触れる。
反対の手には、オリエへ旅立った日に贈った刺しゅう入りのハンカチが握りしめられていた。
ダグラス様の顔を見上げると、その目には涙がにじんでいた。
その姿が愛おしくて、笑みがこぼれた。
離れようとするダグラス様の服の裾をつい掴んで引き留めてしまう。
「大丈夫でございます。ですが、リンダやルーカスが…」
「ああ。報告は受けている。ルーカスが夜通しかけて砦まで飛んできてくれた。応急処置はされていたが、翼の損傷が特に激しく、腕の骨も折れていた。蛇の毒の影響もあり、かなり危険な状態だった。今は、軍医の治療を受け、落ち着いている。」
その言葉に私は息をのむ。
体が痙攣していたルーカスがこの砦まで飛ぶのは相当の苦痛を伴ったに違いない。
私のためにそこまでしてくれたとは…
「それで、ラナはどうして…状況を説明してはくれないだろうか?」
ダグラス様は言いにくそうに私に尋ねた。
「屋敷からさらわれた後、――――」
私はここへ来るまでの経緯を説明した。
そして、敵の拠点で聞いた不穏な言葉も伝える。
他の標的への襲撃、開戦の日、北東の街道、挟み撃ち、陽動、港など、聞いた情報を漏らすことなく伝えた。
「――そうか。」
私の言葉を真剣に聞き終えた後、ダグラス様は神妙な顔で考え込んだ。
情報は役に立っただろうか…
不安になるほどの沈黙が続いていた。
「情報、感謝する。これだけわかれば有利に戦を進められるだろう。」
重い口を開いたダグラス様はそう言いながら私の頭を撫でてくれる。
大きな手に触れられ、心に温かいものが広がる。
なかなか離れないその手に身を任せ、目を閉じた。
「ダグラス様!」
ふいにアシペルト侯爵の声が響き、ハッとする。
周囲を見渡すと数名の兵とアシペルト侯爵が私たちを見ていた。
こんなところで何をしていたのだろうか。
先ほどまでのやり取りが急に恥ずかしくなった。
ダグラス様も私から手を離し、声が聞こえた方向を見据える。
「申し訳ございません。奥方様の翼について教えていただけないでしょうか?」
アシペルト侯爵がダグラス様に問いかけた。
「それは…説明できない。戦が終われば、公爵家から正式に報告を上げる。」
ダグラス様が言葉を切り、私を見る。
視線が合い、ダグラス様が小さく頷いた。
「ラナを連れて、砦へ戻ってくれ。」
アシペルト侯爵は何か言いたそうに開きかけた口を閉じた。
「ちょっと待ってください。もっとダグラス様の役に立てます!」
まだ何かできるはず。
心が張り裂けそうになりながらも、ダグラス様の言葉に反抗する。
「ラナ、言うとおりにしてくれ。ここは危ない。それに、ドレスがボロボロで肌が見えてしまっているではないか。そんな格好のラナをこれ以上、誰にも見せたくない。」
ダグラス様はそう言いながら、私を抱き寄せた。
「砦にはルーカスもいる。砦へ戻り、すぐにルーカスと共に公爵邸へ帰るのだ。」
続けるダグラス様の声は少し震えていた。
身を切るような覚悟で解術したこの翼をもっと利用してほしい。
ルーカスのことも心配だが…
それでも、このまま引き下がることはできない。
最後までお読みいただきありがとうございます。




