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檻の中でじっと耳を澄ませていると、食事が届けられた。
足音がほとんど聞こえなかったが、何の獣人なのだろうか。
食事を届けた男が夕食と言っていたから、今はもう夜なのだろう。
硬いパンと冷たいスープを口にすると、苦い記憶が蘇った。
伯爵家と違うのは腐っている食材が使われていないということだろうか。
公爵家に嫁いでからの日々が幸せすぎて、うっかり忘れてしまっていた。
もし解術したとしても、あの地獄のような日々に戻ることはないだろう。
たとえ、ダグラス様の隣にいられなくなっても、この幸せな記憶を胸に生きていける。
もしものときは、母の故郷へ母と共に行こう。
母には申し訳ないが、きっと許してくれるはずだ。
どんな未来が待っていたとしても、ダグラス様を守りたい。
服の下に忍ばせたペンダントを強く握りしめた。
私は翼の封印を解術して、ダグラス様のもとへ飛ぶ。
そう覚悟を決めた。
檻の中では解術しても意味がない。
会話を聞く限り、ここは仮の拠点らしい。
明日という言葉も聞こえたから、明日にでも移動するかもしれない。
本拠地へ移動するため私を外に出す瞬間が必ずあるはずだ。
その瞬間に解術して、すぐに飛び立てば逃げられる可能性は高い。
飛んだことはないが、何度も伯爵邸の木立で練習したのだ。
きっと飛べる。
根拠はないが、そう確信していた。
そのためにもきちんと食事と睡眠をとって体力を温存しておこう。
そこまで考えた私は硬いパンとスープを無理やり腹に詰め込んだ。
―――――
「おい!いつまで寝ているんだ!起きろ!」
檻の中で寝ていた私を男が無理やり起こす。
もう一度、目隠しをされ、両手を体の前で一つに縛られる。
足は拘束されず、無理やり腕を引かれ歩いて移動を開始した。
躓きながらもなんとか歩き続ける。
か弱い小鳥と侮られていることを、今ばかりは天に感謝した。
洞窟のようなところから出ると、目隠し越しにも眩しい日差しが差していることが分かった。
天候は悪くない。
葛藤はあるが迷っている暇はない。
解術するなら今だ!
私は“空を飛びたい”と強く願いながら、
「ソルウェレ・カルメン」
と静かに唱えた。
そう唱えた瞬間、私はまばゆい光に包まれた。
私を中心に強い風が吹き、目隠しがスルリとほどける。
背中が熱くてたまらない。
体中の筋肉が脈打ち、背中が隆起していく感覚に襲われた。
気を抜くと膝をついてしまいそうだ。
奥歯を噛み締め、腹に力を入れた。
「なんだ!なにがあった!?早く捕らえろ!」
男たちの騒がしい声がする。
眩しい光と背中の熱が収まると、背には私の背丈よりも大きな翼が現れた。
私は翼を認識すると同時に、翼の先まで感覚を研ぎ澄ませた。
その場で一度、大きく翼をはためかせる。
「うわ!」
私に手を伸ばそうとしていた男が翼の生み出した風で吹き飛んでいった。
それに構うことなく、地面を強く蹴って必死に翼を羽ばたかせる。
飛び上がったものの、近くの木立ほどの高さまでしか上昇できない。
体勢を立て直した敵が私の足をつかもうと、手を伸ばしながら飛び掛かってきた。
ここで捕まるわけにはいかない!
「お願い!飛んで!!」
私はそう叫びながらさらに翼を動かした。
私の願いが通じたのか、一気に高度が上がる。
「くそっ!届かねえ!」
私が下を確認すると、私をさらった男が先ほどまで私がいた高さまで飛び上がっていた。
あと少し遅れていたら…
その恐怖に戦慄した。
「おい!誰か、弓を持ってこい!」
下で男たちの声が聞こえる。
もっと高度を上げなければ!
息をするのも忘れて必死に翼を羽ばたかせる。
下を見れば、私をさらった男たちは豆粒のような大きさになっていた。
ここまでくれば弓も届かないだろう。
私は深呼吸を繰り返した。
こんな高い場所は初めてのはずなのに、不思議と恐怖はない。
むしろ懐かしささえ感じた。
少し離れたところに公爵邸がかろうじて見えた。
どうやら、国境付近まで移動させられていたようだ。
公爵邸の位置と太陽の位置から飛ぶべき方向を確認した。
ここから北へまっすぐ飛べば、公爵邸で聞いた北東の砦を見つけられるはずだ。
私の遠くまで見える目を利用すればきっと見つけられるだろう。
その場で旋回しようとするがうまく回ることができない。
次の瞬間、体が風に煽られてよろめいた。
危ない。
そう思った時には、体が急降下し始めていた。
先ほど飛び上がった感覚を必死に思い出す。
さっきできたのだから、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、翼をはためかせる。
なんとか体勢を立て直し、再び高度を上げた。
想像以上に風が強い。
それに腕を拘束されたままでは、体勢を維持するのが難しい。
私は歯を使って、自分の手首に巻かれた縄の結び目を何とか緩め、拘束を外した。
強い風を受け、ドレスの裾がひるがえる。
咄嗟にスカートを手で押さえるが、すぐに乗馬用の下穿きを履いていたことを思い出した。
身なりを確認すると、ドレスがボロボロになってしまっていた。
私の小さな翼に合わせたドレスの背面もきっと破れてしまっているだろう。
多少見苦しい格好かもしれないが、やむを得ない。
とにかくダグラス様のもとへ飛ばなくてはいけない。
そう気持ちを切り替えて、自由になった腕でバランスを取りながら大きく円を描くように旋回した。
あんなに憧れていた空だが、それを楽しむ余裕もなかった。
ダグラス様のもとに、私がさらわれたと情報が届けられているかもしれない。
私のせいで行動が制限されている可能性もある。
ルーカスやリンダのことも気になるが、その前にダグラス様へ私の無事を知らせなければ!
私は一心不乱に翼を動かし続けた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




