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「夕食をお持ちします。」
そう言ったリンダはすぐにテーブルを整え始めた。
ソファに座った私はそれを手伝おうと立ち上がりかけたが、リンダに制されてしまった。
ルーカスは仕事があるからと先ほど部屋から去っていった。
落ち着かない…
今までとの扱いの違いにただただ戸惑うばかりだった。
しばらくするとおいしそうな香りが漂ってきた。
ちょうど部屋に料理が運び込まれてきたようだ。
私は身を乗り出して、次々とテーブルに並んでいく料理を眺めた。
なんておいしそうなの!
キラキラ輝いて見えるわ。
少量ずつ美しく盛り付けられた料理の数々に圧倒された。
道中で食べたふわふわのパンとスープに加え、サラダや魚料理、肉料理がテーブルに並べられた。
「食後にはデザートもございますよ。」
食事に釘付けの私を微笑ましそうに見ながらリンダがそう言った。
この上にデザートまでついてくるの!?
嬉しさのあまり上気する頬を手で押さえた。
「奥様、こちらへ。」
リンダに促されて食事の席に着く。
「本当に私が全部食べてもよいのですか?」
「もちろんでございます。奥様のために用意した食事ですもの。」
念のためと確認したが、私のために用意されたものらしい。
私は少しむず痒い気持ちになった。
「お食事が冷めてしまう前にお召し上がりください。」
リンダにそう声を掛けられ、慌てて食べ始めようとした。
だが、そこで手が止まった。
テーブルマナーなどが全く分からない。
固まる私を見て察してくれたのか、傍らに立っていたリンダが小皿に食事をのせて渡してくれる。
その上、使用するカトラリーや持ち方まで教えてくれた。
肉は驚くほど柔らかく、ひと噛みするごとに温かな肉汁が口の中に広がった。
食後のデザートは真っ白なクリームに包まれた菓子で、舌に乗せると雪のようにほどけた。
リンダの心遣いと料理の素晴らしさに感動が止まらない。
気づけばお腹が苦しくなるまで食事を堪能してしまっていた。
こんなにお腹いっぱい食べたのは初めてだ。
母と二人暮らしの時も裕福ではなかったから、こんなにたくさんの料理を食べることはなかった。
「奥様、お疲れでしょう。早い時間ではありますが湯浴みをして、もう寝ましょうか?」
「いいのですか?」
リンダの言葉に思わず聞き返す。
「もちろんでございますよ。さ、湯浴みの準備はできておりますので…」
戸惑う私をよそに、リンダが湯浴みへと連れて行ってくれる。
私はされるがままだったが、自然な流れで服を脱がされそうになった時、ハッと我に返った。
「あの、自分でできます。」
慌てる私を見て、リンダは手を引いてくれた。
「失礼いたしました。ですが、湯浴みの手伝いは私たちの仕事です。本日は私一人しかおりませんので、ご安心ください。徐々に慣れていただければ構いませんよ。」
と、なだめられる。
そう言われてしまっては拒否することができない。
痣を見られてしまう…。
こんな痣を見れば、面倒な娘を迎えてしまったと思われるかもしれない。
「……では、お願いいたします。」
不安を飲み込み、リンダの手伝いを渋々受け入れた。
服を脱いだ私を見たリンダは一瞬息をのむ。
しかしすぐに何事もなかったかのような穏やかな声で、
「こちらでお体と髪を洗いますね。」
と言って浴室へと私を案内してくれる。
ただ、その手つきは先ほどまでより慎重だった。
痣の残る場所には強く触れないように、優しく体を洗ってくれる。
最初は身構えていたが、リンダの優しい手に疲れた体がほぐれていくのを感じる。
出発前に伯爵家で湯浴みをしたが、それとは比べものにならないほどリラックスできた。
湯浴みを終えた後、全身に香油というものを丁寧に塗ってもらった。
花のような柔らかな香りが、眠気を誘う。
立ち上がったとたん、足元がわずかに揺れた。
「奥様、どうかなさいましたか?」
「大丈夫です。少し眠いだけですから。」
心配そうにこちらを見るリンダに笑ってみせ、そのまま寝台まで連れて行ってもらった。
リンダは寝支度が終わった後も、私が眠るのを見届けるようにしばらく傍らにいてくれた。
リンダは少し強引な人だったけれど、あの視線には優しさしか感じられなかった。
寝台に入った私は、リンダのことを考えながら眠りについた。
―――――
次の日の朝、体のだるさを感じて目を覚ました。
全身が熱い。
指先を動かすことさえ億劫に感じるほど、手足が重い。
これは熱…?
母と暮らしていた時に一度こんな風になったことがあったな…
母に看病してもらった記憶が蘇る。
コンコンッと乾いた音が部屋に響いた後、
「奥様、お目覚めでしょうか?」
とリンダの声が扉越しに聞こえた。
何とか返事をしなくては…
そうは思うものの声がまともに出せそうにない。
「はい…」
なんとか絞り出した言葉は酷くかすれていた。
「奥様。大丈夫ですか?」
返事を聞いたリンダが部屋に入ってくる。
寝台へ近づいて私の様子を確認すると慌てたように私の額に手をのせた。
「大変!ひどい熱です…すぐお医者様をお呼びしますね。」
リンダはそう言うと、廊下にいた使用人を呼び止めてお医者様を呼ぶよう伝えていた。
やっぱり熱があったのね…
私はぼうっとそんなことを考える。
間もなく、またリンダが部屋に戻ってきた。
手には水差しとコップを持っている。
「お医者様が来るまでしばらく辛抱してくださいね。」
そう言って、優しく背を支えて寝台の上で上体を起こしてくれる。
そして、水の入ったコップを私の口元へ運んでくれた。
「…おいしい。」
ひと口飲んだ私は、のどが潤うのを感じた。
ただの水だと思っていたが、少しさわやかなフルーツの風味がする不思議な水だった。
「お医者様が来るまでもうしばらく寝ていましょうね。」
水を飲み干すと、リンダは少し安心したような顔を見せた。
そして、私を寝台にそっと寝かせて、濡れたタオルを額に乗せてくれる。
「旦那様に報告してきますね。奥様は目を閉じて体を休めていてください。」
そう言うと、リンダは部屋を足早に去っていった。
そんなリンダの姿を見て、お母さんに看病してもらった時のような安心感に包まれる。
私なんかのためにお医者様を呼ぶなんて…公爵様、怒っていないといいけれど。
一瞬そんな不安が頭をよぎったが疲れた体は睡眠を欲しているようで、私は再び意識を手放した。
最後までお読みいただきありがとうございます。




