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伝令が届いた日の翌朝、朝食の最中にルーカスが部屋を訪ねてきた。
「お食事中に申し訳ありません。昨日、開戦の可能性が高まっているという情報がありましたので、公爵邸の警備体制を見直すことにいたしました。奥様が敵に狙われる可能性もございますので、奥様周辺の警備を強化いたします。」
「そう、なのね。私が狙われるのはどうしてかしら?」
ルーカスの決定に逆らうつもりはないが、理由が分からなかった。
「むやみに怖がらせてしまうのは本意ではありませんが、知っておいてください。」
真剣な表情でルーカスはそう前置きした後、
「ベスティア帝国にとって奥様は人質として価値があります。かの国にとって、我が国の軍に未だ強い影響力を持つ旦那様は脅威となるでしょう。そして、旦那様を無力化するには奥様を人質にするのが手早い手段と考えていてもおかしくないと愚考いたします。」
と続けた。
「そんな…私はダグラス様の弱みになってしまうの?私はどうしたら…」
ルーカスの言葉の衝撃が強すぎて、言葉に詰まってしまった。
「そうならないために警備体制の見直しと強化をするのです。遅くとも二日後には体制が整います。しばらく不便をおかけしますが、基本的には自室を離れずに過ごしてください。」
ルーカスの言葉に頷くことしかできなかった。
警備体制が強化されてもむやみに部屋から出るのは控えよう。
私はそう心の中で誓った。
「奥様の安全は私共にお任せください。」
ルーカスは一礼してから、部屋を辞した。
―――――
朝食の後にソファで一息ついていると、今度はリンダが私のもとを訪れた。
「リンダ、今日は報告の日ではないわよね?どうしたの?」
「出入りの業者についても改めて調査することになりましたので、お伝えに参りました。また併せて、最近雇い入れた使用人についても再度調査をいたします。」
リンダの言葉を聞いて、今朝のルーカスの話を思い出した私は鳥肌が立った。
侵入者は外からやってくるばかりではないのだ。
もうすでに家の中に入り込んでいるかもしれない。
その事実を認識した私は強い恐怖心に襲われた。
「大丈夫でございます。公爵邸への出入りは厳重に管理しております。念のために調べ直すだけですから、ご安心ください。」
リンダの穏やかな声に体の力が少し抜けた。
「そうよね。リンダやルーカスを信頼しているわ。私に何もできないのが悔しいけれど、引き続きお願いね。」
震える唇を何とか動かす。
ここで心配を掛けては、リンダやルーカスの負担を増やしてしまうだろう。
私にはレーヌ、サリー、アンヌの三人が常についてくれている。
これで十分だ。
「奥様のことは必ずお守りしますので、穏やかにお過ごしください。」
リンダは心配そうに私を見つめた後、そう言って部屋から下がった。
―――――
その日は夕食も自室でとることになった。
アンヌが食事を運ぶために部屋の扉を開けた瞬間、何かを擦るような音がかすかに聞こえた。
いつもならば気のせいと見逃すようなかすかな音。
でも、なぜかその音が耳に残った。
これは誰かに伝えたほうがいいだろうか。
気のせいかもしれない。
伝えることで手を煩わせてしまうかも…
そこまで考えてふと今朝のルーカスとリンダの話を思い出した。
気のせいだとしても調査してもらう価値があるはずだ。
この違和感を見逃して取り返しがつかないことになってしまっては元も子もない。
そこまで考えてから、私はレーヌにルーカスを呼ぶように伝えた。
ルーカスはすぐに私の部屋へ来てくれた。
「ルーカス、呼びつけてしまってごめんなさい。少し違和感のある音を耳にしたの。」
「いえ、いつでもお呼びください。どのような音を聞きましたか?」
ルーカスが真剣な表情で私の話を聞いてくれた。
「うまく表現できないけれど、なにかが擦るような音だったわ。かなりかすかな音だったから私の気のせいかもしれない。でも、見逃して後悔したくないの。音の出どころを調査してくれるかしら?」
「もちろんでございます。教えていただきありがとうございます。すぐに調査いたします。」
私の要領を得ない話を真面目に受け止めて調査してくれると言ってくれた。
ルーカスが調査してくれるなら安心だろう。
私はほっと息を吐いた。
「ありがとう。」
私がそう言うと、ルーカスは素早く踵を返して部屋から出て行った。
勘違いであってほしい。
そう強く願いながら、私は夕食をとり始めた。
夕食を食べ終わったころ、ルーカスが再び私のもとを訪れた。
「奥様、先ほどの音の出どころが分かりました。」
部屋へ入ってくるなり話し出したルーカスの言葉に居住まいを正す。
「私の勘違いではなかったのね…」
「はい。何者かが侵入した痕跡を発見いたしました。かなり狭い空間を移動した跡が残っておりましたので、おそらく蛇ではないかと。ベスティア帝国の諜報部隊に蛇族がおりますから、関与している可能性も考えられます。」
脅威がすぐそこまで迫っている。
そう言われたようで、血の気が引いていく。
きっと今、私は真っ青になっているだろう。
「侵入経路と侵入者の所在の確認を急ぎます。奥様はこの部屋から一歩も出ないでください。今夜は警備兵を倍に増やして寝ずの番をさせます。」
「私共も傍におります。」
ルーカスの言葉に続けて、レーヌがそう言ってくれる。
サリーとアンヌも頷いてくれていた。
「ありがとう。」
私はレーヌ、サリー、アンヌを順に見てお礼を伝える。
「後ほどリンダもこちらに来るよう伝えておきます。」
そんな私たちにルーカスが言葉を続ける。
「ありがとう。リンダもいてくれるなんて、贅沢な夜になりそうね。」
皆の気遣いのおかげで少し恐怖が和らいだ私は、ルーカスにそう返した。
「レーヌ、サリー、アンヌ、どうか奥様をよろしくお願いします。」
ルーカスの言葉に三人が力強く頷いた。
それを確認したルーカスは硬い表情のまま部屋を辞した。
侵入者はルーカスに任せておけばきっと大丈夫。
リンダも来てくれるそうだし、レーヌもサリーもアンヌもいる。
きっと大丈夫。
自分にそう言い聞かせることで、恐怖で崩れ落ちそうになるのを何とか堪えた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




